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異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


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第75話 四十の視線と、階段を降りてくる男

貴族議会の議場は、半円形の劇場のような造りだった。


 中央の演壇を囲むように、階段状の議席が扇形に並んでいる。上段ほど身分が高く、最上段には公爵家の紋章が刻まれた専用席がある。天井には巨大な魔灯が吊り下げられ、冷たい白光が議場全体を照らしていた。


 出席者は約四十名。貴族、軍部の高官、教団の代表、学術機関の長。王都の権力の縮図がこの半円に収まっている。


 傍聴席は演壇の後方にある。そこにヒロインたちが座っている。リゼ、フラン、ルナ、セラフィーナ、アリス。そしてディアブラは黒いフードを深くかぶり、傍聴席の隅で記録係として座っていた。フランの三重の魔力遮断とセラフィーナの聖属性コーティングが、今朝もう一度上書きされている。


 演壇には、俺が一人で立っていた。


 ギルドの受付が、国の議会で話をする。冷静に考えれば異常な状況だ。だが、冷静に考えている余裕はなかった。


 リヒャルト王が上座から、穏やかな声で開会を宣言した。


「本日の議題、第三号。冒険者ギルドより提出された『人魔和平プロジェクト』について。提案者、ギルド受付ナギ殿。説明をお願いいたします」


 議場がざわついた。「ギルドの受付?」「何者だ」「魔族と内通しているという噂の」


 噂は、既にここまで浸透していた。


 俺は一つ、深く息を吸った。


 ◇


 プレゼンの準備は、フランと徹夜で仕上げた。


 だが、当初の予定とは大幅に変更せざるを得なかった。


 本来なら魔脈データという具体的な交渉カードを切るはずだった。しかし、データの精査はまだ終わっていない。検証なしに公表すればパニックを誘発するか、「魔族の脅し」として信用を失う。フェンリルの忠告は正しい。


 つまり、今日のプレゼンには数字がない。


 あるのは、俺が魔王城で実際に見て、聞いて、感じたことだけだ。


「本日は、人魔和平プロジェクトについてご説明いたします」


 俺は議場を見渡した。四十の視線が突き刺さる。敵意、懐疑、無関心、微かな好奇心。様々な色が混在している。


「まず申し上げます。俺は政治家ではありません。外交官でもない。冒険者ギルドの受付であり、こころの相談窓口の相談員です。政治の専門用語も、外交の作法も詳しくない」


 議場が静まった。自分の弱みを最初に開示する。カウンセリングの技法の一つだ。防衛を下げることで、相手の防衛も下がる。


「ですが、俺には一つだけ、この議場の誰よりも確かなことがあります」


 声を落とさず、しかし張り上げもせず。目の前にいる人間に語りかけるように。


「俺は、魔王と直接会いました。話をしました。彼女の声を聞き、彼女の言葉を受け取りました」


 議場がざわめいた。「魔王と会った?」「やはり内通か」「聞かせてもらおう」


「魔王は、対話を望んでいます」


 ざわめきが大きくなった。


「信じられないのは当然です。数百年、魔族は人間にとって脅威であり続けた。村が焼かれ、人が殺され、恐怖が刻まれた。その記憶は事実です。消えない。消すべきでもない」


 議場が再び静まった。


「ですが、もう一つの事実もあります。魔王軍は、内部から崩壊しかけていた。組織は疲弊し、兵は疲れ果て、魔王自身もまた――孤独の中で壊れかけていた。これは俺がこの目で見た事実です」


 俺は一人一人の顔を見ながら話した。


「魔王は力で世界を変えようとし、失敗しました。恐怖では人を繋げないと気づいた。だから今、対話を選ぼうとしている。その変化が本物かどうか、疑うのは正しいことです。ですが、確かめもせずに否定するのは、事実に基づいた判断ではない」


 事実が全てです。


 いつもの俺の言葉を、議場に向けて放った。


「俺が提案するのは、即座の和平ではありません。まず対話の窓口を開くこと。魔族側と情報を交換し、双方の課題を把握し、合理的な判断材料を揃えること。結論を急ぐ必要はない。ただ、話をする機会を作ること。それが第一歩です」


 プレゼンを終えた。


 議場は真っ二つに割れた。


 中立派の貴族が数人、頷いている。学術機関の代表が興味深そうにメモを取っている。リヒャルトが上座から穏やかに微笑んでいる。


 だが、最上段の席から、一つの視線が突き刺さっていた。


 ◇


 ヴァルター公爵は、五十代の大柄な男だった。


 軍人出身であることは一目でわかる。鍛え上げられた体躯に、左頬に走る古い刀傷。灰色の目は氷のように冷たく、俺のプレゼンの間、一度も瞬きをしなかったように見えた。


 議長が質疑応答を宣言した瞬間、ヴァルターが立ち上がった。


「質問ではない」


 低い声が議場に響いた。張り上げてはいない。だが、壁に反響するような重さがあった。


「一つだけ確認する。ギルドの受付よ」


「はい」


「お前は魔王と話をしたと言ったな。魔王は対話を望んでいると」


「はい」


「魔族が対話を望んでいると」


「現在の指導者の方針として、はい」


 ヴァルターが最上段の席を離れ、階段に一歩踏み出した。


 その瞬間、議場のざわめきが潮を引くように消えた。


 軍靴が石段を打つ音だけが残った。


 一段。


 二段。


 三段。


 等間隔の足音が、議場の天井に反響する。まるで鉄の杭を一本ずつ打ち込んでいくような、逃げ場を塞ぐリズムだった。他の貴族たちは身じろぎもしない。この男が動くと、議場の空気そのものが変わる。


 ヴァルターが演壇の前に立った。俺との距離は二メートル。灰色の目が、至近距離から射貫いてくる。


「俺の領地は、東部辺境だ」


 静かな声だった。


「十二年前、魔族の大規模侵攻があった。覚えているか」


「……記録として把握しています」


「記録としてか。俺は記録ではなく、記憶として持っている」


 足音がもう一歩分だけ近づいた。


「あの侵攻で、俺の領民が三百人死んだ。村が二つ焼けた」


 声は平坦だった。感情を押し殺すことに慣れた者の声。


「そして」


 一拍の沈黙。議場の呼吸が止まった。


「俺の妻と、七つの娘が死んだ」


 議場の空気が凍りついた。


 ヴァルターの灰色の目に、何かが揺れた。怒りだと思った。だが違った。


 もっと深い場所にあるものだった。


「魔族に家族を殺された俺に」


 ヴァルターの右手が、俺の胸倉を掴んだ。


「手を取り合えだと?」


 衝撃。


 拳が頬に入った。


 足が浮き、体が後ろに倒れた。背中が議場の石畳に叩きつけられ、視界が白く弾けた。


 議場が悲鳴と怒号で揺れた。


 ◇


 傍聴席が、爆発した。


 リゼが椅子を蹴り、腰の剣に手をかけた。目が完全に据わっている。Aランク冒険者の殺気が傍聴席から議場全体を圧した。


「――お前、ナギに何をする……!」


 フランが左手を振った。空中に魔法陣が展開され、蒼い光が回転する。攻撃魔法ではない。だが、いつでも撃てる態勢。


「議場での暴力は法的に――いえ、理屈はどうでもいいわ。もう一度触れたら凍らせる」


 ルナが音もなく立ち上がっていた。いつの間にか短剣が手の中にある。影のように議場の柱の位置を確認している。脱出経路の再計算。


 セラフィーナが聖印を握りしめ、アリスが聖剣の柄に手をかけた。


 だが。


 最も危険だったのは、傍聴席の隅にいた黒いフードの女だった。


 ディアブラの全身から、殺気が漏れかけた。


 魔王の殺気。


 数百年を生きた者の、純粋な殺意の圧。それが一瞬だけ、フランの三重の魔力遮断を突き抜けて、議場に流れた。


 空気が変質した。


 議席の貴族たちが理由もわからず息を呑んだ。衛兵が槍を構えた。壁の魔灯がちらちらと揺れた。


 何が起きたかを理解できた者は、議場にいなかった。だが、全員が本能で感じ取っていた。何か、この場にいてはならないものが、一瞬だけ顔を覗かせた。


 セラフィーナが動いた。


 聖印を握る手に力を込め、浄化の聖光を極限まで圧縮し、ディアブラに向けて放った。傍聴席の隅で、金色の光が一瞬だけ瞬いた。聖属性のコーティングが上書きされ、魔王の殺気がかき消される。


 一秒にも満たない出来事だった。


 議場の空気が元に戻る。貴族たちが何事かとざわめくが、原因はわからない。衛兵が困惑して槍を下ろす。


 セラフィーナがディアブラの腕を掴んでいた。傍聴席の下で、誰にも見えない位置で。


「…………ディア様。お気持ちはわかりますわ。ですが、今は」


「……わかっている」


 ディアブラの声が、震えていた。


 それは怒りではなく。自分自身への恐怖だった。

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