13.同期のよしみ
結局、多々良は朔也の勧誘を受けるほどの実力を得た。それが全て自分のおかげとは言わないが、多少なりとも役に立ったこともあっただろう、と思いたい。
その勧誘を断った多々良は今、瑤一の〈眷鳥〉になったと聞く。『神前試合』では敵になるわけだ。
多々良とはあの日以降、まともに話したことはなかったが、今話をしなければならない気がした。雁矢崎景士は寮の多々良の部屋の扉を叩いた。
コンコン
「はい…?」
「雁矢崎やけど。」
「……」
ガンガンガンガンガンガン
ガチャ
「チッ、貴様…何?」
「ちょっと付き合えや。」
「あ?」
「個室かい。」
「落ち着いて話されへんやろが。俺かてお前とここ使いとないわ。」
少しお高めの居酒屋、その個室の座敷席で二人は向かい合った。
互いに無言の気まずい空気が流れる。雁矢崎はこの時になって、何を話したかったかわからなくなった。そもそも友人でもない。たまたま〈眷鳥〉として同期だっただけ。
早く用件を話せと訴える視線に負けて、かろうじて口を開いた。
「お前、なんで瑤一さん選んだんや。」
「…なに?いきなり。」
「いや、お前も朔也さんの勧誘もらっとったやんか。俺は迷わず受けたし、正直お前が断ったん信じられんかった。なんで瑤一さんなん?」
「貴様こそ、なんで朔也さんなんや。」
本当に興味があって聞いたのではないのだろう。自分のことは言いたくないという意思表示か。
「なんで…まぁ、次の〈玉輪公〉候補トップで出世ルートも確定やと思っとったからや。そうならんでも、強い人って聞いてたし、安心かなって。今は純粋に尊敬しとる面もあるけどな。ほんまに優しい人や、民衆にも、俺ら〈眷鳥〉にも…ついこないだ〈仇鬼〉に一人やられた話、聞いたか?」
「あぁ。」
「その時も、朔也さんは見捨てんと助けようとしてくださった。…瑤一さんがそん時どうしようとしたかも聞いたか?」
「いや。」
「致命傷の〈眷鳥〉にとどめ刺そうとしはった。」
多々良は飲み物を眺めている。驚いた様子はない。
「お前、ほんまに瑤一さんでええんか。今からでも遅ないやろ、朔也さんも〈眷鳥〉増やさなあかん時期や。もともと声かけられてたんやから、お前やったら朔也さんとこでもいける。俺から朔也さんにお願いしてもええ。」
多々良はその発言の方が驚いた様子だった。長い前髪に隠れた目が見開かれているのが見えた。
「お前、俺のこと心配しとるんか。…なにそのブサイクな顔。」
「いやそんなん声に出して言うなや…恥ずい…」
「今回は俺の心配してくれてみたいやし、瑤一さんの悪口は聞かんかったことにしたるわ。」
悪口を言ったつもりはなかったのだが、しかし間接的にそうなるか。
雁矢崎は軍議の詳細は知らない。なぜ急に瑤一が〈玉輪公〉候補として挙がったのかも知らない。瑤一がどんな人かもあまり知らないし、どういう人が〈玉輪公〉に相応しいかもわからない。あまり興味がなかった。
しかし、あの瑤一が〈玉輪公〉になるのは、少し怖い。年齢にそぐわない雰囲気を持つ人だと思っていた。迷いなく岡元に刃物を向けた姿が思い起こされる。
多々良は何を思ったのか、いくつか酒を頼んだ。届くや否や、ぐいぐいと飲み始めた。
「おい、どしたどした。あんま急にペースあげんな。」
雁矢崎の忠告を無視して二杯ほど飲み、空にした湯呑みを音を立てて置いた。
「貴様は、自分より他人の幸せ願えるか?」
「は?」
「願うだけじゃあかんな、自分を犠牲にしてでも他人の幸せ優先できるか?他人って言うても子供とか親とか友達じゃない、めっちゃ嫌いな奴とか、ほんまに知らん赤の他人でも、自分より優先できるか?」
「…場合によるかな。」
「場合を仮定せな決めれへん時点で答えはでとんねん。無理や。普通無理やねん。俺は絶対無理や。少なくともその「他人」の中でも優先順位着くやろ。知ってる人優先するし、目の前の奴優先するやろ。でもな、瑤一さんは違う。」
多々良は中身の入った湯呑みを手にした。
「自分か他人か。烽州のためになるかどうか。それだけや。他人は全員平等に守らなあかん存在で、平等やからこそより多く助けることに全振りしてる。ほんで、犠牲になるんは一番に自分や。」
再び湯呑に口をつける。今度はゆっくりと飲みながら、まっすぐに雁矢崎を見た。
「俺はな、あの人の大義のために死にたい。」
雁矢崎はただ耳を傾けた。
「貴様はどう生きたいか、ほんでどう死にたいか考えたことあるか。ないやろな。そんなんで悩まんかったんやろ。けど俺はな、知ってるやろけど、自分に関係ないことで煙たがられて生きてきた。なんのために生まれて、自分がこれからどう生きるんか想像できんかった。道端で野垂れ死ぬ時も、誰も気にもかけてくれへんのやろなと思った。隊に入ったんも、それがちょっとはマシになるかって期待があったからや。残ったんは、自分の身くらい自分で守れなと思ったからや。誰か守らなとか、そんな大層なこと考えたことない。」
湯呑みに口をつける。
「貴様の言う通りやで。瑤一さんは目的のために身内を殺せる人やと思う。でも必要なら、自分の首をあっさり差し出す人や。あの人はほんまにこの烽州のことを考えたはる。何よりや。優先順位がはっきりしてて、どんな状況でもそれがブレることがない。」
湯呑みを大きく傾け、中身を飲み干した。
「その件聞いた時な、俺は正直、何してんねんって思ったで。俺らの仕事は〈仇鬼〉から一般人守ることや。貴様らが動けんくなったらどうすんねん。一般人からしたら絶望や。税金で飯食っとるんやろ?結果今責任追及されとらんのは、半人半鬼共が〈仇鬼〉片付けてくれたからと、まだその瀕死の人死んでないからやろ。ラッキーやっただけや。その人死んでてもっと被害出てたら、なんでもっとはよ判断せんかってんって言われとったんちゃう。」
それは、そうかもしれないと思った。
多々良は新たな湯呑みに手を伸ばす。
「あの人はな、嫌われ役を買おうとしてくれたんや。お前、ほんまにこのままやったら朔也さんもみんなも死ぬってなったところで、その瀕死の〈眷鳥〉殺せたか?殺した後切り替えれたか?」
できなかっただろう。
「お前の立場に立ったらな、自分を大事にしてくれる上司がええよな。それはわかる、悪いことちゃうし。俺はもう大事にされても素直に受けれんくらい捻くれてしもてるけど。」
多々良は新しい湯呑に口をつけた。
「俺、みんなに好かれて人気あるやつ嫌いやねん。ムカつくから。本人の努力がないとは言わんけど、大体わかりやすいパラメータ持っとるやろ。見た目とか生まれとか。やからお前も嫌いやねん。」
「いやなんや急に!俺かてお前みたいな捻くれてるやつ嫌いやわ!」
「なんも持ってへんやつの嫉妬ですやんか。持ってるやつが大目に見ろや。」
「じゃぁ仕方ないな、とはならんわ。直接は言われ慣れてへんから余計に傷つくんじゃ、嫌い言うな!」
「お前も言うたやん…やっぱ嫌いやわ。」
湯呑みの酒は半分ほどになっている。
「瑤一さんはな、朔也さんほど華があって目立つような人ちゃう。なんならお前みたいに好かんって奴も多いと思う。」
「いや好かんわけちゃうけど…」
多々良は酒を飲み干した。四杯目だ。
「さっきの話な、瑤一さんが真っ先に瀕死の〈眷鳥〉切ろうとしはったって聞いて、むしろ俺は嬉しい。やっぱりあの人について行きたい。」
「切られるのが、自分やとしてもか。」
「そうや。むしろそれは俺じゃないとあかん。」
「…どういうこと?」
「あの人な、人を遠ざけようとするんよ。目的のために手元に引き寄せる癖に、なるべく早く手放そうとする。ほんま矛盾してるわ。今回の話聞いてわかった、身内ほど、切り捨てる時は切り捨てなあかんって思ってるからや。あの人のこと庇ってんちゃうで、むかついとるんや。必要としといて、簡単に手放そうとするなよってな。こっちは一蓮托生の覚悟、とっくにできてんのに。」
「あの人の〈眷鳥〉なったばっかりじゃないん?なんでそんな…」
「俺はな、大義のために敵作りやすい生き方してるあの人が好きやねん。目的のためなら手段選ばへんやり方が好きやねん。あの人の熱さでうたれて、鋭くなる自分が好きやねん。あの人は別に俺じゃなくてもいいけどな、それは正直どうでもええ。孤独に戦ってるあの人のところに俺がおりたいだけや。なんなら俺だけでええのにと思う。今後はそうもいかんやろけどな。」
「聞いてへんな…今かて、なかなか最強の武器持ったはるやん。」
「あいつらは半分鬼やから重宝されてるだけや。〈眷鳥〉の方が隊としてやっていくなら必須やろ。俺にしかできんことがある。」
「そこ張り合うんや…」
「あの人やったら絶対に、俺の命を無駄にせん。俺以上に俺のことを上手く使ってくれる。生きてる意味を持たせてくれる。」
多々良の手には既に半分となった湯呑みがあった。雁矢崎は逆に酒が進まなかった。多々良の発言を理解するのに酔っている場合ではなかった。
「瑤一さんがやっとることがさ、間違ってると思ったらどうする?」
「俺が殺してあげるわ。本望やろ。」
言葉が出ない。
瑤一、とんでもない奴にとんでもなく懐かれているのではないか。
「まぁでも、万に一つもそんなことにはならんわ。俺よりよっぽど広く先のこと見たはる人やから、俺が間違ってると思っても、それは俺がなんか知らんことがあるか、思い至らんことがあるだけやろ。それなくても一人で抱える人やからな。やから、ずっと見張っとらなあかんねん。お前と付き合ってる場合ちゃうくてな。」
「毎回一言余計やな。」
「俺はな、勝手にあの人と勝負してんの。誰も彼も守るために身内真っ先に犠牲にすること選ぶ人で、その身内になるべく人入れんように遠ざける人や。そんな人がよっぽどの指示出す奴は、つまりは身内って認識されとるってことやろ。それは身内って認めざるを得へんくらい、手放せん理由があるってことやろ。そいつのことが必要ってことやろ。」
多々良は笑った。
「自分のために死んでくれ、って言われたら、俺の勝ちや。」
雁矢崎は多々良の笑顔を初めて見た。
なんて幸せそうに笑うんだと思った。
「お前、重。」
「はっ。なんでも重い方がかっこええやろが。」
意味がわからなかった。
がしかし、たしかにそこまで夢中になれるものがあるのは羨ましいことだった。
「なんもない時に、俺に価値見出してくれたんはあの人だけや。俺も知らん価値をな。それがどんだけ救いなるか、貴様にはわからんやろ。初めてやってん、この生まれでよかったと思ったんは。」
「多々良は別に…」
湯呑みを持った手で雁矢崎を指差し、「それ」と静止した。
「その名前はもう捨てた。今は空明や。そっちで呼べ。」
「空明?」
「瑤一さんにもらった名前や。」
そのときの空明は先程より一層、幸せそうだった。
その後に空明は、ひたすら雁矢崎の悪口を言い、瑤一に文句を言い、自分の境遇を嘆いて世界に呪いの言葉を吐いた後、死んだように眠った。
「こいつこんな酒癖わるかったんか…何が悲しくてこいつに奢らなあかんねん。」
文句は言いつつも、雁矢崎は不思議と清々しい気分だった。目的はなんだったか忘れたが、悪くない時間だった。本人に向かって散々暴言を吐くのはいかがなものかと思うが、今回は無理に喋らせた面もあるため許そう。
多々良に肩を貸して寮へ戻る道中で声をかけられた。
「瑤一様から。空明をそのまま連れて行ってもいい。」
振り向くと、朔也の透き通るような金髪とは異なる、金物のような鈍く光る髪の男———韋鎚だった。何度か対面したことはあるが、声を聞くのは初めてだった。見た目に反して、澄んだ高めの声色をしている。
突然のことに理解が追いつかなかったが、物理的に、という意味ではないのだろう。空名が言う瑤一の人物像が、少しだけわかった気がした。それにしてもつくづく言葉の足らない人達だ。
「それは難しいですね。こいつ瑤一さんに想像以上にぞっこんだったもんで。連れてっても、自分で帰っていきますよ。」
「今のは、今後も有効。引き続き気にかけてやってほしい。以上。」
こちらの話を聞いているのかいないのか、そう言うとこちらの反応も見ずに歩いて行ってしまった。何もかも、伊吹とは真逆のように感じた。
ふと、もう一人の半人半鬼のことを思い浮かべた。
伊吹は今、朔也隊に馴染めていない。雁矢崎はそう感じつつも、連携は取れているし、それが問題とは思っていなかった。彼女の事情など知るところではない、と思っていた。
言葉が足りない———それは彼女にも、そして自分にも言えるのだろう。
自分の悪い癖だと思う。一度気になると無視できない。空名の時もそうだった。
それに今はおそらく、空名から悪い影響を受けている。雁矢崎には命を賭けるほど大切なものも、心酔するなにかもないが、あればきっと今より生きることが楽しいと思った。そしてそれは、恵まれすぎた自分は、必死にならないと見つからないのかもしれない。
見えないふりをしてきた目の前のものから、手当たり次第やってみよう。
伊吹にとっては余計なお世話かもしれないが、自分ができることなどたかが知れている。だからこそ迷惑にもならないだろう。
今はそれよりも———
「え?お前俺の服に吐いた?最悪…」




