第2話 流れは歪み始める
翌日。
「フェリクス。明日はルシェリア=フェルティアに会う。服は整えておけ。……流行も確認しておけ。見劣りするわけにはいかない」
ディオルが静かに告げる。
「承知しております」
「それと、グランベルを通す。流通もこちらに流す。港を押さえている分、こちらが有利だ。取引が成立すれば、領の動きが変わる」
「はい。既に調整を進めております」
***
その頃、ルシェリア=フェルティアは――
「ねえ、エリナ。あの男、どう思う?」
「あの男とは?」
「ディオル=グランセイルよ。信用に値するかしら」
エリナはわずかに考えてから答えた。
「……ルークに確認しましたが、間違いはなさそうです。グランベルを握っているのも事実ですし、実質あの方が動かしています。グランセイル領も安定して繁栄していますし、悪い噂もありません」
「そう。なら、尚更おかしいわね」
「……と、言いますと?」
「どうして私に構ってくるのかしら」
「それは……お嬢様が王都一の美貌だからでは?」
「……それだけで動く男には見えなかったけど」
「でも……お嬢様。私は見逃しませんでした」
「何を?」
「あのお方、お嬢様の前で挙動不審でした」
ルシェリアは一瞬だけ黙る。
「……それはどうでもいいわ。ビジネスの話は? リリカはどう思う?」
「はい」
リリカは少し考えてから口を開いた。
「お嬢様のお力を欲しているのではないでしょうか。グランセイル領は既に繁栄していますが……お嬢様が加われば、さらに伸びると判断されたのかと」
「……そう」
「ただ――」
リリカは少しだけ言い淀む。
「お嬢様でしたら、他にもお話は来ておりますし……その中で、あの方を選ぶ理由があるのかは……」
「……結局、そこよね」
ルシェリアは静かに言った。
「わからないのよ」
***
その後、リリカとエリナは二人で話をしていた。
「あの方、どう思います?」
「……お嬢様に興味があるのは間違いないわね」
「やっぱりそうですよね」
「でも、グランセイル領は繁栄してるし……悪い話ではないと思うのだけど」
「ええ」
リリカは少しだけ考えてから、ぽつりと続けた。
「顔も……悪くなかったですし」
エリナは小さく息を吐く。
「問題はそこじゃないわ」
「……ですよね」
少しの沈黙が流れる。
「私は、お嬢様に幸せになってほしいの」
「……私もです」
「だから」
エリナは静かに言った。
「もし、あの方が相応しくないと判断したら――お嬢様は、渡さない」
リリカも力強く頷いた。
「はい」
リリカが声を落とした。
「ルーク様、ディオル様の情報は?」
「悪くはない」
ルークは短く答える。
「グランセイル領は安定してるし、判断も堅実だ」
「……ですよね」
「だが、あそこは今のままでも十分回ってる。わざわざ、リスクを取る必要があるか?」
リリカも頷く。
「私も、そこが気になっていました。お嬢様のやり方を、そこまで早く見抜けるものなのでしょうか」
「普通は無理だな」
ルークは肩をすくめた。
「だが――」
視線を少しだけ動かす。
「わからなくても、人は寄る」
「……それも、ありますね」
「だから余計に、判断が読めない」
「王都での評判は、あまり良くありませんからね」
「ええ。こちらでも同じです」
リリカは小さくため息をつく。
「それでも、あれだけ人が集まるのですから……」
「余計に厄介だな」
ルークが肩をすくめる。
「そういえば、ディオル様って婚約者は?」
「いない」
あっさりと返る。
「……いないんですか?」
「年齢的には、とっくにいてもおかしくないな。普通は、もう決まってますよね」
「……もしかして」
リリカが小さく呟く。
「それも、理由なんじゃないでしょうか」
「婚約破棄されてるんですか?」
「いや……」
ルークは、わずかに眉をひそめた。
「それなら、まだ話は簡単だったんだがな」
***
ルシェリアは、また今日も散財していた。
「それ、全部押さえて。在庫も全部」
指示は、それだけ。
それだけで、人も金も動く。
まるで最初から、そう決まっていたかのように。
どれだけのものが動いただろうか。
動けば動くだけ、歪む。
少しなら、小さな幸運。
もう少しで、状況が変わる。
さらに動けば、人の運命が動く。
そして――
行き過ぎれば、世界が歪む。
宝石を買ったときは、ライバルの評価が落ちた。
でも、私は歪ませるだけ。
その結果がどう出るかまでは、わからない。
やることを終えると、ルシェリアは屋敷に戻った。
「エリナ、私……また散財したわ」
ソファに沈み込みながら、ため息をつく。
「本当は、おとなしくしていたいのよ。地味に暮らして、スローライフなんてものもいいわね。ゆったりと紅茶を飲みながら暮らすのよ」
「お嬢様、何をおっしゃっているんですか。お仕事なさらないと。依頼はかなりあるんですから」
「……わかってるわ。でも、私……どう歪むかはわからないのよ。責任も取れないわ」
「……それでも、依頼しているのは、そっちでしょう?」
「私はただ、地味に生活したいだけなのに……」
沈黙が流れる。
「お嬢様、きっとそんなことにはなりませんよ」
「地味に生活? ありえません」
「ああ……。お買い物してるだけなのに」
エリナは、窓の外をちらりと見た。
「……ですが、お嬢様。今日の市場、少しおかしかったですよ」
「ふうん。いつものことでしょう」
ルシェリアは興味なさそうに紅茶を口へ運ぶ。
「明日、来るわよ」
「……何がですか?」
「流れ。歪むから」
エリナは、わずかに息を呑んだ。
「……今回も、ですか」
「ええ」
ルシェリアは、あっさりと頷く。
「どう歪むかは知らないけど……誰が壊れるのかしら」
わずかに笑う。
空気が、ほんの少しだけ冷えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
少しずつルシェリアの力の一端が見え始めました。
次回はいよいよディオルとルシェリアが本格的に動き出します。
続きも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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