110話 病院にて(2)
遥は、ベッドの側で意識のない片瀬の右手を両手でしっかりと握りしめ、じっと見守っていた。
片瀬さん、どうして追っかけて来てくれたんですか?もう知ってるんでしょ。私のお父さんが、麻衣さんを死に追いやったこと。なのになぜ・・・。
その時、コンコンとノックをする音が聞こえてきた。後ろを振り返って見ると、長谷川と相原が病室に入って来た。
「あの~、どうでした?」と、遥は、恐る恐る2人に片瀬の容態を聞いてみた。
不安な表情を隠せないでいる遥の為に、いつものおどけた感じで長谷川が彼女の問い掛けに口を開いた。
「あ~、大丈夫、大丈夫。ただちょっと頭を強く打ちよっただけらしいで。ほんま、どんくさいなぁ、片瀬は」
「そんな、片瀬さんは別に・・・」
「で、遥ちゃんの方は大丈夫やったんかいな?」
「はい、私は大丈夫です。片瀬さんが守ってくれましたから」
「そっか~、それは何よりやわ。て言うか、電話があった時の方がほんまビックリしたで。行き成り、助けて下さいって訴えてきた遥ちゃんの方が」
遥はうつむきながら、黙って話しを聞いていた。
頃合いを見計らって、遥が話し掛けようとした時、長谷川は右手を出して遮った。
「片瀬の事は心配せんでえぇ。さっきもレントゲンで検査をしたらしいんやけど、別にこれと言って異常がないらしいわ」
「じゃあ、何で意識が戻らないんですか?」
うつむいていた顔を上げて、長谷川に訴えた。
どういう風に説明すれば良いのか分からず、長谷川は言葉を探す為、ほんの少し間、遥から目をそらした。
黙っててもしゃあないわなぁ。と観念した長谷川は、遥の目を真っ直ぐ見て、医者から聞いた話しを正直に答えた。
「医者もよう分からへんねんて」
「えっ、どう言う事ですか?」
怪訝な表情を浮かべながら遥は答えた。
「こればっかりはな、本人が生きたいという気持ち1つなんやって。だから明日かもしれへんし、若しくは1週間後かもしれへん。って医者が言うとったで」
もしかしたらこの事故で、麻衣さんの時と重ねてしまったとしたら・・・直ぐ身近にいた私のお父さんが加害者と分かったとしたら・・・私が、もし私が片瀬さんの立場だったとしたら、この世に戻って来たいと思うかな?
長谷川から目をそらした遥は、何事もなかったかの様に寝ている片瀬の顔を見つめた。
「でもまぁ、取りあえずは明日や。意外とあれちゃうか。明日になったら『めっちゃめちゃ、お腹すいたわ』と言って、起きよるんとちゃうか、若しかしたら」
何とか元気付かせようとする長谷川の気持ちが伝わってきたのか、そんな気分では無いけれど、遥も長谷川の気持ちに応えるべく、今思いつく言葉で言い返した。
「長谷川さんと違って片瀬さんは、そんなこてこての関西弁で言いませんよ」
「そやな」と、いつもと違って、物静かに長谷川は答えた。
「そうですよ」
「でもまぁ、もし起きへんかったら、俺に任せといてんか~。片瀬の顔を往復ビンタして目を覚まさせたるさかい」
「そうですね。いつまで経っても目が覚めないんでしたらお願いします、長谷川さん」
大分ましになってきよったがな。これでちょっとは安心や。
遥の表情と声のトーンを聞いて、長谷川はそう判断した。
「なぁ遥ちゃん。側にいたい気持ちもよ~う分かるんやけどな、ここは看護士さんに任せて、一旦家に帰ろ」
「はい。でも後少しだけ、側にいていいですか?」
「あぁええで。そんじゃあ俺達は、先に車の中で待ってるわ」
「すみません、無理言って」
遥の真剣な眼差しを見ると長谷川はそれ以上何も言わず、相原と共に病室を後にした。
薄暗い廊下を2人のパタパタと歩く靴音だけが響いていた。そんな2人がエレベーターの前で立ち止まった瞬間、廊下には、シーンと静まり返った時間が舞い戻ってきた。
相原も沈黙を守ったまま、1階へ降りるボタンを押す。暫くすると、ちょうど良いタイミングでエレベーターが到着した。
長谷川は、エレベーターの中には誰も乗っていないと思い込み、先に乗り込もうと1歩足を踏み出した時、中から看護士さんが先に姿を現した。
「あっ、どうもすみません」と、看護士さんはひと言言って軽く会釈しながら2人の前を通り過ぎて行くと、その後2人は、足早にエレベーターに乗り込んだ。
「どないしたんや、相原。さっきからずっと黙って」
「別に・・・」と、相原はぼそりと呟いた。
「えっ、何やて?」
長谷川の問い掛けに、今度は大きな声を張り上げた。
「べっつに~~~~~~~」




