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16.神前試合

 烽州はお祭り騒ぎだ。

 中央区の公開訓練場近くでは出店が多く立ち並び、薄暗くなる頃には提灯に灯りがついた。

 他の区域からも一目見ようと人が集まっている。もちろん、〈輪〉や軍の人間の多くも集まっていた。

 巷では朔也と瑤一の紹介記事が出回っていた。朔也の人気は相も変わらず絶大だったが、突如現れた少年への期待も大きかった。これは公にはされていないはずだったが、次期〈玉輪公〉決定戦と謳っている記事も少なくない。魔術師の参加も既に表明されている。

 何より久々の『神前試合』に、憧れの〈眷鳥〉が飛ぶ姿を間近で見ようと烽州中の注目が集まっていた。

 『神前試合』———〈輪〉同士の対決に使われてきた模擬戦。参加資格は〈輪〉とその〈眷鳥〉。今回は例外として半人半鬼の二人も、公には魔術師として参加する。

 公開訓練場には二つの大きな櫓が建てられている。東西に配置された櫓の距離は約五百メートル。それぞれが〈輪〉の拠点として扱われる。

 朔也の櫓は一般的な構造で、高台に手摺と屋根が取り付けられ、全方位から飛び立てるようになっている。瑤一の櫓は、頑丈そうな壁に囲まれて中が見えない一方、屋根が花弁のように開いていた。また、瑤一側の地面は背の高さほどあるススキに覆われている。

 朔也は安堵した。これら櫓や土地改装は瑤一の指示のはずだ。準備は間に合ったか。

 ススキは身を隠すため、ならば戦場は外を想定しているはずだが、屋根が閉じる構造なら自身は籠るつもりか。どこから突発しようかと思案していたところ、こちらに向かう瑤一の姿が見えた。今日は〈輪〉の隊服を着ているため、片腕が無いのがよく見えた。側には韋鎚を連れている。

 瑤一の首には朔也と同じ、朱色の玉がついた首飾りがある。相手の首飾りをとった方の勝ちだ。

「朔也兄さん。本日はよろしくお願いします。」

「うん、いい戦いにしよう。」

「はい。互いに、悔いの無いよう。」

 その表情は、気合十分といった感じだろうか。それ以上の言葉は必要ないと言うように、瑤一はお辞儀をして去っていった。

 未だ、瑤一の〈眷鳥〉の姿は見えない。試合が始まるその時まで手の内を隠す姿勢からも本気が伺えた。

 朔也も短く息を吐き、自分の〈眷鳥〉達と伊吹の方へ振り返った。

「さぁ、行こう。」

 

 

 空にはうっすらと月が浮かんでいる。

 瑤一の櫓の方には誰の姿も見えない。参加者は全員櫓の中から開始する規則だが、堅牢な壁が静かにこちらを待ち構えているだけだ。〈眷鳥〉は、いったい何人になったのか。

「いつも通り、勝負に時間をかける必要はない。相手が何人かわからないが、ススキ野原への潜伏は必須だと思う。が、そこへ構うつもりはない。櫓まで全速で突っ切る。それまで一応、二手に分ける。佐義名、片方を頼む。」

「はい。」

「櫓にも細工があると思う、できれば天井以外の出入り口を探したい。無ければ仕方ない、正面から突破してやろう。基本的には〈仇鬼〉退治と同じだ、手柄は全員が狙うように。私に遠慮はいらない。」

「「「はい。」」」

 普段は行わない「人間」相手、〈眷鳥〉相手の試合に妙な緊張感があった。

「ただいまより、『神前試合』を開始します。東方、朔也隊。西方、瑤一隊。」

 櫓間の中央で指揮をとるのは〈玉輪公〉の〈眷鳥〉、そしてその隣には、〈玉輪公〉本人がいた。

 滅多に人前に出ない〈玉輪公〉の姿に観客も、〈眷鳥〉達も興奮している。

「よい試合を。」

 周りでは歓声が上がった。

 朔也達は櫓の端に並んだ。あちらの姿はまだ見えない。

「それでは用意———はじめっ」

 朔也達は手摺に足をかけて飛び出した。

 櫓には誰一人残っていない。元より、朔也には自分だけ櫓に隠れているという選択肢はない。普段の〈仇鬼〉退治と同様、一つは佐義名に任せ、朔也側の先頭は雁矢崎が飛んだ。鳥形の朔也の首には変わらず首飾りがかかっている。

 合図の直後、瑤一の櫓の開放された屋根から一羽飛び出したのが見えた。その鳥は左右に分かれたうち、朔也達の方へと真っ直ぐに向かってきた———速い。

「片足…いや、でも…」

 伊吹の術に乗って誰かの声が聞こえた。

 朔也は驚いて目を凝らした。味方が言った通り、その鳥は片方の足がなかった。

 片足の〈眷鳥〉など聞いたことがないし、第一、あり得ない。治癒能力は発動しなかったということだろうが、これは時限爆弾のようなものだ。瑤一はそのリスクを承知しているのか?

 軍の片足の人物といえば———

「〈眷鳥〉候補生指導の破戸部さんか?」

「破戸部なことはあり得ない、でも逆に、片足である以上破戸部以外にあり得ない。片足を失ってなお軍に留まっている人間を、俺はあいつ以外知りません。」

「破戸部ならまずいです。あいつ道場の出で、手刀で丸太ぶった斬るし、同じように翼で〈仇鬼〉の首切ったところを何回も見たことあります。もし足無くしてなかったら、〈眷鳥〉の中で確実に五本の指に入ると思います。」

「ハハッ、相手に不足なし。とはいえ一人って、舐めすぎちゃいますか?」

「…このまま全速で行く。雁矢崎、正面から止められるか。」

「やります。」

「よし、四方から押さえ込もう。」

「「「はい。」」」

 両者の距離が迫る。

 もうぶつかる、その直前、雁矢崎は鉤爪を前方に振り上げた。

 そして、破戸部と思われる鳥はくるりと回転した。

 雁矢崎はその動きに対応しようとするも、想定以上に軌道はが逸れた。

 逸れる———避けられた?

 破戸部は隙間を通り抜け、朔也から離れた位置を通り、素通りした。

 朔也一行はその勢いのままススキ野原上に突入する。


 パァン


 突如響いた音。

 いつの間にか朔也の真下へ入り込んだ伊吹は、ススキ野原前方へ向けて手を広げている。

 

 パァン、パパァン、パァパァンッ、


 即座に続く音で、何人かが体勢を崩した。朔也の身体の内側から熱と痛みが広がる。

「上昇っ!」

 朔也の指示に続く。

 音は止まない。

 次々と体勢を崩し、朔也の熱と痛みが急激に増した。

「伊吹、皆を守ってくれ!」

「範囲を広げれば完全には防げない。」

「それでいい!」

 伊吹は両手を広げた。

 途端、一発が朔也の肩を掠った。先ほどまでの内側からくる痛みとは別に局所的な痛みが走った。

 最初に当たった一人は翼をやられたのか、かなり低い高度まで落ちたが、訓練の賜物で落下前に体勢を立て直した。急上昇しようとしたその時。

 バゥッ

 先ほどとは異なる音、同時にその一人は地面へと引き摺り込まれた。

「くそっ…」

 声が遠のいた。

 身体に絡みつくのは網だった。それも細く少し粘性のある、蜘蛛の糸のような網。人形に戻るも、足に絡まる糸の締め付けが強くなり、慌てて鳥形に戻る。

「皆、無事か!?」

「大丈夫です、翼の骨が折れたようですが…治りました。あれ、ゴム弾のようです。」

 ゴム弾。必要以上に傷つけぬようにという配慮か。とはいえ安心など皆無だった。

 次々と襲いかかる銃弾。

 ———数が多すぎる!

 銃声が続いた。一か所からではない、方々から音が聞こえ、朔也側の〈眷鳥〉を襲った。

 伊吹のおかげか、当たっても骨折とまではいかないが、とはいえ完全に避け切ることはできず体勢は崩れる。

 身体のどこかしらに鈍い痛みが走っては消える。朔也は、それら全ての負担を担っている。

 地面に広がるススキ野原へ目を凝らすと、人影が見えた。真上からは見つかりやすいが、少し角度が変わるとほとんど見えなくなる。

 ———銃。

 参加条件は〈眷鳥〉。契約していなければ参加できない。ならば契約した上で、〈眷鳥〉であるにも関わらず人形で参加しているということ。飛行訓練などの必要はないため人手を補充しやすい、が、   〈仇鬼〉との戦闘が前提ならあり得ない。故にこの方法には思い至らなかった。

 人形での参加や銃の持ち込みは、確かに反則とは聞いたことがない。しかしこんなやり方自体が聞いたことがない。

 本当にこの日のためだけの編成。

 〈輪〉達はこんなやり方で納得するか?

 とはいえ———

「何人と契約してるんだ…」

 あまりに多すぎる。発砲源をざっと見積もっても十や二十、どころか、櫓まで続くなら百人では済まないのでは。

 朔也の身体の熱に反して、芯には悪寒が走った。

 〈輪〉にしかわからない恐怖だ。

 博打すぎる。たとえ指先の切り傷でも、これだけの人数の負担を一度に背負えば———正気の沙汰ではない。

「瑤一…。っ!」

 瑤一の櫓から出てきた一羽が急旋回して後方から迫っていた。

 挟み撃ちだ。

「越須賀、後ろを頼めるか。」

「足止めなら。二人借りていい?」

「頼む。」

 越須賀含む三人が後方へ向かった。

 これまで三人ほど網に捕まった。全体としてもかなり足止めされており、ススキ野原の一定ライン以上に進むことが難しい。このまま全員で突っ切っても櫓までで数が減るだろう。櫓でも何が待ち構えているかわからない、少なくとも韋鎚がいる。

 銃声は止まない。

 これほど連続的に長時間、複数の〈眷鳥〉が怪我にさらされるのは初めてだった。

 重なる激痛に朔也の表情が歪む。この人数差も含め、持久戦になる程不利になるか———

 佐義名側より朔也側の方が、銃弾が集中して数が減っている。

「上下に分かれて突破する。俺たちはこのまま下の無力化。佐義名達は櫓へ。」

「朔也さんはせめて上方に居て下さい!」

 雁矢崎の声だった。

「今に限っては、その首飾りだけは守らないと。」

「朔也さん。櫓まで下がった方がいいのでは。」

 佐義名の声が聞こえた。

「そうですね。相手、本気です。対〈眷鳥〉用に準備してきてる。」

「こんな混戦、うっかり首飾りだけ落とされるってこともあり得ます。」 

「朔也さん、いつもの〈仇鬼〉相手とは状況が違いすぎる。その首飾りは絶対に守らなあかん。」

「逆にそれさえとられなければ、負けはないです。自分の部下信じて下さい。」

「すんませんが、痛みには耐えてもらわなあきません。多少で済めばいいですけど。」

「…君たちも痛いだろ。」

 現場でも、守るものは時に邪魔になる。

 躊躇している時間はなかった。

「伊吹、皆を守ってくれ。」

「はい。」

「皆、任せた。」

「「「はい。」」」

 朔也は身を翻して全速力で櫓まで飛んだ。任せた以上、そして任された以上、自分は絶対に首飾りを守らなければならない。

 途中、破戸部と思われる〈眷鳥〉が朔也に気が付いたが、越須賀が速さで翻弄してその場に留めた。

 櫓を目指す朔也隊は、下方で隠れ部隊を迎え撃つ雁矢崎達を囮にして、佐義名達が上方を飛んだ。下方部隊は上方部隊に遅れないよう飛びながらも、弾を身に受けつつ、ススキ野原に潜む敵方の銃を奪いつつ前進した。

 守るものがなく奪うことに集中する今、櫓に着くまで時間はかからなかった。残り十四名。

 側面裏側に扉があったが、外からは開けられなかった。

 解放された屋根から中を伺うと、中は薄暗かったが空間の全貌は把握できた。中は何本もの太い木が交差して張り巡らされており、二人の人物がこちらを見上げて立っている。

 二人。側面の扉から逃げられる可能性。半人半鬼の相手。

「伊吹。外の無力化と捕まった奴等の解放を頼めるか。」

「…やってみよう。」

「頼む。他は後ろに続け。」

「俺が韋鎚さんの方を。」

「ん、よし頼む。」

 佐義名、雁矢崎が先陣を切って中へ切り込んだ。

 木を避け、佐義名が瑤一へ、雁矢崎が韋鎚へほぼ同時に掴みかかろうとしたその時。

「「「…!?」」」

 最初は一瞬の痛みだった。

 戸惑いの後、徐々に驚きが大きくなった。身体を動かそうとする度に身体に走る———電気?筋肉の収縮で反射的に動きが鈍くなる。

 同時に瑤一が、変容した。

 ———できるのか!?

 左の翼も、ある。

 鳥形になった瑤一を、韋鎚が掴みそして、投げた。

 瑤一はものすごい速さで飛んだ、いや、飛ばされた。

 櫓へ入り、僅かに動きを止められた〈眷鳥〉達を素通りして、外へ。

 すぐさま瑤一を追ったが、既に徐々に屋根が閉まっている。開いた花弁が閉じるように。

 反応は佐義名が一番早かった。

 雁矢崎と他もすぐさま続いたが、張り巡らされた木や屋根に少し触れた翼に再び激震が走った。先ほどより強い、静電気のような痛み。

 結果、佐義名以外は中に取り残された。完全なる鳥籠だった。

 暗闇であるはずの空間が、何故か薄明るい。壁が、床が、僅かに発光しているように見える。

 一人、櫓の中に韋鎚が立っている。足で踏んでいるのは屋根の開閉軸だろうか、側面の扉を背にして、手には長く太い槍を構えてこちらを見ている。

「ハハ」

 それが何の音かわからなかったが、韋鎚の口から発せられているとわかった時には、その音が空間に反響していた。

「ハハハ、ハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

「伊吹さんの方がよっぽど人間らしいな…」

 見た目は完全に人間、しかし空虚な表情が不気味で仕方ない。

「出よう。屋根か扉を…」

 誰かがそう言い終わる前に、韋鎚が消えた。

 同じ高さで目線が合う。木を足場にして真横にしゃがんでおり、その姿を捉えた数秒後には目の前に槍の先端が迫っていた。


 佐義名は瑤一を追った。

 屋根から飛び出した瑤一は懸命に翼を動かし、フラフラと飛び———落ちた。

 一度ススキ野原に見えなくなるも、再びふらつきながら低空飛行している。

 佐義名は全速で瑤一の後を追ったが、銃弾が瑤一を追う佐義名へ集中した。伊吹が威力を弱めてくれているのだろうが、まっすぐに飛べない分速度は落ちた。

 それでも佐義名は止められない。

 瑤一に追いつき、上から身体を押さえつけてその首飾りへ足を延ばした。


 パァン


 その一発で、下にいた瑤一の身体が吹っ飛んだ。

 再び佐義名と瑤一の距離が開いた。

 ———今、瑤一様に当たったぞ…味方ごと、というより、自分の主人を撃ったのか?

 

 朔也は自陣の櫓から、佐義名達が瑤一の櫓へ入ると同時に屋根が蕾のように閉じるのを見ていた。

 その際にまたも飛び出した二羽の鳥。

 一羽は佐義名…もう一羽は?

「っ!」

 見たことがない小柄な鳥は揺れながら落下した。ススキのすれすれを飛んでいるのか、しかしその様子はあまりにも危なっかしい。水中でもがいているような暴れた飛行だ。

 必死の飛行、追いつく佐義名。

 捉える瞬間、その鳥は勢いよく横へ飛んだ。

 明らかに自分の意志ではない。事故で銃弾が当たったのか?伊吹が守っていなければ骨折するほどの銃弾、それがあの距離で———

「タマ!」

 何故翼がある鳥をそう思えたのかはわからない。

 ただがむしゃらに飛ぶ姿が、必死に後を追ってきた幼少期の姿に重なった。

 心配だった。あんな小さい体に銃弾を。早く終わらせてあげなければ。

 朔也は再び櫓の手すりに足をかけて飛び出した。

 

 ティン

 

 鳥形になると同時に、朔也を追い抜いた小さな鳥。

 空明———その嘴には、首飾りがかかっていた。

「やめーーーーーーーーーーっ」


 

 

 瑤一はボロボロだった。全身が小刻みに震えている。

 それでも、背中は空名にこっそり支えてもらいながら、民衆に向かって真っ直ぐに立っていた。

 その姿が大事だとわかっているから。

 歓声が上がっている。

 朔也と目が合った瑤一は、恥ずかしがるような悔しそうな複雑な表情で、眉間に皺を寄せていた。

「飛ぶ練習は、少し間に合わなくて…」

 こんな時でも反省なのか。朔也の顔には笑みがこぼれた。


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