●結び『ある囚人の独白』⑯
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●結び
大親友の策略を悟っていた私は、包丁を床に投げ出し、鞄の中の凶器を捨てた。
外の警官たちに話が通じるかどうか分からなかったが、サムターン錠を順々に解錠し、玄関のドアをゆっくりと開いた。
眩しい光に軽い眩暈を感じた。二メートルほど離れて、数人の機動隊が私を取り囲み、盾と警棒、刺股を構えて睨みつけていた。
「あの、私は被害者なんですが」
両手を挙げてゆっくりと話すと、中心にいた警官が落ち着いた口調で言った。
「話はあとで訊こう。こちらもすぐには信用できない。申し訳ないが拘束させてもらう」
私は頷き、大人しく手錠を嵌めさせた。
私は最寄りの警察署に連行され、事情聴取が始まった。
これまで述べてきた通りの事を懇切丁寧に説明したが、担当の刑事は薄ら笑いを浮かべ、明らかに聞き流していた。
もちろん私のほうにも弱みがあった。意識を失ってからの記憶が曖昧で、そこを責められると答えようが無かった。
私を陥れるための証拠は幾つも見つかり、外堀を埋められていった。徐々に逃げ道を失い、皆が納得しそうな動機を拵え、優しく自白を強要される。そんな日々が延々と続いた。
私はいつしか黙秘するようになっていた。真実を語っても、誰一人聞く耳を持ってくれない。恩師の荒川や砂場の母親も、私の話を証明してくれなかった。保身に走ったのかも知れない。否、私を血迷った殺人鬼と思っているのだ。
砂場の通夜に出掛けた時点で、私の運命は既に決まっていたのかも知れない。いや、砂場に冷たい態度をとったのが発端か? 考えるだけで頭が割れそうになる。
もはや私の前には絶望しかない。同窓会参加者の中で、生き残ったのは私だけだった。私の無実を証明する客観的論拠は無く、弁護士も旗色は悪いと語った。
妻を除き、味方は私の理解者ただ一人となった。限られた面会時間を有効に使い、何度か打ち合わせを行った。正義感の強い理解者は、私の熱意と覚悟を汲み取って、協力を惜しまないと言ってくれた。
私の身に降りかかった事実を闇に葬る訳にはいかない。砂場や大親友に一矢報いたいという思いもある。
私は濡れ衣を晴らす希望を本にまとめて、味方となってくれる読者に託す事にした。
最後まで読んでくれた読者に想像してもらいたい。
もしあなたが身に覚えのない濡れ衣を着せられ、殺人鬼にされ、頼ろうとした人に裏切られ、真実を話しても相手にされないとしたら。
私は絶望した。
(了)
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