第348話 オドウェイン帝国皇帝、神罰に遭う
(オドウェイン帝国皇帝視点)
オドウェイン帝国皇帝は、神罰に遭ってしまいます。
[『いいね』いただきました皆様方に深く感謝申し上げます]
余は此度の戦で、世界=エルゲーナの全てを手に入れることができると考えていた。
海路を使わず、(山越えはあるとはいえ)最短で四大国と通じる街道を持つ小王国、ミスラク王国を落とし、海と陸の双方から残りの三大国を攻めるのだ。
ミスラク王国は先遣軍で一瞬落とせるであろうし、セラム聖国、ナシル王国、グリエル共和国の内、やっかいな宗教的権威のある聖国は工作活動で内部から取り崩しを既に行っておる。
残るナシル王国とグリエル共和国だが、ナシル王国には(小王国を手に入れた後)本軍を最短経路で一気に通過させ、陸路と海路から同時攻撃を行うのだ。
ナシル王国の軍事力程度であれば、同時攻撃で瓦解し、一気に殲滅できるであろう。
そして、四大国の中でも商業国家であるグリエル共和国だが、二大国が落ちた時点で(戦を選んだ時点での)自国の末路を悟り、無血開城となるであろう。
無論、あの天然の要塞と言える地形はやっかいだが、完全包囲し、通商路を全て押さえた時点で、グリエル共和国の『負け』は確定してしまうのであるからな。
そう、小王国への侵攻自体は、大した戦ではないが、三大国を確実に落とすための布石としては大事なものと言えるのだ。
であるからこそ、余は、先遣軍が小王国を落とすのを今か今かと待っておったのだが、その矢先にあり得ぬことが起きた。
「はぁ」
小王国への侵攻ついでに亡き者にする予定であった聖女サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ、そして、元使徒ファウレーナを名乗る使徒もどきが現れたのだ。
彼らの乗ってきた『鳥船』などという空に浮かぶ城もどきと、宙を舞う使徒もどき。
大司教の言う通り、幻術の類でしかあるまいと思うておった。
このようなこと、起こり得る訳がないのだ。
聖教がいくら耳障りの良いことを説こうと、神の奇跡など起きやしない。
全ては力ある者の思うがまま。
世界=エルゲーナを動かすことなど、帝国の力をもってすれば、容易いことなどと思うておった。
その結果、帝国は、帝城は……地獄と化した。
余の息子、娘を含め、帝国の高位貴族たちは、石の像と化し、この世のこととは思えぬような地獄絵図が謁見の間に広がることとなった。
そして、その神罰は、余にまで及んだのだ。
「何故だ、何故、余の手が透けておるのだ……」
いや、手だけではない、余の身体もまた透け、影も形も見えなくなっておった。
何も見えぬ故、己が手同士を合わせることすらままならぬ。
そこに手が、身体があるのかどうかすら分からぬくらいだ。
しかも、何なのだ?
余の手は……ものに触れることができぬ、のか?
「へ、陛下!?」
「陛下は、いずこ!?」
「陛下っ!!」
気が付けば、余の傍におる宰相や大司教らが騒ぎ出しておる。
余がここにおり、目を合わせそうとしてやっておるのに、まるで目が合わぬのだ。
ほ、本当に余が見えておらぬのか?
「ょ、余はここだ、聞こえるであろう?」
余が声を張ってみせるも、連中はまるで聞こえていない振りでもしておるかのように、明後日の方向に余を探しておる!
まさか、余は透けただけでなく、声すらも届けられなくなっておるというのか!?
そこまで考えに至って、余は全身に鳥肌が立つ感覚を覚えたのだ。
戦を始めるにあたってですら、このような緊張を覚えたなどないこの余が、恐怖しておるのか?
ならぬ!
そんなことなどあってはならぬ!!
余こそは、エルゲーナ全て統べる皇帝なのであるぞ!
誰がどのような権限をもって、このようなことをなしたと言うのだ!?
「メリユ様」
「ぉ、お姉ちゃん、あの紐『人間』が皇帝へいかなんでしょうか?」
礼儀のなっておらぬ新米聖女が何かほざいておる?
「そのご様子ですと、メリユ様、ハードリー様、メルー様だけが見えていらっしゃるようでございますね?
もしや、これが『神隠し』というものになりますでしょうか?」
何?
聖女らには余が見えておると言うのか!?
いや、使徒もどきが……確か、神命の代行者として、余に神罰をくだしたと。
であるから、神聖なる力を持つ聖女らには余が見えておるのか?
神罰。
これが神罰なのか?
結界内部から薄気味悪そうに見てくる聖女たち。
貴様らのせいでこのようなことになっておるというのに、何と腹立たしいことか!
余が使徒もどきと聖女らを睨んでおると、その使徒もどきが、
「はい、皇帝陛下もお聞きになっておられるかと存じますが、神により、陛下のご存在はエルゲーナから拒絶されることとなりました。
陛下は、もう神より聖力授かりし聖女以外には見えておりませんし、何にも誰にも触れられず、お声を届けることすらも叶いません」
とほざくのだ。
………いや、今何と言った!?
神より、余の存在が……世界=エルゲーナから拒絶されることになったと?
そして、誰にも触れられず、声すら届けられぬだと?
待て、待て。
それはすなわち、余は神に召されたも同然ということなのか?
一体これから余はどうなると言うのだ!?
己の手も腕も何も見えぬが、嫌な汗が滲んでくるのが分かる。
「で、では……『神隠し』に遭われた方は……」
「はい、かろうじて息をすることは許され、地面の下に落ちることもございませんが……何を飲むことも、食することも叶いません」
何だと!?
何も飲めず、何も食することができぬだと!?
そう聞いたせいだろうか、余は喉の渇きを覚えてしまった。
「では、皇帝陛下は……」
「お水もお食事も摂られず、となれば、いずれ」
………まさか、余がこんなことで果てると言うのか?
貧民のごとく、喉の渇きと飢えの中で、余が……余が終焉を迎えると言うのか?
あり得ぬ、あり得ぬぞ!?
ほんの先ほど、使徒もどきらが来城するまで、余はまさに絶頂にあったのだぞ?
まさか、このような急転直下のごとく、神罰で余の夢が潰えるなど、あり得ぬことぞ!
いや、何だ、この恐怖は……。
息が苦しい。
息は吸えておるはず……であるが、まるで水中にて今にも溺れ死ぬかのような、焦りを覚える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
使徒もどきと聖女らを除き、誰も余を見ておらぬ。
しかも、連中ですら、余の声は……届いておらぬのか?
もはや、余はこの世=エルゲーナにおらぬも同然だと!?
神は、最期に余の言葉を残すことすら許されぬと!?
余はまだ十分に生きておらぬ。
あと、十年、二十年は、エルゲーナの全てを我が物とし、帝国の栄華を味わい尽くすつもりであったというのに。
こ、これほどまでにあっさりと果てると言うか!?
「嫌だ、死にとうない」
余は、我ながら情けない声を漏らしておった。
石像と化した連中が騒いでおった気持ちが今ならよう分かる。
いや、まだ連中の方がマシであったか?
余は真綿で首を絞められるのごとく、渇きと飢えの中でじわじわと果てると?
何の拷問なのだ。
いや、これこそが、し、神罰であると。
神は余を赦すつもりはないと言うことなのか?
「あぁぁぁぁ、宰相、宰相ぉっ!!」
余はまるで余がいないかのように振る舞う、余の右腕である宰相にしがみつこうとし、スッと宰相の身体を擦り抜けてしまうのに、背筋が凍り付くのを感じた。
触れられぬ?
触れられぬ!!
これではまるで、霊のようではないか?
ああ、何なのだ、これは!?
霊、余が霊のごとき存在だと?
霊、そんなもの信じてなどおらなんだが……遠い昔に……乳母から聞いた覚えがある、な。
道を外れたものは、霊となり、果てたあとも煉獄で苦しむことになると。
………余がそうなのか、そうなってしまうと言うか!?
しかも、まだエルゲーナに留まっておる内からこうなのだぞ?
これから飢えと飢えの中悶え苦しみ、果てたのち、次は煉獄でどのようなことが待ち受けると言うのか?
「うおぁぁぁぁぁ」
気が触れるとはまさにこのことであろう。
頭が狂いそうになる。
余はまだ何も成し遂げておらぬのだ。
帝国の領土拡張、エルゲーナ全ての平定、余の望みが何も叶えられておらぬ中、余は神罰で果てると?
次に帝国を託すことになるであろう第一皇子に伝えるべきことを何も伝えられておらぬのだぞ。
一体、余とは何だったと言うのか?
「陛下、陛下、どちらで、ございましょう!?」
宰相、何故余を見ぬのか?
何故余の声を聞けぬのか?
余は、宰相の身体を擦り抜け、謁見の間に広がる地獄を改めて見る。
余を讃えてきた者たちが皆色鮮やかな石像と化してしまっておる。
テーナの言っておった通りだ。
嘆きの像……か。
神の警告は誠であった。
余が……信心を取り戻し、エルゲーナの聖なる秩序を乱さぬよう……幾度も警告されておった。
それを無視し続けた結果が、これか。
余の息子、娘たちも……愛する我が子も……石像となるか、泣き喚くかしかしておらぬ。
『帝室の終焉』という言葉が頭に過る。
もはや、帝国を支えられる者は宰相くらいか?
他に誰がおる?
しかも、文官も、侍従、侍女たちですらも石像と化した今、帝城はどうなるのだ?
「………み、水を!」
ふと(侍女というところから)控えている侍女が用意しているに違いない水差しを思い出して、余は壁際におる侍女を探す。
おった!
地獄のような謁見の間にあって、顔を蒼褪めさせたまま石像と化した侍女が水差しを持っておったのだ。
「っ!」
駆け寄り、侍女の水差しに触れようとして失敗する。
水差しの先に口を近付け、更には水差しの中に己が顔を突っ込んでみるも、水一滴余の身体には入ってこぬ。
どうすれば良い?
既に余の喉は乾いておるのだ。
「メリユ様、『神隠し』に遭われたお方は、どれほどで神の御元に召されるのでございましょう?」
「そうでございますね。
お身体を動かされなければ、三日ほどで召されるかと存じますが、一日でも渇きは辛いものになるかと存じますわ」
「なるほど、罪を犯したことを悔やみ、神に懺悔し続けたとしても、三日程度で召されてしまわれるのでございますね」
不気味な静けさが支配する謁見の間にあって、響く使徒もどきと聖女らの声。
あと、三日……余は苦しみながらに果てると言うか?
既にこれほどまでに乾いておると言うのに、どうなると言うのだ!?
余は他の水差しを探し、別の侍女、杯酌官を探す。
聖女らのために用意していた茶もあるはず……だが、余は飲めぬと?
分からぬではないか?
飲めるものがあるのかどうか、確かめねばと、余は煉獄を彷徨う霊のごとく、謁見の間をふらふらと歩くのだった。
『いいね』いただきました皆様方に深く感謝申し上げます!
初皇帝陛下視点でございますね。




