118話 夢の中で(4)
「あの~、所でさ。何で僕を呼んだの?」
「あっ、そうそう。それで本題なんだけど、この2日間の授業でメモしたのをコピーさせてくれない?」
まるで、ご飯を欲しがる時間帯に、足元に擦り寄って来る猫みたいな感じで、麻衣は両手を合わし、上目づかいで僕の顔を覗いてきた。
「うん、良いよ。でもどうしたの?」
僕は、麻衣のその理由を聞いた途端、笑い出してしまった。
「ハハハハッ、えっ~、嘘だろ。授業の初日が今日と勘違いしてたなんて」
「もう、そこまで笑う事無いでしょ」と、麻衣は少し面目ない顔をして言った。
「ごめんよ。もっとしっかりしている感じを想像していたから、何か話しを聞いて意外とおっちょこちょいなんだなって思ってさ」
「そう、私この完璧じゃない性格の所が好きなの」と、曇り空から太陽が姿を現したみたいに、ニコッと笑いながら答えた。
「え~と、じゃあ、今までの全部、明日持ってくるよ」
「やった~。サンキュー。やっぱり私の目に狂いはなかったわ」
「どう言うこと?」
「実は私、高校までアメリカに居たの」
「へぇ〜、そうなんだ」
「でも父親の都合で日本に戻って来たのはいいんだけど、こっちには友達もいないし、授業の初日から来る日も間違えるし、あ~もう最悪って思ってたのよね。ましてやさっきの講義を受けている人達を見てたら、友達同士でぺちゃくちゃ話し合ってるか、雑誌を見てるかでしょ。真面目に講義を聞いている人の方が少なかったじゃない」
「うん、まぁ、確かにね」
僕は、その時の事を思い出して頷いた。
「しかし、その中でもあなたは、真面目に講義を聞いていてメモも取っていたし、この人なら間違いないなって思ったのよ」
「そんな風に言ってくれると嬉しいんだけど、僕もさっき講義で騒がしかった連中とたいして違わないと思うよ」
「どう言うこと?」と、彼女は首を傾げた。
「こうして無事、外国語学部に入ったのは良いんだけど、はっきり言って英語が得意じゃないんだ」
苦笑いしながら、僕は彼女にそう告げた。
「じゃあ何で外国語学部になんか入ったのよ?」と、彼女は不思議そうな顔をして僕の次の言葉を待っていた。
「たまたま偶然合格したんだよ。確かに喋れたら良いなって思ってはいるけど、英会話の授業何てとてもとても。内心卒業出来るのかなって思ってるぐらいなんだから。だからさっきの連中とたいして変わらないよ、僕も」
その話しを聞いた彼女は、自信有りげな笑みを見せた。
「なぁ~んだ。そんなことなら私に任せてよ。私といたら直ぐに英会話とも友達になれるわ。保証する」
彼女は微笑みながら僕にウィンクをしてきた。
「それじゃあ、ギブアンドテイクだね」
「オッケー。交渉成立ね。私達、きっと良い関係になれるわ、きっと」
「そう?」と、尋ねる様な感じで聞き返した。
その時、たまたま僕達の側を通り過ぎようとしたきゃしゃな体格の男子学生に、麻衣は、又も声を掛けた。
「あの~、君、君」
彼も僕と一緒の様な仕草で、声のする方を振り向いた。
「えっと~、僕ですか?」と、きょとんとした表情を浮かべながら立ち止まった。
「そうそう、ちょっと頼みたいんだけど」
麻衣はそう言って、半ば強引に引き止めたその男の子に、愛嬌を振り撒きながら近付くと、カバンの中から一眼レフのカメラを取り出し、その男の子に手渡した。
「ごめんね~、何枚か撮ってくれない」
麻衣のポジティブな性格と、あの満面な笑みを見せられたら最後、世の中の男は、「ノー」とは言わないだろうなぁ。僕からすると何とも羨ましい性格だ。
「それじゃあ、撮りますよ」と、麻衣の性格が乗り移ったのか、その男の子も気分良く応じてくれた。
麻衣は僕の所に戻って来るなり左側に立ち、ごくごく自然な感じで僕の左腕に自分の右腕をからませ、それと同時に左手でピースサインのポーズをとった。
そんな大胆不敵な彼女の振る舞いに対して僕はと言うと、平静を装ったつもりでいたけれど、いざ蓋を開けてみたら、カメラは嘘を吐くはずもなく、僕はほぼ直立不動の姿勢で立っていた。後で、撮影した画像を見ると。
麻衣は、何枚か写真を撮ってもらった男の子に、気持ち良く、「ありがとう」とお礼を言ってからカメラを受け取った。
「それってもしかして、デジカメじゃなくてフィルムの一眼レフ?」
「そう、レトロでしょ」
彼女は、そんなカメラを丁寧にケースに仕舞い込みながら言った。
今ではデジカメの時代だけど、僕が中学生の頃に欲しかったフィルムの一眼レフだけに少し驚きを隠せなかった。何しろその当時数10万円ものする代物で、流石に手が届く訳もなく、結局お年玉等をかき集めて3万円ぐらいで購入したコンパクトカメラで自分に納得させた記憶を今でも覚えている。
「スマホでも写真が撮れるだろ」
「うん、撮れるわよ」
「じゃあ、何で今時フィルムなわけ?」
「中々良い質問だね、ワトソンくん」
誰がワトソンだ!!
「確かにデジカメだとね、気に食わない画像だったら直ぐに撮り直しが出来て便利だと思うわよ。でもね、ほら、こんな経験した事無い?」
「どんな?」
「カメラ屋さんの店先で、受け取った現像した写真を袋から取り出して見る瞬間ってさぁ、何かドキドキしない。綺麗に写ってるかなって。それが楽しみなんじゃない」
確かに。その気持ちは理解出来る。ただ僕の撮った写真は、大概ぶれて写っている事が多いので、綺麗にと言うよりかは、ちゃんと写せているかなって思いながら袋から取り出してたけど・・・。
「て言うか、何で写真撮ったの」と、撮られてから言うのもなんなんだけど彼女に素朴な疑問を問い掛けてみる。
すると彼女は右手の人差指を顎に当て、「そうね~」とひと言言った後、何やら考える仕草をしてみせた。
「あっ、こんなのはどう?私が日本に来て最初の友達って言う理由で」
「ふ~ん」と、僕は納得した様な、しない様な曖昧な返事を返した。
「そう!!悠は私にとって第1号よ。光栄でしょ」
麻衣は、屈託のない笑顔でそう言った。




