第347話 ハラウェイン伯爵令嬢、『鳥船』への帰還に際し、聖女としての自分について考える
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、ハラウェイン伯爵令嬢、『鳥船』への帰還に際し、聖女としての自分について考えます。
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「それでは、アリッサ。
明日の朝まで、帝城のことは頼みましたわ」
薄暗い謁見の間で、メグウィン様がバリア越しにアリッサ様にそう告げられます。
ええ、わたしたちは『鳥船』に帰還し、明日の朝まで過ごすことになったんです。
さすがに……『時』を止められた方々が周囲に倒れられているこの帝城で一晩を過ごすなんてあり得ないですものね!
まだ生きてらっしゃると分かっていても、不気味なことには変わりません。
特に皇帝陛下(メルー様のおっしゃる通り、『紐人間』にしか見えません)がうろうろされているのは本当に怖いです。
お化けというものはこういうものを言うのではないでしょうか?
「お任せください、姫様」
アリッサ様は凛々しくそう答えられてから、帝国の女騎士様の方をちらっとご覧になられて頷かれています。
これまでメグウィン様の近傍警護を任せられていたお方なだけあって、本当に頼もしいです。
(アリッサ様よりは年下に見えます)帝国の女騎士様が頬を染められているのも分かる気がしますね?
「それでは、皆様、帰還いたしましょうか?」
「「「はい」」」
「“SwitchOn light 1 with intensity 0.1 on hand”」
一、二、三。
メリユ様のお手の上に神聖なる光球が現れ、多数の蜜蝋が吹き消されて薄暗かった謁見の間が眩いまでに照らし出されます。
ええ、改めてこうして見ましても、もう廃城の、かつて謁見の間だった場所……というようにしか見えないですね。
軍船が『消去』されたときの嵐で更に荒れ果て、更に時を止められた方々が倒れていらっしゃるのですから、背筋に冷たいものが走ったように感じます。
これがご神意に背かれた帝国の末路。
残された宰相様や(『時』を止められなかった)帝室の方々も絶望に囚われていらっしゃるようです。
いくら(助力を申し出られられた)女騎士様が公爵家のお方といっても、帝都にあるタウンハウスも被害を受けてしまわれていることでしょうし、(きっと)窓は破れ、ベッドも雨に濡れて、今夜一晩を過ごすのも快適とは言えないものと思います。
もちろん、わたしたちも『鳥船』での野営はそんなに快適なものではありませんけれどね!
まあ、それでも、テントを設営予定ですから、濡れたベッドよりは快適に過ごせると思います。
「せ、聖女猊下、我らに救いはございませんでしょうかっ!?
何卒何卒、神へのお取次ぎをお許しいただきたく」
「……神に懺悔し、悔い改めるならば、救いはあるのかもしれませんわ」
メリユ様が隊列の反対側に向かわれ、帰還体制に入られる中、バリアに張り付かれる宰相様。
わたしたちの乗った『鳥船』が訪れるまで、エルゲーナで最も栄華を誇ったオドウェイン帝国の宰相様がこれほどまで必死になられている光景は不思議なものでした。
メリユ様がいらっしゃるまで(聖国は訪れてみたいと思えど)王国の外に出ることなんて考えたこともなかったわたしですら、ミスラク王国が『小王国』と蔑まれていることくらいは分かっていましたけれど、エルゲーナの頂点に立った帝国の宰相様が膝をついて必死に懇願される様を見ているなんて、とても信じられないです。
「おお、おお、聖女猊下、深謝申し上げまする」
でも、今のわたしだって、メリユ様と同じ聖女としてのお力を持っているのですよね?
メリユ様に聖なるご命令を教えていただければ、そのご命令を執行できるだけのお力がこの身体にはあって、それこそ、帝国全体にご神罰をくだすことだってできてしまうんだと思います。
(もちろん、お力が足りるかどうかという問題もありますけれど)自分の感情のままに大変なことをしでかさないかって怖くも感じてしまうんです。
だって、わたしは……帝国に対して憎しみがあるんですよ?
伯爵家にあのような卑劣な工作をしかけられ、お母様が(一時は)あのようになってしまい、そして、わたし自身まで命を落としかけたんです。
ご神託、ご神命もないままに、この憎しみを晴らすべく、このお力を振るい、帝国の帝室、貴族、聖職者の方々を天に召すようなことだって……絶対にしないとは言いきれないと思います。
ですのに、ご神命にあるご神罰よりも、その方々が悔い改めたあと、救いを齎そうとされるメリユ様は……さすがはファウレーナ様だと思ってしまうんです。
私情を挟まずに、全ての『人』と(平等に)向き合われるメリユ様こそ、本当の聖女様と言えるのではないでしょうか?
「わたしも……そうなりたいです」
わたしがいつまでメリユ様のお姿でいられるのかは分かりません。
神がオドウェイン帝国の皇族の血を引かないこのメリユ様のお身体をわたしに宛がわれたのは当然の措置だと思いますし、メリユ様のお力の上限を考えれば、少しでも『助け』になれる聖女が一人でも多い方が良かったというのもあると思います。
ですが、帝国が他国への侵攻を諦め、エルゲーナに平和が齎されたとき、わたしが聖女である必要性もなくなってしまうんですよね?
そうなれば、わたしは……神から元の身体を下賜される可能性も大いにあると思うんです。
もちろん、お父様とお母様の娘……ハードリー・プレフェレ・ハラウェインに戻りたい気持ちはあります!
ですが、自分が今こうして聖女となり、メリユ様をお助けできていることがどれほど誇らしいことか! できることなら、もう少しこのままでいたいという気持ちも強いんですっ!
「そうですよね……」
もしいつでもハードリー・プレフェレ・ハラウェインに戻れるようになって、それでも、メリユ様のお身体のハードリーでもいられるのなら、わたしはメリユ様のお身体のままでいても構わないって思います!
いいえ、むしろ、その方がうれしいかなって思っちゃうんです。
だって、大好きなお方のお身体で、その大好きなお方のお手伝いができちゃうんですよ?
もしハードリーとしてわたしがどこかの貴族家に嫁ぐのであれば、わたしはその貴族家の『仕来り』に縛られて生きることになってしまうんですから……そうなるくらいでしたら、メリユ様のお身体のまま、メリユ様のお傍で聖女として『支え』になる方がずっと幸せだと思えますもの!
ずっとメリユ様と一緒にいたい……そう、末永く一緒にいたいんです、わたしは。
「ハードリー様?」
気が付けば、(いつの間にか)メグウィン様とお手を繋がれていたメリユ様がわたしに(光球を浮かべた)お手を差し出されていました。
ええ、もちろん、すぐにそのお手にわたしの手を繋がせていただきます!
うれしい、大好きなお方のお手を握るのって、こんなにも幸せな気持ちになれるものなんですね。
本当に、わたしは、生涯をかけて、このお方のお手を握っていられるんでしょうか?
できることなら、ずっとそうしていたいです。
『共にある者』として、わたしはメリユ様の横顔をずっと眺めていたいんです。
エルゲーナ=世界が危機にあるときも、平和なときも。
いいえ、テラという別の世界でのご聖務があるときでだって構いません。
それこそ、わたしの持つ聖なるお力が、メリユ様に役立つのなら、本望ですよね?
それを考えれば、やっぱりこのお身体でいる方が良いのかなって思ってしまいます。
「綺麗……」
わたしたちの手、指の隙間が光が漏れ、また光球が浮き上がって、周囲を照らし出します。
触れない光球が手の中を通り抜けた瞬間、少しだけ温かみを感じました。
ささやかかもしれないですが、これもとても素敵なご奇跡なんです。
ご神罰がくだされた冷え切った帝城を照らし出すその聖なる光は『救い』そのものに見えました。
わたしたちが隊列を組み直している間に、アリッサ様と女騎士様が走っていかれ、いつの間にか(『時』を止められるのを免れた)儀仗兵の方々が外の通路に整列されていました。
その数、僅かに六名ほど。
迎えていただいたときの儀仗とは比べものにならないくらいに質素です。
王国ですらこの十数倍の儀仗兵で対応できると思います。
ですが、これが今の帝国の精一杯ということになるのでしょう。
儀仗兵の端には、アリッサ様と女騎士様が槍を掲げられていました。
女騎士様はともかく、アリッサ様がされるのはいかがとは思いましたけれど、お気持ちはとてもうれしかったです。
「やっぱり、わたしが、儀仗を受けられるだなんて、変な感じがします」
もちろん、今のわたしは聖女と呼ばれるに相応しいお身体と服装ではあるのですけれど、中身はデビュタントすら済ませていない田舎の伯爵令嬢に過ぎないんですよ?
メグウィン様と交友関係を持たせていただいていただけでも畏れ多いと思っていましたのに、どうしてこうなったのかなあと思ってしまいます。
まるで物語の中のお姫様にでもなったような気分です。
もちろん、伯爵令嬢として護衛はつきますけれど……外国のお城で儀仗を受けられるような立場じゃ(本来は)ないんですよ、わたし?
「また、明日こちらに赴かれるのですよね?」
「ええ」
明日、帝国は変わっているのでしょうか?
メリユ様が『救い』を齎されたあと、帝室や高位貴族、聖職者の方々は、ご神意に従い、戦を諦めてくださるのでしょうか?
そして、エルゲーナに平和が齎されるのでしょうか?
今わたし自身も、神話として後世に語り継がれるような出来事の中にいるんだと思うと、わくわくしてきてしまうんです。
聖都ケレンや砦のことだって、経典に記されるのは間違いないでしょうけれど、こんなにも凄いことに、齢十一のわたしが関わっているだなんて、それこそ奇跡ですよね?
わたしは思わずメリユ様と繋いだ手に力を込めてしまい、そのメリユ様のお手の温もりに感情が高ぶってくるのを感じていました。
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