表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/122

第69話 淑女協定v2.0と、王都からの急報

風呂上がり。


 宴会場として借りた大広間に、全員が集まっていた。

 浴衣姿のヒロインたちが円形に座り、テーブルには宿場町の名物料理と、果実酒の瓶が並んでいる。


 俺は一人、上座に座らされていた。正確には、全員が「ナギの隣」を主張した結果、俺を中心に放射状に座る形で決着したのだが、上座というより包囲網である。


 ディアブラは黒い浴衣(宿の特注品を急遽用意させた)を纏い、フードの代わりに手拭いを頭に乗せて角を隠している。


 威厳は皆無だった。


「さて」フランが羽ペンと羊皮紙を取り出した。風呂上がりの宴会に筆記用具を持ち込む女は、世界広しといえどもフランくらいだろう。


「行動範囲が広がる以上、既存の淑女協定では対応しきれない事態が増えるわ。改訂を提案します」


「えっ、今やるの?」リゼが果実酒の杯を傾けながら言った。


「今やるの。問題が発生してからでは遅い。予防的ガバナンスよ」


 フランがテーブルに羊皮紙を広げた。表題には既に『淑女協定 v2.0(改訂案)』と書かれている。用意がいいにも程がある。


「まず、第一条の改訂。宿泊時の部屋割りは抽選制とする。ナギとの同室は不可。これは全会一致で異論がないと思うけれど」


「異論あり」×6。


 六人が同時に手を挙げた。ディアブラまで手を挙げていた。お前は助手設定だろう。


「却下。ナギの睡眠権は基本的人権です」


 俺が断言すると、六人が不満そうに手を下ろした。民主主義は多数決だが、人権は多数決で奪えない。前世の憲法学が異世界で役に立つとは思わなかった。


「第二条。入浴中のナギへの接近禁止。壁越しの声かけも含む」


「さっき全員やってましたよね」


「反省を踏まえての条文化よ」


 フランの目が据わっている。反省しているのはこの中で俺だけではないか。


「第三条。新メンバーの加入には、既存メンバー全員の承認を必要とする」


 これは重要だ。ディアブラが加わった今、これ以上パーティーが増えると物理的に俺の周囲のスペースが足りなくなる。一メートルルールどころか、三十センチルールになりかねない。


「第四条。変装中の『ディア』の正体に言及することを禁ずる。これは安全保障上の最優先事項よ」


「全員が共犯ってことね」リゼが杯を置いた。「ま、今更だけど」


「最初から共犯ですわ」セラフィーナがにっこり笑った。聖女の笑顔で言う台詞ではない。


「お兄さん、ルゥもちゃんと秘密守るよ!」


「……私も。口は堅い方だ」ルナの声に切り替わった。


「先生! 勇者の名にかけて秘密を守ります!」


 アリスが胸を張った。個室露天風呂の孤独から回復したらしい。若さとは素晴らしい。


 ここまでは順調だった。


 問題は、ディアブラが口を開いた瞬間に始まった。


「――追加条項を提案する」


 全員の視線が集まる。


 ディアブラが浴衣の袖を正し、威厳ある声で言った。頭に手拭いを乗せたまま。


「私のカウンセリング面談枠は、他の者に優先して確保されるべきだ。週三回、各二時間を最低保証とする」


 沈黙が落ちた。


「……週三回?」リゼの目が据わった。


「各二時間?」フランの羽ペンが止まった。


「私たち、週一回三十分なんですけど」ルゥが指を折って数えた。


「ナギ様との面談は予約制ですわ。優先枠など認められません」セラフィーナの笑顔が聖女から般若に切り替わりかけていた。


「私はナギの担当クライアントとして最も症状が重い。優先されるのは合理的だ」


「合理的じゃないわ」フランが即座に切り返した。「リソースの独占はチーム全体のパフォーマンスを低下させる。ナギの面談時間は有限な共有資源であり、公平に配分されるべきよ」


「私は魔王だぞ」


「淑女協定の前では全員平等よ」


「……なんだその理屈は」


「民主主義です」俺が言った。


 ディアブラが信じられないものを見る目でこちらを向いた。温泉でぷかぷかしていた時と同じ目だった。未知の概念に触れた時の、あの表情。


「民主主義……」


「多数決です。賛成の方」


 俺以外の五人が即座に手を挙げた。ディアブラだけが手を挙げていない。


「反対の方」


 ディアブラが一人、手を挙げた。


「五対一で否決です」


「…………」


 ディアブラが何か言いかけ、閉じ、もう一度開き、また閉じた。


 数百年の独裁者が、人生で初めて多数決に敗北した瞬間だった。


「……覚えておけ。私は、いずれこの協定の主導権を握る」


「それも多数決で決まります」


「…………この、制度は……」


 ディアブラが湯呑みの茶を一口飲み、呟いた。


「……悪くない」


 さっきから「悪くない」が口癖になりつつある。温泉とぷかぷかと民主主義で、この魔王は今日一日でだいぶ人間に近づいた気がする。


「はい、では淑女協定v2.0、全四条、本日付で発効。全員の署名を」


 フランが羊皮紙を回した。リゼが豪快にサインし、ルゥが丸文字で書き、ルナが几帳面な字に上書きし、セラフィーナが美しい筆記体で署名し、アリスが星マーク付きで記入した。


 ディアブラの番が来た。


「……これに署名すると、私は他の五人と同列になるということか」


「そうです」


「魔王が、冒険者と同列に」


「淑女協定の前では、全員が対等な一票です」


 ディアブラは数秒間、羊皮紙を見つめていた。


 そして、静かにペンを取り、『ディア』と書いた。偽名で。だが、その筆跡は丁寧だった。


「……加盟した。だが異議申立て制度の導入を次回の改訂で要求する」


「議題として受理します」


 フランが微かに笑った。


 こうして淑女協定v2.0は、魔王の署名を含む六名の合意のもとに発効した。


 おそらく、世界初の人魔共同条約だった。

 温泉宿の宴会場で、浴衣姿で締結された条約など、後世の歴史書には絶対に載らないだろうが。


 ◇


 宴もたけなわ。


 ルゥが酔って(果実ジュースだったはずだが)踊り始め、リゼが腕相撲大会を開催し、フランが宴会の消費カロリーを計算し、セラフィーナが酔った振りをしてナギに寄りかかり、アリスが「先生、私もう眠いです……」と船を漕いでいた。


 ディアブラは少し離れた場所で、湯呑みを両手で包み、その光景を静かに見ていた。


 俺はそっと隣に座った。


「楽しんでますか」


「……騒がしい」


「そうですね」


「非効率だ」


「そうですね」


「……だが」


 ディアブラが湯呑みに視線を落とした。湯気が、赤い瞳を柔らかくぼかしている。


「こういう夜は、初めてだ」


 それだけ言って、ディアブラは黙った。


 俺も何も言わなかった。カウンセラーの仕事は、沈黙を埋めることではない。沈黙の中にある感情を、そのまま受け止めることだ。


 宴会場の喧噪が、遠い音楽のように聞こえる。


 ――その時だった。


 テーブルの端に置いていた水晶球が、赤く点滅した。


 赤は緊急通信の色だ。


 宴会の騒ぎが一瞬で止まった。全員の目が水晶球に集まる。


 俺が手を伸ばすと、水晶球からしわがれた声が響いた。


「――ナギか」


 ギルドマスター、ガルバスの声。


 普段の豪快な「ガハハハッ!」はない。低く、硬く、簡潔な声。


「ナギ。面倒なことになった」


「……何があったんですか」


「詳しくは王都で話す。だが一つだけ先に言っておく」


 水晶球越しの声が、一段低くなった。


「――貴族議会が動いた。お前たちが来る前に、な。和平の話が漏れてる。しかも歪んだ形でだ。『冒険者ギルドの受付が、魔王と内通している』……そういう話になっている」


 宴会場の空気が凍りついた。


「王都に来い。急いでだ」


 水晶球の光が消えた。


 静寂の中で、ディアブラが小さく呟いた。


「……私と関わると、こうなる」


 その声に含まれた感情を、俺は聞き逃さなかった。

 諦めと、罪悪感。何百年も繰り返してきた、孤独の味。


「ディアブラ」


 俺は立ち上がった。


「予定が早まっただけです。行き先は同じ、王都。やることも同じ、交渉。ただし想定よりハードモードになった」


 リゼが立ち上がった。「あたしは準備できてる」


 フランが羊皮紙を片付け始めた。「ロードマップの修正が必要ね。フェーズ1の前に、危機対応フェーズを挿入する」


 ルナの声が冷静に言った。「情報の出処を特定する必要がある。盗賊ギルドのネットワークを使う」


 セラフィーナが立ち上がり、聖印を握った。「ナギ様をお守りしますわ。何があっても」


 アリスが目を覚まし、聖剣の柄に手をかけた。「先生が悪者にされるなんて、絶対に許しません」


 一人ずつ立ち上がっていく。


 最後に残ったのはディアブラだった。


 湯呑みを置き、手拭いを外し、浴衣の襟を正す。


「……行くぞ。私が隣にいることで、貴様が害されるなら」


「だから離れる、とは言わせませんよ」


 ディアブラが目を見開いた。


「それを決めるのは俺です。そしてあなたは淑女協定に署名した。チームの一員です。一人で背負う時代は終わりました」


「…………」


 ディアブラが何かを言いかけ、やめ、代わりに小さく頷いた。


 俺は全員を見回した。


「出発は明朝。今夜はしっかり寝てください」


「「「「「「はい」」」」」」


 六人の声が揃った。


 ――温泉の効果は約四時間で消滅した。


 だが、悪くない四時間だった。



 ◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ