100話 バッティングセンターにて(1)
河川敷の堤防沿いを後にした長谷川は、遥を車に乗せて15分ぐらい走った所で、とある駐車場に辿り着いた。そこには、バットとグローブを形取った看板が大きく掲げられている。
「よっしゃ~、着いたで」
えっ、ここ?と、人差指でその場所を指し示した。
「そう、ここや」
遥は、その建物全体を見渡して見ると、所々ネオンの文字が読めない看板に目が止まった。
バッ・・・グセ・ター?
長谷川は、そんな事は気にも留めないで、彼女を連れて中へ入って行く。左手の所に受付と書いたカウンターに丸眼鏡をかけた70代くらいの1人の年配の男性がスポーツ新聞を広げて座っている。その年配の男性は、チラッと上目使いで入って来た客の様子を窺うと、長谷川の姿を見るなり無表情だった顔がパッと明るくなって、突然大きな声で話し掛けてきた。
「よお~、久し振りじゃの~」
「何寝ぼけた事言ってんねん、じっちゃん。先週来たやろ、先週」
「おう、そうじゃった、そうじゃった~。ガハハハハハ」
話す相手が出来て嬉しかったのか、豪快に笑いだした。
「しっかし、あれやなぁ。いつ来ても客がまばらやなぁ」
「仕方ないじゃろ。昔と違ってサッカー選手になりたいちゅ~子供が増えたからなぁ。これも時代の流れじゃて」
「て言うかな、施設をもっと今風に改装してやな、実際の選手が投げている映像のピッチングマシーンに変えたら、もっと客足も増えるんとちゃうか~」
「そうじゃなぁ。剛が1年間、毎日ここへ通ってくれたら考えてもいいがの。ガハハハハハ」
「出来るかいな、そんなの」
「所で剛。お前さんの後ろに立っているめんこい子は、これか?」
そう言って、そのお祖父さんは、右手の小指を立てる仕草をした。
「さすがやなぁ、じいちゃん。わかるか~」と、長谷川は、にやけた顔で答えた。
「嘘つけ。今まで女の子と一緒に、ここへ連れて来た事なんて1度もなかったじゃろうが」
「分かってるんやったら最初から聞くなよ、じっちゃん」と、少しぶっきら棒に長谷川は答えた。
遥はスマホに文字を入力して、それをお祖父さんに見せた。
『済みません。私声が出せないので、この画面を読んでもらってもいいですか?』
お祖父さんは、掛けていた眼鏡を上にあげ、スマホの画面の文字をジィ~と読んだ後、彼女に向かって微笑みながら親指を立てた。
『あの~、もしかして、長谷川さんのおじいさんですか?』
そっぽを向いている長谷川をよそに、その年配の男性は、遥の問いににこやかな笑みを浮かばせて答えた。
「そうです。この子の祖父です」と、お祖父さんは遥に礼儀正しく挨拶をした。
そう言えば、声の大きさと強引さとが、どことなく似ているかも。と、遥は心の中で呟いた。
「で、今日もまた90キロかいな」
長谷川に対して呆れた感じで、お祖父さんは答えた。
「何言ってんねん、じっちゃん。そんなの150キロに決まってるやん」
長谷川は自信有りげに答えたけれど、端から見ていると、強がっている様にしか聞こえなかった。しかし、あそこまで言ってしまった以上引き下がる事も出来ず、そのまま受付の直ぐ手前にある150キロを投げるピッチングマシンの場所に入って行った。
長谷川はバッターボックスに立つと、「よっしゃ~、やったるでぇ!!」と、大きな声を出して気合いを入れてから打つ構えをした。
それを見ておじいさんは、声を潜めて遥に話し掛けた。
「剛なぁ、今日はお前さんに良い所を見せようとしてやな、あんな速い球を投げる所に入って行きよったけど、まぁ見ててみ、バットに当たらんから」
2人して外から様子を見守っていると、お祖父さんの予測通り150キロのボールは、ホームベースの後ろにある衝撃吸収マットに、「バンッ!!」という鈍い音と共に、「うりゃ」とか「そりゃ」と言う長谷川の雄叫びだけが聞こえてくるだけで、ボールを打つ快音は一向に聞こえてはこなかった。
結局球数も無くなり、そのまま150キロを投げる場所から長谷川がのそっと出て来ると、「どうじゃ、速いじゃろ」と、口には出さないまでもお祖父さんのほくそ笑んだ顔がそう物語っていた。
「相変わらず快音が聞こえんのう」
長谷川は、お祖父さんに背を向けて別の速度を投げる場所へと歩きながら言い返した。
「150キロの速球に目が慣れたしな、90キロなんて止まって見えらぁ」
そう言って長谷川は、次に受付から1番遠く離れた場所にある90キロのピッチングマシンの場所に入って行く。
お祖父さんは、遥に向って笑みを浮ばせながら話し掛けた。
「いつもの所へ入って行きよったわ」
すると今度はさっきまでと違って、「うりゃ」の雄叫びの後に、「パコーン」とボールが金属バットに当たる快音が響き渡ってきた。
あっ、良い音してる。
遥とお祖父さんは、快音が鳴り止むまで90キロのピッチングマシンの方をジッと眺めていた。




