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10.烽州立軍防衛学校

 雁矢崎景士は至って普通の青年である。

 〈眷鳥〉は仕事。お金を稼ぐための手段。

 先日、目の前でたくさん人が死んだ。この仕事に就いた以上覚悟はしていたものの、後になってじわじわと堪えた。

 そのせいか、学生時代がひどく懐かしく感じた。



 誰もが憧れる名誉ある職業、子供が将来なりたいものに選ぶ職業と言えば、烽州では多くの者が〈眷鳥〉と答える。少なくとも雁矢崎景士の通った学校ではそうだった。幼い時ほど、頭のキレより運動神経が重宝され、悪を倒すヒーローに憧れるものだ。

 〈仇鬼〉から人々を守る神の加護を受けた我国の〈神器〉。その中でも各州を統治する〈五光〉。烽州は唯一、〈五光〉の能力の特性上、一般人がその恩恵に預かることができる。〈仇鬼〉の恐怖から解放される「力」と「空への自由」を求めて、多くの者が〈眷鳥〉を目指す。

 しかし〈眷鳥〉になれる数は限られている。かつては烽州の住民全員が〈眷鳥〉になればいいのに、などと思っていたが、その契約が〈輪〉にとって相当なリスクになるときちんと理解したのは烽州立軍防衛学校に入ってからだった。未だに〈神器〉の能力については国家的に機密情報であり、一般人が知れるところではない。

 限られた〈眷鳥〉の座を求めてしのぎを削るも、多くは烽州立軍防衛学校入学試験で挫折し、その後卒業までの訓練課程で挫折し、一連の訓練を終えた中でも一握りしか〈眷鳥〉候補生にはなれない。そこまできても、〈眷鳥〉として花咲かず一隊員に後戻りする者も珍しくないという。

 烽州立軍防衛学校で三年間の厳しい選抜を経て、雁矢崎景士は〈眷鳥〉候補生に選ばれた。

 卒業兼軍への入隊及び空挺編成科への進学式典では、代表として壇上に立った。

「宣誓を行う。代表、雁矢崎景士。」

 返事をして、足を踏み出す。

 緊張と少しの達成感を抱えて壇上へ足を進める道中、この時ほど聞きたくない囁き声が耳に入ったことはない。

「やっぱ今年は雁矢崎かぁ。」

「まぁ妥当やろ。寧ろじゃなかったらおかしいわ。」

「いいなぁ、名前だけで注目してもらえるやん。」

「やっぱコネとかあるんかな。」

「出ていってくれたら、来年またチャンスあるかなぁ。」

———雁矢崎家。

 代々〈眷鳥〉を輩出してきた、この界隈では名門だ。両親は父母共に、歳の離れた姉もまた現役の〈眷鳥〉である。

 できて当たり前。選ばれて当たり前。

 冷たい視線と妬みを、甘い言葉と微笑みと共に媚びを受け続けてきた。

 誰も努力を認めてくれない、などと捻くれかけた期間もあったが、既にそういった扱いは諦めていた。幼い頃から三人に鍛え上げられ、恵まれた環境だったのは事実である。一つ確実なのは、〈眷鳥〉は血筋やコネでなれるような甘いものではない。だから早くから誰よりも努力した。候補生として選ばれた今、それに見合った実力があることを自負していた。

 それだけではない。鍛えられた体に釣り合う高身長。頭の回転も速い方で、人並みに人に嫌われたくないと培った話術ではボケもツッコミも感度がいいときた。顔もどうやら相当整っているようで、烽州立軍防衛学校の中でも外でも、男にも女にもモテないはずがなかった。客観的に見て妬む気持ちの方が共感するところだ。

 ただ身近に実力者が居る分、現状に満足して調子に乗れるほど身の程知らずではなかったし、誰かさんによると、自分は自分で思っている以上に真面目な性格らしかった。

「宣誓———」

 頭に叩き込んだ二分ほどの文章を、一字一句噛む事なく読み上げた。会場全体に通るほど声を張ったのは、緊張を悟られまいとしたせいでもある。

「かっこよかったで雁矢崎君!」

「すごいな、あんな長台詞スラスラ言えるん。」

「あほんま、ありがとー。」

 退場後、名も知らない同期の賛辞に相槌を打っていると、前方に目立つ白髪が見えた。取り巻きを躱しながら、雁矢崎はそちらに足早に近付く。

「よ!八!」

「?あっ、代表の雁矢崎君じゃないですかー。」

「なんやその言い方、煽っとるんか。」

「滅相もないそんなっ、代表の方にっ。」

「やめろ!」

 肩に回した腕に力を入れてそのまま首を絞めるフリをすると、八は「ぐぇー。」と苦しむ声を出し、二人してゲラゲラと笑った。

「ま、ほんとにお疲れ。宣誓の言葉は君が考えたの?」

「んなわけないやん、もらった用紙まんま読んだわ。もう内容忘れたし。」

「早っ。鶏じゃん。」

「なんて?」

 今度はもう片方の手で八の頬を掴み左右に揺さぶると、タコ顔の八は「ううううう」と揺れに合わせて意味もない声を出した。それを見てまたゲラゲラと笑う。

「あんな長文をちゃんと覚えてくるところは、相変わらず真面目だねぇ。」

 八は最初から、雁矢崎景士に対して遠慮がなかった。むしろ興味がなさそうだったというべきか、雁矢崎景士を無駄に持ち上げたり、逆に必要以上に妬んでいる者たちを遠目で見て、鼻で笑っていたのを覚えている。

 話し方から、八は東方の出身だと思われる。目立つ白髪は東方の特徴というわけでは無いだろうが、かなり可愛らしい愛嬌のある顔をしていた。所作もどこか丁寧で、男でも女でも「漢らしい」この烽州では珍しかった。

 八と雁矢崎景士が初めて一対一で接触したのは体術の授業だった。日頃の授業も〈眷鳥〉候補選抜に関係すると言われている中、体格もよく既に完成された形を持つ雁矢崎を相手にしたい者などいないのが常だ。ある時、八の方から声をかけてきた。もちろん雁矢崎が主導権を握ることになるが、僅かに圧倒される時もあった。体格差を埋める技術もさることながら、一本取ろうと本番さながらに本気だったように感じたのが気になった。それが授業のたびに続き、徐々につまらないことも話すようになった。

 後で何故声をかけたのかと聞くと、「寂しそうだったから」「一人で可哀そうだったから」と言われた。そんなことを言われたことはなかったし、微塵も表に出していない確信はあったが、あながち図星だったため言い返せなかった。八は元から〈眷鳥〉になるつもりはなかったらしく、名門雁矢崎家のことをあまり気に留めていなかったらしい。理由は「高いところ怖いじゃん。」だそうで、では何故軍に入ったのかというと「給料がいいから。」だそうだった。その点で最も意気投合したと言ってもいい。

 しかし、これからは別の道になる。

「僕はこのままどこかの隊に配属される予定だけど、まぁ君が飛べなくて戻ってきたら、慰めてあげるよ。」

「素直に頑張れって応援せぇや。」

 少し寂しいなどと、絶対に口には出さない。軍に居ればまた会えるだろう。

 たわいも無い会話をしながら、ふと気になったことを思い出した。

「今年の〈眷鳥〉候補の中に聞いたことない奴おったんやけど、多々良って誰か知っとる?」

「え、知らないの。ほんと他人に疎いねぇ。」

「お前は嫌みの一つは言わな話されへんのか。」

「数年前の話だけど、〈輪〉と〈眷鳥〉の間であった事故のこと、聞いたことある?」

 落とされた声の調子から、良い話ではないことは察せられた。

「〈眷鳥〉が〈輪〉を殺したんだよ。」

「…事故なんやろ?」

「そ。僕も噂程度しか知らないけどね。〈眷鳥〉が怪我しても、〈輪〉の能力で治るでしょう。その能力の暴発?みたいに聞いたな。多々良君はその〈眷鳥〉の息子らしいよ。歳は二つ上だったかな。もう隊員として配属されてたって。配属後に〈眷鳥〉候補に選ばれること自体が珍しいのに、なんでその「件の息子」が選ばれたのかは、ほとんどの先生が知らなかったな。」

「へぇ。まぁなんで配属後に選ばれたんかは置いといて、息子なんは関係ないやろ。」

 八は少し驚いた後に何故か嬉しそうに笑ったが、その表情に反していうことは辛辣だった。

「とはいえ、僕が〈輪〉ならそんな事故を起こした〈眷鳥〉の血縁の子と契約したくはないかな。原因がわからないから尚更。遺伝が関係しないとも言えないんでしょう?二つ上の多々良君は訓練生の頃から普通に優秀な人だったらしいし、その時選ばれなかったのもそういう理由だと思うけどな。それが今選ばれたっていうのは、なにかやんごとなき事情があるのかな?」

「八、知りすぎちゃう?」

「雁矢崎君と違って情報収集は怠りませんからねぇ。僕みたいな実力弱者には、情報命なので。」

「なにが実力弱者や。よう言うわ。」

 実力は何も体術や剣術など実技だけではない。八はおそらく指揮官として上り詰めるだろう。座学分野は要点を押さえている雁矢崎景士以上の成績を残しており、賢いだけでなくキレると思う。

「同じ地域配属やったらええなぁ。」

「え、プロポーズ?」

「きしょ。なんでやねん。」

 二人してまた腹を抱えて笑った。


 寮生活から一時解放され久々に家に帰ると、盛大なお祝いが待っていた。〈眷鳥〉候補として選抜されたことは先に伝えていたため、両親が準備してくれていた。

 〈眷鳥〉の家系を重圧に感じることは無いといえば嘘になるが、両親がその道を強要するようなことは一度もなかった。むしろ「できて当たり前」などと思わず、事あるごとに純粋に褒めてくれた。自分たちがその大変さを身に沁みて知っているからだろう。

 姉とも本当に久しぶりに顔を合わせた。会って早々、ニヤリと笑って「やるやん。」と一言。それ以降大した会話はしていないが、それだけで十分だった。

 喜びも束の間、〈眷鳥〉候補としての訓練はすぐに始まる。それを知っている両親からの最後の詰め込みもあった。

 つくづく、自分は恵まれていると思う。


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