小さき子猫
「母親が犯人なんてあるわけ……」
神崎は西園の突然の告白に少しばかり呆然としてしまった。
西園がその様子を察してか少しばかりフォローを入れてきた。
「母親って言ってもあなたの母親なのはこの世界での話。私の世界では私の調べた限りでは何の関係もないただの赤の他人だから。顔つきは同じだけど」
「顔付き同じなら俺にとっては変わらないよ」
神崎はここに来て異世界の黒幕が自分の母親と同じ人間だと知って少しばかり木が落ちてしまっていた。それも仕方のないことである。何しろ根本的には別人とはいえ、神崎にとっては名前も容姿も同じなら母親同然なのである。
「ぞれはそうかもしれないけどさ……でも神崎薫をどうにかしないといけないのは事実だし、そのためにはあなたの力が絶対に必要になってくるの」
「はあ……まあいいですよ。そこまで言うなら異世界だか平行世界だかに行ってやろうじゃないの、人間頑張ればどうとでもなる」
半ば諦めの境地で気持ちを切り替える。ここでグダグダ言っても仕方ないように思う。
「おお、いい返事だ。じゃあ、さっそくだけど私の世界まで行こうか。あっちについてからもいろいろ説明しないといけないしね。ちょっとこっちにきて」
そう言って神崎は西園に手招きされた。不審げに近寄ると不意に右手を握手するように握られた。
「うわっ!」
神崎は急な出来事に驚き、少し体を仰け反ってしまった。それを見た西園はクスリと少しだけ笑った。それは、神崎の反応が面白くて、楽しいかのような笑い方だった。
「君、面白いね。あんまり女の子と手を繋いだ経験とかない?」
「いやないわけじゃないけど……」
西園は一瞬だけニヤリとしてまた真面目な顔に戻った。
「あ、そうなんだ……。でも冗談よ。本当はあなたも一緒に転移するには私の体に接触しないとだめだからね。少しだけ我慢しててね?」
「はい、わかりました」
観念したように神崎は西崎の手を握りなおした。すると、西崎はすぐさまに何やらよくわからない言葉を喋り始めた。おそらく転移のための呪文のようなものだろう。
「……――――転移魔法起動!」
西園がそう唱えると、西園と神崎の周りを青白い光の柱に包んだ。そして、二人の体が少しずつ気泡となり分解されていった。西園は神崎を見やると、一言付け加えた。
「少しの間目を瞑ってて、慣れてないと目が潰れるかもしれないから」
「えっ? えっ? あ、はい!」
急に恐ろしい忠告を受けて少し慌てて混乱してしまった。だが転移前にちゃんと目を打ぶれていたようで何も起こらなかった。そして、数分の後に西園から目を開けていいように言われた。
神崎はそっと目を開けると恐る恐る異世界をそっと確かめるようにゆっくりと目を開けた。なんだかんだといっても、やはり神崎はこういう普通ではないことに憧れてはいた。ワクワクとドキドキが入り混じり、好奇心が最大限まで高まった状態で心臓を抑えるのに必死であった。
だが、その期待も一瞬の後に崩れ去る。
「え? ここ、俺のいた町? しかもさっきまでいた空き地と何ら変わらん……」
少しばかりまた別の意味で呆然としてしまった神崎にさっそく西園はフォローを入れた。
「だから言ったでしょ? 世界の見た目は一緒なの。でも一緒なのは見た目だけ。この世界では『魔導の力』というのがものすごい発展しているの、魔導の力っていうのは君の世界で言うところの『魔法』に近いかな?」
続けて喋り続ける。
「この世界では生まれつき、赤ちゃんのうちから魔導の力が体に備えられる。そして、いろいろなことに利用されている。人により個人差はあるが時々特異な才能の魔導の力を宿す者もいる。私もそのタイプ、平行世界移動系の魔導の力はかなりレアだから。過去数千年にも使い手は数人しかいなかったそうね」
どうやらこの世界は魔法の行き交うファンタジックな世界のようだ。
「この世界のことについてはよくわかりました。つまりこの世界では誰もが魔導の力と呼ばれる魔法を使えるということですね?」
「そのとおり」
西園は神崎の確認に相槌を打つ。だがここで一つ疑問が生まれた。当然の疑問ではあるのだが。
「こんな魔法の世界で俺に何が出来るんですか? 俺には当然、魔導の力なんてものはないですよ?」
「さて、やっと本題に入れるようね。だけど、ここでずっと立ち話をしていては疲れるし移動しようか」
西崎はどうやら最初からこの神崎の疑問を承知済みだったようだ。これからが西崎の本題のようだ。だが、いったいどうするのだろうか? 西崎には一切予想ができなかった。正確にはあまり想像もできなかっただけで予想はある程度できたが。
「ここから三十分ほど離れたところに私の拠点がある。自宅とはまた別なのだけど、とりあえずそこに行こう。本題はそこについてから話すよ」
そう言って、西崎はまた歩き出していた。後ろを神崎が付いていく。
今回も無言のまま、三十分歩き続けることとなった。歩いている途中、西崎の背中を見ながら付いて行ったのだが、少し考えていたことがある。
西崎のことだ。西崎明里と名乗った獣人の彼女、最初こそかなり不審な眼で見ており気付かなかったが、背中からのスタイルはかなりいいようだ。すらっと腰が細く伸びていて、尻尾も何か衝動をそそられる様な甘い動きをしている。
西崎のあれやこれやを思いながら歩いているといつの間にか目的地にまで付いていたようだ。
「お待たせ。また長いこと歩かせてすまないね。ここが私たちの拠点だ。さあ、中に入りましょう」
目の前には家々の立ち並ぶ住宅街のとある家と家の間に存在する人一人通れるくらいの小さい入口があった。西崎はその中に入っていき、神埼を手招きした。
中はさらに地下へと続く階段が続いており、深く深く入って行ったところにさらに扉が付いていた。よく見ると、そこの扉には鍵が付いているようだ。神埼からわずかに西崎がドアを鍵で解錠している姿が見えた。ドアが開かれ、西崎に続いて中に入るとそこには、気迫で押し返されそうになるほどの熱気がなかの人達が放たれていた。本当に人かどうかはこの距離だと分からないため判断に困るのだが。
完全に身をその空間内に入れるとドア脇に移動していた。西園がドアをパタリと閉め、神埼を歓迎するように拍手をした。
「ようこそ、ギルド『小さき子猫』へ。ここにいる皆は君を歓迎するわ!」
それと同時に部屋中から歓声と拍手が湧き、男や女の声々が響き渡る。
それに答えるように神埼は大きな声で返す。
「皆さん! よろしくお願いします!」
また歓声が沸く。神埼は悪い気分はなく、だいぶ気分も高揚してきていた。いつまでも、やんややんやと声が飛び交う。ずいぶんと騒がしいギルドのようだ。
しかし、そんな気分のいいこの空間の人達とは別に西園に対する先ほどの疑問の答えがまだであった。
神埼はちらりと西園の方に目をやる。それに気づいたのか、西園は一度コホンと息を整え、神埼と向き合い、視線を合わせた。それと同時に、先ほどまで騒がしくしていた人達もピタリと止んだ。
「神崎君、君にはこれから魔導の力を習得してほしい」
「俺が魔導の力を?」
「ええ。そのために少し大変な作業をこなすことになるけど頑張ってほしい」
どうやら、予想は当たっていたようだ。
To be continued.




