115話 夢の中で(1)
「ねぇねぇ、悠、悠、悠ったら」
誰かに体を揺すられるのを微かに感じながら、僕は瞼をゆっくりと開けていく。
「やっとお目覚めね。もう講義終わってるんですけど~」
机の上でうつぶせの状態で、声のする方へ顔を向けると、あきれた顔で隣に座っている麻衣の姿が目に入った。
「うん?」
僕は、よだれが出ていないか口元を気にしながら上体を起こし、これでもかって言うぐらい両腕を伸ばして背伸びした。
「ふぁ~、良く寝たぁ~」
「もう~、いやらしい夢でも見てたんでしょ」
「う~ん、何だろう?確か誰かを交通事故から守るために、身を投げ出して、助けに行ったような気がするんだけどなぁ?」
「何言ってるのよ!私が悠を助けたんでしょ」
寝起きの為に、頭の思考能力がフル稼働していないにも関わらず、僕は麻衣に尋ねた。
「うん、何で?」
「もう~、何でじゃないでしょ。この講義の出席率、少ないんじゃなかったの?」
「えっ、あ、うん、そうだったかなぁ」
「だから悠が寝ている間に出席カードを出して、講義の内容もしっかりとノートに書き取って、あ~、何て私って良い人なんだろう」
麻衣は遠くを見つめて、1人頷いている。
「あ~、ごめん、ごめん。そっか、そうだったな。ありがとな、麻衣。助かったよ」
「じゃあ、このお代は、Aランチっと言う事でどう?」
彼女は、勝ち誇った笑みを浮かべて、僕にそう言った。これを詰将棋で例えるなら、「王手」と言われたも同然であり、この時の僕は、彼女に手も足も出せる状態じゃなかった。
普段学食で昼ご飯を食べる時には、480円する何とか丼なんかがメインなんだけど、Aランチと言うのは、学食の中で1500円もする1番値段が高いランチであり、若干の親の仕送りとバイトで何とか遣り繰りをして1人暮らしをしている僕にとっては、中々口にしようとは思わない王様級のランチと言っても過言ではない代物だ。まさかそんなランチを要求するとは・・・。
しかし、彼女の要求を拒む事が出来ない僕にとっては、言う事はただ1つ。
「ちぇっ、ちゃっかりしてるな、麻衣は」
「じゃあ、商談成立ね」
勝利を手にした彼女は頬笑みを浮かべて、自分の右手を僕の前に差し出した。そして、僕もそれに応じて右手を出し、シェイクハンドを交わした。
「それにしても、リアリティのある夢だったよな。えっと~、確か、は、はる・・・」
「春?多分、悠の頭の中は、桜が咲いて満開なのね」
麻衣は、呆れた顔で先に教室を出ようと歩き出していた。
「ちょっと待ってよ、麻衣」
机の上に出していた本やノートを慌ててカバンの中に仕舞い込み、彼女の後を追い掛けて行った。




