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11.空挺編成科

 今年度の〈眷鳥〉候補者は十人。

 皆、知っていてもほとんど話したことがない者ばかりだった。雁矢崎景士の周りはだいたい二種類、媚びるか妬むかであったが、選ばれた者はだいたい後者だったということだ。当然である。

 雁矢崎景士は鋭い視線を感じたが、自分だけではなかった。誰もつるんでいるような雰囲気はなく、その場の空気は張り詰めていた。

 皆が先日までとは異なる制服を身に着けていた。一般隊員の茜色を基調とした詰襟の軍服とは違い、黒基調の袖の無い軽い服になった。背中も大きく開いており、胸丈のマントが上半身を覆ってくれていた。この黒が、憧れた〈眷鳥〉の姿に一歩近づけてくれている。

 数日後かはたまた数分後かには、神の祝福、その恩恵を受けられるという高揚と、自分の何がどう変化するのかという僅かな恐怖。そしてどれだけ頑張っても、最終的に〈輪〉に選んでもらえなければ〈眷鳥〉にはなれないと聞く、その緊張感。ここからが本番で、誰もが好敵手だ。

 雁矢崎景士はこの時初めて例の多々良を目にした。八ほどではないが細身で、目立つようなタイプではないように感じた。静かに前を見ている姿は、誰にも興味がなさそうだった。

 全員が揃ったところで案内され、訓練場へと向かった。

 そこでは、鳥が舞っていた。

 色、大小さまざまな鳥が、加速と急旋回を繰り返す様は迫力があった。よく見ると、地面にはいくつもの木材が置かれており、それに向かって足———鉤爪を振りかざしている。時折、パァンと銃弾のような音が響くのは、木材が粉砕された音だった。どれほどのパワーがあればあのような弾け方をするのか。

 その光景に釘付けになっていると、車椅子の男が近づいてきた。片足がなかった。

「新入生諸君!〈眷鳥〉候補生の訓練担当してる破戸部や。これから長い付き合いになる人もならん人もおるやろけど、よろしゅう。いつも聞かれるから先に言うな。元〈眷鳥〉やけど、見ての通りで引退した。」

 そこで男は自分の足を示すように視線を落とした。

「〈仇鬼〉に喰われた。」

 少しの間があった。そのタイミングを逃さず、一人が手を上げた。

「どうぞ。」

「〈輪〉の能力で治癒するのでは?」

「俺が怪我したときには〈輪〉が既に死んどった。」

 誰もなにも言えなかった。

 〈輪〉は〈神器〉で、神様のような遠い存在えではあるが、当然人間と同じように死ぬのだ。

「〈輪〉と〈眷鳥〉が持つ能力は、契約してしまえばそんなに違わん。「変容」と「治癒」や。何が違うかって言うたら、力の流れ方かな。あくまで神様が〈輪〉を守り、〈輪〉が〈眷鳥〉を守る。〈輪〉が死んだら俺らは〈眷鳥〉になれんくなる。その時飛んどったら、ヒューーーー、や。」

 破戸部は目の前に持ち上げた木の先端を、右上から左下へと滑らせ、地面に叩きつけた。

 別の手が上がった。

「足や体の一部をなくした場合、もう〈眷鳥〉にはなれないのですか。」

「んー、正直なところ、わからん。そもそも俺みたいなケースはレアや。この状態になった時点で普通死ぬ。運が良かったんか悪かったんか。で、〈眷鳥〉になれへんのかって話やけど、〈輪〉と契約自体は問題なくできるかもしれん。ただこのなくなった足に治癒能力が働くか働かへんかがわからん今、もう一回契約するってリスクは誰もとらん。いずれにしろ、基本は足、鉤爪が武器や。それ無くて使い物になるかわからん奴を〈眷鳥〉にし続けることはないってこと。」

 平然と話しているが、厳しい現実だ。

 〈眷鳥〉になっても、そこがゴールではないことを胸に刻んでおかなければならない。

「最後に、「治癒」は〈輪〉にとって負担が大きい。治るからって調子に乗らない。以上。ほな、立待さんにお願いしてもええですかー?」

「いいですよー。」

 突然の介入に驚いた。この場まで案内してくれた人物が前へ出て、破戸部の隣に立った。

「〈輪〉の立待と申します。」

 〈輪〉!

 ほとんどの者にとって、遠目で見ることはあっても、こうして出会うのは初めてだった。気が付かなかった、というのも、一見は一般人と変わらない。

 挨拶をすべきか頭を下げるべきか、と悩んだのは一瞬で、続く立待の言葉に硬直した。

「では、さっそく契約を。」

 え、もう契約?と呆けた顔がほとんどだった。立待は愉快そうに微笑んでいる。

「ここにはおりませんが、私含め五人の〈輪〉が訓練補佐をします。君たちはその誰かと契約し、〈眷鳥〉として訓練していただきます。契約には、これを飲んでいただくだけです。」

 立待が取り出したのは、手に納まるほどの小さな小瓶だった。中が透けた褐色の瓶で、表面に金色の模様が掘られている。

 〈神器〉との契約だ。もっと手の込んだ、重苦しい、儀式的なものを想像していた。

「中に何が入っているか、詳しいことは知らなくて良いでしょう。効力は一ヶ月。新月の夜に必ず切れます。契約が切れれば、再度更新が必要です。今言ったことは機密情報ですので他言無用です。軍の人間であってもです。理由はわかりますね。」

 更新が必要なものとは知らなかった。つまりは新月の夜、軍の要である〈眷鳥〉は機能しなくなるということ。軍の最大の弱点となる情報だ。容易に知られて良い情報でないことはわかるが、しかし誰に対して隠しているのだろう。〈仇鬼〉が人の言葉を理解して、その時間を狙ってくるとは思えないが。

 それぞれ、液体の入った小瓶を渡された。中には半分ほどの液体が入っているが、色はわからない。

「どの〈輪〉と契約するかは無作為です。わかってしまったら、互いに気を遣うでしょうから。ここへ〈輪〉はほとんど来ません。私も毎日は来ません、たまに遊びに来ますが。ただあなた方は、未来の主と民衆のために訓練を重ねてください。はい、では…訓練ですから、怪我はつきものですが。あまりにも大きな怪我は、避けていただけると助かります。」

 立待はにっこりと微笑んだ。

「では。あとはお願いしますね。」

「ありがとーございます、立待さん。」

 その場を去る立待を見送った後、破戸部は真剣な顔で向き直った。

「あんまり細かいこと言わん。けど、俺らと軍と民衆のために身を犠牲にしてくれてるあの人らの存在は、俺らは頭に留めとかなあかん。」

 見方次第で言い方を変えれば、立待らは人柱だ。〈眷鳥〉を訓練するための仕組みの一つでしかない。どういった経緯か知れないが、〈神器〉がこのような扱いを受けていることが衝撃だった。それでも、必要な役回りであることは十分にわかった。

 さて、と破戸部は手にした木を放り投げた。

「隊員として優秀でも、〈眷鳥〉として優秀とは限らへんで。毎回一定数、変容できひん奴がおって、変容しても飛べへん奴がおって、一回飛べてもその高所と速さにビビって二度と飛べん奴もおる。成長して自然と歩けるようになるのとは訳が違うからな。これはもう、やってみんとわからんわ。ほな   飛んでみ。」

 全員が、小瓶の中のものを一気に飲み干した。僅かに酸味と清涼感があった。

 何も起こらない。自分の体になんの変化も感じない。

 破戸部はニコニコと見ているだけで何も言わない。耐え切れなくなった一人がおずおずと手を上げた。

「えっと、何をすれば?」

「大事なんは気持ちや。情熱や。気合や。頑張れ。」

「無茶苦茶や…」

 「君は鳥になれる、鳥になれ。」と言われたら、まず何をするだろう。とりあえず両手で羽ばたいてみるか?

 わけがわからず、しかし何もしないわけにもいかず、手を広げてジャンプしたり、走って羽ばたいてみたりする新入生を見て、破戸部は腹を抱えて笑った。

 一人じっと、目を閉じて直立している者がいた。雁矢崎景士だ。

 「コツ」を家で教えられている。騒がしい周囲から意識を切り離し、教わったことを思い出しながら実践する。何度も繰り返し練習してきたが、契約してから行うのはもちろん初めてだ。

 一つ大きく息を吐く。

 そのまま呼吸を整えて。

 自分は真っ暗な空間の中に立っている。

 目の前に鳥の姿を想い浮かべる。

 まずは全身、そこから嘴や翼、足の詳細を脳内で描く。鋭い爪と嘴、そして大きな翼を持つ鳥。資料は家で散々見てきた。ここではより詳細に想像できることが大事だという。

 細部と全身を繰り返し想像しているうちに、周りの音が遠のいた気がした。

 思い描いた鳥の中に入り、鳥になる。闇の中にいる鳥の視線が、今は自分の視線だ。ここではきっとこう見えるだろうという想像力が必要になる。

 少し首を動かせば、自分の翼や胸の羽毛が見えるはず。現実では、瞼の裏で眼球が動いている。

 闇の中で、その大きな羽を少し動かしてみる。目は閉じたまま、実際に腕を伸ばしている。本来の自分の腕よりさらに長く意識した大きな羽を広げると、わずかな動きでも空気の抵抗を感じるはずだ。

 ゆらゆらと翼を動かし、数回目にしてその感覚を掴んだ。

 開放感があった。身体が軽くなるような、全身が翼そのものになったような。

 すこしずつ、翼の動きを大きく、速く。

 そのまま地面を蹴れば、一面の青空に届くはず———

「さすが、雁矢崎やな。」

 その声に目を開けると、皆の視線がこちらを向いている。

 頭はすっきりしており、開放的な気分は続いていた。しかし目の前に持ち上げた掌は、何も変わらない人間のそれだった。一瞬でも変容できていたのだろうか、だがまだ確かな実感はない。

 それより、「さすが雁矢崎」。やはりここでも「できて当然」か。

「あ、ちゃうちゃう。ちゃうで。」

 不満が表に出ていたのだろうか。破戸部は少し慌てた様子でその言葉を撤回した。

「皆勘違いしたらあかんで。雁矢崎は身近に〈眷鳥〉がおるからコツ知っとるんやろ。自分らは知らんからできんで当然や、落ち込むことは無い。けどな、コツを知ったからってできるもんでもない。さっきも言ったけど、どんだけ説明してもできひん奴はおるし、結局自分で感覚掴むしかないんや。俺が「さすが」って言うたんは、お前のお父さん知っとってな。あいつもセンスよかってん、ちょっと重ねて見てしもた。凄いのは自分のセンスの良さや、自信持ってや。他の奴らもコツ聞いただけじゃできん難しさがすぐわかるわ。じゃあ、真面目にやろか。よう聞きや———」

 そこからの説明は、雁矢崎が両親から教わったものと似ていたが、抜けている部分もあり、逆に初めて聞くこともあった。きっとそれぞれの「コツ」があるのだろう。

 奮闘する同期を眺めながら、胸中にはこれまで以上の高揚感があった。何かを掴めた気がする。

「さ、あとは自分次第やで。頑張りー。ところで雁矢崎、はよ服着ーや?」

「え。」

 見下ろすと、自分は裸で、足元に衣服が纏まっていた。

 なんと。いつのまに?なんで?

 と、他人事のように不思議に思った。

「変容する時、身に着けてるもんは基本的には一緒に変容されるようになる。ククっ、まだ慣れてないからな、服だけ置いて行かれてしもたんや。これからは隊服も他の物も、一緒に変容できた方が便利なもんは、自分の体の一部って認識できるくらい肌身離さず持っとくのがええわ。まだできひんと思ってさ、言うん遅なってごめんやで。」

 なるほど、背中の開いた制服の形は肩甲骨から翼を意識するためのものだと聞いていたが、変容時に服で締め付けられて圧死しないための防御策でもあったわけだ。どうりで、父親たちはこんな露出の多い制服だったか?と違和感があった。服が脱げる可能性は、面白がって言わなかったんだな…。

 破戸部も、先程まで鋭い視線を投げていた同期も、笑いをかみ殺していた。この場に女性がいないのは幸いだった。死にたくなるほどの羞恥はないが、しかし、誰でもいいからもう少し早く教えてくれても良かったんじゃないか。

 雁矢崎は、みんな他人事ちゃうぞ、と心の中で呟きながら、羞恥心を隠すように敢えてゆっくりと服を着た。


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