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異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


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第60話 騙されたかった王と、息ができる手紙

「……そうか。騙されたのか、私は」


 ディアブラは天井を仰ぎ、深く息を吐いた。


「いや、違うな。騙されたのではなく……騙されたかったのだ」


 その一言に、俺は確かな手応えを感じた。


「休んでいいと、言ってほしかった。誰かに。……あの計画書は、私にとっての免罪符だったのだな」


 虚勢の最初の壁が、静かに崩れた瞬間だった。


「わからなかった、と認めてくださったこと。騙されたかった、と言えたこと。それだけで十分です」

「……十分、か」

「ええ。本当のことを話すのは、それだけで勇気がいることですから」


 ディアブラは俺を見た。

 その目には、さっきまでの虚勢はなかった。

 ただ、ひどく疲れた、一人の魔族の目があった。


「……次は、何を聞く」


 俺は少しだけ間を置いてから、最初の問いを投げた。


「ディアブラ。あなたは何百年も魔王をやってきた。……最初に魔王になった時、何がしたかったんですか」


 ディアブラの瞳が揺れた。


「世界を……支配……」


 口にしかけて、止まった。

 言い慣れた答えのはずなのに、今は喉に引っかかるらしい。


「それは、誰かに言わされた答えですか。それとも、本当にそう思っていましたか」


「……わからない」


 ディアブラが視線を落とした。


「もう、覚えていない」


 本心なのか。思い出したくないのか。

 今の俺には、まだ判別できない。


「わかりました。じゃあ、これは宿題にしましょう」

「宿題だと? この私に?」

「俺の窓口では、魔王も勇者も平等に宿題が出ます」


 ディアブラが、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 笑ったとは言い切れない。でも、さっきまでの張り詰めた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


「思い出せなくてもいいです。考えるだけでいい。次に俺が来る時までに」

「……また、来るのか」

「来ますよ。約束します」


 ディアブラは何か言いかけて、飲み込んだ。

 代わりに、ぶっきらぼうに顎をしゃくった。


「……勝手にしろ」



     * * *



 廊下に出ると、壁に背を預けたリゼが待っていた。


「おかえり、ナギ。……顔色悪いよ」

「まだ序の口だよ。そっちはどうだ」


 リゼは木剣を肩に担ぎ直しながら、報告を始めた。


「暗黒騎士のおじさん、部下に裏切られたって怒ってたんだけどさ。調べたら鎧のトゲが原因で物理的に近寄れなかっただけだったの。ヤスリで削ったら部下と握手できてた。泣いてたよ、おじさん」

「お前がやったのか」

「うん。『それは推測だよ、エビデンスを出せ』って言ったら、おじさんビックリしてた」

「よくやったな」


 リゼが少し照れたように頬を掻く。


「あとね、ルゥたちがアサシン部隊の仕事の範囲を紙に書き出してた。『ここに書いてない仕事は受けなくていいんだよ』って。アサシンのおじさん、最初は信じられないって顔してたけど、最後には敬礼してた」

「双子らしいな」

「フランは防衛設備の罠師と一緒に、なんか小さい落とし穴をたくさん作ってた。『六十点でいいのよ』って。罠師のおじさん、感動して泣いてた」

「泣かせすぎだな」

「セラフィーナはスケルトンの関節を全部手動で操作してた上級の骨の人を休ませてた。『部下を信じなさい』って。骨なのに涙出てたよ。あとアリスが残業禁止令を出して城中を走り回ってる。魔族がみんな怯えながら定時で帰ってた」


 一気に喋って、リゼは息をついた。

 短い報告の中に、全員の活躍が詰まっている。


 あいつらは、大丈夫だ。


「ねえ、ナギ」


 リゼの声が、少しだけ真剣になった。


「あの魔王、大丈夫なの。なんか……すごく脆そうに見えた」

「ああ。だからこそ、丁寧にやらないといけない」

「……うん」


 リゼが俺の袖を一瞬だけ掴んで、すぐに離した。


「無理しちゃだめだよ。前みたいに、一人で全部背負おうとしないでね」

「ああ。わかってる」

「えびでんすなしの口約束だけど……信じるから」

「十分だ。ありがとう、リゼ」


 リゼは少しだけ笑って、足早に廊下の向こうへ駆けていった。

 銀髪が揺れて、角を曲がって見えなくなる。


 俺は小さく息を吐いて、私室の扉に手をかけた。


 部屋に戻ると、ディアブラは窓辺に立って外を眺めていた。

 背中がひどく小さく見える。漆黒の鎧が大きすぎるのか、中身が痩せてしまったのか。


 俺はテーブルの脇に目を落とした。

 足元に、一枚の書き損じが残っている。先ほど拾い損ねたものだ。


 手に取る。


 達筆だが、何度も書き直した跡がある。消した文字の上に重ねた文字。その上にさらに重ねた文字。結局、残された一文だけが読めた。


『あなたの言葉を読むと、何百年ぶりかに息ができる気がするのです』


 俺は黙って、その紙を元の場所に戻した。


 ディアブラは背を向けたまま、微動だにしない。

 気づいているのか、いないのか。


 前世の記憶が、一瞬だけよぎった。

 電話越しの、あの虚ろな声。

 『先生。私、もう……だめみたいです』

 あの時、もっと早く踏み込んでいれば。もっと強く手を伸ばしていれば。


 あの後悔を、もう二度と。


「……明日も来ますよ、ディアブラ」


 ディアブラの肩が、ほんの少しだけ震えた。


 返事はなかった。

 でも、振り向かなかったのは、きっと顔を見せたくなかったからだ。


 俺は静かに私室を出て、扉を少しだけ開けたまま、廊下を歩き出した。

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