第344話 ハラウェイン伯爵令嬢、オドウェイン帝国皇帝に神罰がくだされるのを目の当たりにする
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、オドウェイン帝国皇帝に神罰がくだされるのを目の当たりにしてしまいます。
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「陛下は、命奪われる者の痛みがまだお分かりになられないようでございますね」
「当たり前だ。
国を統括する者として、兵一人の命になど構っておられるか!
全体として国が富めばそれで良いに決まっておろうが」
オドウェイン帝国の皇帝陛下と相対され、ご対等に言葉を交わされるメリユ様。
凛々しく、それでいて周囲によく響くお声は(わたしには)とても悲しげに聞こえました。
使徒ファウレーナ様であらせられた頃から『人』を愛されてこられたメリユ様。
テラから呼び戻され、もうお一人の[メリユ様]の代理をされることになられたメリユ様は、リーラの知っているメリユ様そのもののように感じられました。
ご神命のご執行されつつも、神に背かれた方々ですらタダの一人も命を散らされることのないよう動かれてきたんですもの、本当に『人』がお好きでいらっしゃるのだなと思わずにはいられません。
そんな使徒ファウレーナ様=メリユ様を前世でもずっと見てきたからこそ、わたし=ハードリーは、民に寄り添わなくてはと(自然に)思えるようになったのだと思います。
そう……たとえ、使徒ファウレーナ様=メリユ様がいらっしゃらなくとも、そのご意志をわたしが継がなければと(無意識の内に)思っていたのかもしれませんね。
「では、神からすれば、陛下もその兵と同じタダ一人分のお命であるのをご理解されておられますか?」
「世迷言を!
余の命が兵一人の命と同じ訳がなかろう?」
そんなメリユ様のお言葉をご否定される皇帝陛下。
本当にもどかしいことです。
わたしも伯爵令嬢ですから、皇帝陛下のお言葉も理解できない訳ではありません。
ええ、もし致し方のない戦で、民を護る側に立っていたなら、兵一人の命に構っていられないというのも……なくはないでしょう。
ですが、不必要な戦で、それも、タダエルゲーナを総べたいという野望のためだけに、周辺国に戦をばらまき、大勢の民の血を流すようなことを平気されるご神経だけは理解できません。
きっとご自身がお命の危機に晒されることがないから、皇帝陛下はそのような暴言を吐かれるのでしょう。
「いいえ、聖なる秩序を乱す者として、ご神罰をくだすべき者と神にご認識されたならば、陛下もタダお一人のお命でしかないのですわ」
わたしはメリユ様と手を重ねながら、その横顔=ご尊顔をじっと拝見していました。
メリユ様は、悲しげな微笑と言うのでしょうか、今までで一番固いご表情をされているようでした。
一見冷たくも見えますけれど……メリユ様は精一杯、皇帝陛下もまた救われようとしているのだと思います。
ええ、ご神命では、皇帝陛下は……ご神罰として神の御許にに召されることになっていたんだってことくらい、わたし=ハードリーにだって分かるんですよ?
メリユ様は何度もご警告を発せられ、何度も神敵となられませんよう、お心を砕かれてこられたというのに……それすらお分かりいただけないなんて、皇帝陛下は、皇帝としての資質に欠けていらっしゃるのではないかと思ってしまいそうなほどです。
「使徒殿は、余に、神罰をくだすと申すか?」
「はい、ご神命の代行者として、ご神罰を与えます。
“Set transparency of avatar-of-emperor to 0”
“Execute batch for Activating-Physical-Disabilities for avatar-of-emperor”」
ああ、ついにご決断されたんですね。
メリユ様にとってどれほど不本意なことでしょう。
ですが、いつまでも先延ばし続ける訳にもいかないんです。
砦でもありましたように、場合によっては、神が直接介入されることだってあり得るんですから。
はたして、皇帝陛下にくだされるご神罰とは、一体どんなご神罰なのでしょうか?
三つ数えた後、皇帝陛下には、ご神命にあった通りのご神罰がくだされるのだと思います。
わたしはメリユ様と同じ大きさ、形の手をメリユ様の手に重ねながら、手汗か滲んでくるのを感じていました。
「っ!?」
そして、突然皇帝陛下は玉座からそのお姿をお隠しなされたんです。
瞬間移動……ではなく、そのような音もなく、唐突にお姿が消えてしまったんです。
いえ、違います……これは。
もしかして、皇帝陛下が透明になられているんでしょうか?
微かではありますが、糸のようなもので『人』の輪郭が残っているようなんです。
「へ、陛下!?」
「陛下は、いずこ!?」
「陛下っ!!」
宰相閣下や大司教猊下のお付きの方々が突然の事態に騒がれていらっしゃいます。
おそらく……あの方々には皇帝陛下が見えていないのでしょう。
見えているのは、聖女としてのお力を授かったわたしたち、だけということになるのでしょうか?
「メリユ様」
「ぉ、お姉ちゃん、あの紐『人間』が皇帝へいかなんでしょうか?」
やはり、メルー様も同じく見えていらっしゃるようですね。
だとすると、メグウィン様は……。
「そのご様子ですと、メリユ様、ハードリー様、メルー様だけが見えていらっしゃるようでございますね?
もしや、これが『神隠し』というものになりますでしょうか?」
手を重ねながら、わたしたちはメリユ様を見上げます。
黙ったまま一度頷かれたメリユ様。
そう、ですよね。
できることならご執行を回避されたかったに違いないご神罰をくだされることになったのですから。
「『神隠し』でございますか!?」
サラマ様、ルーファ様らも駆け寄ってこられ、事態の把握に焦っていらっしゃるようです。
ええ、本当であれば、『時』を数日止めるだけで、帝国に戦を諦めさせるおつもりだったのですよ?
(もちろん、帝国の方々はもっと深刻に受け止められるでしょうけれど)それで神へのご信仰が戻り、聖なる秩序が維持されるようになるのであれば、平和裏にご神罰は終わりを迎えるはずだったんです。
ですが、わたしたちに一切お伝えされていなかったご神罰の第三段階に入られた……ということは、神を納得させられることができなかったのかもしれませんね。
「はい、皇帝陛下もお聞きになっておられるかと存じますが、神により、陛下のご存在はエルゲーナから拒絶されることとなりました。
陛下は、もう神より聖力授かりし聖女以外には見えておりませんし、何にも誰にも触れられず、お声を届けることすらも叶いません」
「へ、陛下はまだ玉座のお傍にいらっしゃると!?」
「いや、どこにもおられないではないか!?」
宰相閣下らが額から汗を滲ませられながら、騒がれています。
それは、そうでしょうね。
見えない、触れられない、声も届けられない。
かろうじて、メリユ様、メルー様、そしてわたしだけが(いらっしゃるのだけは)分かりますけれど、もはや何を話されているかも分からないんです!
「で、では……『神隠し』に遭われた方は……」
サラマ様が両手を合わせられながら、わたしたちのお傍までいらっしゃって尋ねられます。
「はい、かろうじて息をすることは許され、地面の下に落ちることもございませんが……何を飲むことも、食することも叶いません」
そのメリユ様のお言葉をお聞きになられていた皇帝陛下が玉座から立ち上がられます。
お姿がわたしたち三人以外には見えていないというのもあるのかもしれませんが、もう形振り構っていられないのでしょう。
両手を振り上げられて、何か必死に捲し立てられておられるようです。
ですが、神にご存在すら許されなくなった皇帝陛下のお言葉、メリユ様にすら届かなくなっているようでした。
「では、皇帝陛下は……」
「お水もお食事も摂られず、となれば、いずれ」
『神隠し』とはそのようなもの、なのですね。
今はまだ大丈夫なのでしょうが……喉が渇き、飢えた先に待つものは、神の御許に召されるのみ……ということになるのでしょう。
ええ、考えただけでも恐怖です。
もはや誰にもご自身のご意志を伝えることもできないまま、残り僅かな『時』が刻々と減っていくのに孤独に耐えるだけになるんですから。
一日は大丈夫でも……数日もつことは可能なのでしょうか?
「『神隠し』とは、そこまで過酷なものでございましたか」
処刑される罪人ですら、何かしらのご意志は伝えることができるでしょう。
しかし、皇帝陛下はその手段すら持ち合わせていらっしゃらないのですから、さぞ怖ろしく感じられることだと思います。
とはいえ、戦の場でお命を落とされていく方々もまた同じ、なのですよね?
一瞬で終えられれば、まだ苦痛も……とは思いますが、終わりまでの時間が長ければ長いほど、その恐怖はいかほどかと思ってしまいます。
「お姉ちゃん!!」
輪郭しか分からない皇帝陛下がこちらに向かってこられ、バリアに張りついて何かを訴えられています。
もしかすると、今からでも、ご自身の御言葉を取り消したいと望まれているのかもしれません。
見えている側からすると、バリアがあっても、怖いと思ってしまいます。
「お父様……が、そんな」
第二皇女殿下、そして、第二皇子殿下も衝撃を受けていらっしゃいます。
ええ、第二皇女殿下は、皇帝陛下を必死にお止めになっていらっしゃったのですから、余計にお辛いことと思います。
本当に、神の前では、皇帝陛下もタダの『人』
飢饉に襲われた農村で、餓死していく民と変わらず、『ご神罰』として同じような目に遭われるということなんですね。
わたしが生まれてからは……少なくともハラウェイン伯爵領では飢饉は起きていません。
メリユ様にお救いいただけなければ、突然の洪水で全てを押し流され、飢饉になっていたのかもしれませんが……そう、歴史の(家庭教師の)ムーグウェン先生に教わった、過去の飢饉の被害者と同じ目に(一番飢饉からほど遠かったはずの)オドウェイン帝国の皇帝陛下がお遭いになるだなんて、皮肉なことだと思います。
「お父様は……?」
「今は、宰相閣下のもとに向かわれ、触れられようとしていらっしゃいますが、触れられず、混乱されていらっしゃるようでございますわ」
メリユ様のお言葉に、宰相閣下が慌てて辺りを見回され、
「陛下、陛下、どちらで、ございましょう!?」
そう叫ばれていらっしゃいますが、皇帝陛下がお傍にいらっしゃるのも分かっておられないご様子。
わたしは……かろうじて皇帝陛下のご尊顔の向きくらいは分かりますから、お二人のすれ違いに胸が痛みました。
もちろん、ハラウェイン伯爵領、それどころか、ミスラク王国全てを蹂躙しようとされたお方だとは分かっているんですよ?
お母様のことを思えば、憎むべき相手なのだと思います。
ですが、聖女として、この光景を見れば、こんな最期は……悲しいものだと思いました。
メリユ様があれほどお救いされようと……されていらっしゃいましたのに。
神の望まれた『ご神罰』を回避できなければ、こうなってしまうんですね……。
『鳥船』だけですら、帝国を威圧するのに十分かと思っていたんですが、皇帝陛下が現実をご覧になられようとされなかったことで、このような結末を迎えることになったのは、とても悲しいことに思えました。
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