第50話 失敗の許容と、完璧じゃないデレ
「おい、なぜポーションの在庫が合わない! 発注ミスか!?」
黄金貨商会の面談室。
デスクをバンッ!と叩いて吠えるフェンリル社長の前に、気弱そうな羊の獣人の新人スタッフが、顔を真っ青にして震え上がっていた。
「ひぃっ! も、申し訳ありません……っ! 僕がダメなばかりに……っ! 自腹で補填しますから、クビに、いや挽肉にしないでぇぇっ!」
フェンリルの「徹底したデータ至上主義」の圧に耐えきれず、羊の獣人は頭を抱えてボロボロと涙を流し始めた。
あまりの怯えように、俺は慌てて二人の間に割って入った。
「ストップ、ストップ! 落ち着いて。社長はあなたを責めてるわけじゃないから」
「えっ……? でも、すごく怒って……」
「口調がキツいのはそういう鳴き声だと思ってください。社長は、ミスが起きた『本当の原因』が知りたいだけなんです。怒らないので、どうして間違えたのか、経緯を話してくれますか?」
俺が温かいお茶を彼の手に握らせて優しく促すと、羊の獣人はおずおずと口を開いた。
「実は、発注書に記入する時……『10個』と『100個』の桁の入力欄が、すごく小さくて見づらくて……それで間違えてしまって……」
「……なるほど。見せてみろ」
フェンリルは机の上の発注書を前足で引き寄せ、伊達メガネをクイッと押し上げた。
「ふむ、確かにこの伝票のフォーマットはデザイン(UI)が最悪だな。ヒューマンエラーは個人の責任ではなく、システムの欠陥だ。フォーマットを改修するタスクを追加しておく」
「え……あの、僕の不注意じゃ……?」
「個人の技量だけでミスを防ごうとするな、非効率だ。……おかげで致命傷になる前にシステムの脆弱性を発見できた。良いバグ出しだったな」
そう言って、フェンリルは足早に去っていった。
羊の獣人はポカンとした後、安堵のあまり机に突っ伏して号泣し始めた。俺は「よかったな」と彼の背中を優しく撫でながら、ふと、少し開いたままの扉の隙間に視線を向けた。
そこには、俺たちのやり取りをじっと見つめている、銀髪の天才魔法使い――フランの姿があった。
(……本当に、怒らない。誰も失敗を責めないのね)
彼女の大きな瞳が、驚きと、そして深い安堵に揺れているのを、俺は見逃さなかった。
* * *
その日の夜。
商会の給湯室で、残業のお供にコーヒーを淹れていた時のことだ。
「……カフェインの摂取? 私が注いであげるわ」
ふらりと給湯室に現れたフランが、俺の手からコーヒーポットをスッと受け取った。
天才魔法使いである彼女は、魔力だけでなく手元のコントロールも完璧だ。いつもなら、一滴の狂いもなくカップの黄金比の位置まで注いでくれるのだが。
コトッ……ピチャッ。
「あ」
ほんの少しだけ手元が狂い、コーヒーの滴がカップから逸れて、テーブルの上にこぼれてしまった。
フランの辞書には絶対に存在しないはずの、『物理的なミス』だった。
「……エラー発生。手元のコントロールに、致命的な遅延が生じたわ」
フランはポットを置き、俯いたままギュッと唇を噛み締めた。
俺は少し驚いたが、すぐに近くにあった布巾を手に取り、こぼれたコーヒーをサッと拭き取った。
「珍しいな、フランがドジを踏むなんて。研修で頭を使いすぎたんだろ。疲れてるのかもな」
俺が全く気にする素振りも見せずに笑いかけると、フランは俺の顔をじっと見つめてきた。
「……怒らないの? 私が、完璧じゃなくても」
「怒るわけないだろ。むしろ、フランも普通に失敗するんだって知れて、ちょっと安心したくらいだよ」
俺が素直な感想をこぼすと。
フランは俯き、自分の胸元をきゅっと掴んだ。
「……違うわ」
「え?」
「手元が狂ったんじゃないの。……意図的にバグを起こしてみたのよ。アジャイル開発の、テストよ」
それは、とても不器用な言い訳だった。
彼女は、俺が「失敗した自分」を本当に受け入れてくれるのか、わざとドジを踏んで試したのだ。
「私……自分が天才だから、みんな側にいてくれるんだと思ってた。常に100点でなければ、誰からも必要とされない。バグを出せば、あの子羊みたいに怒鳴られて、ゴミ扱いされるって、ずっと怖かった」
フランの声が、微かに震えている。
「でも……ナギは、60点の私でも、失敗する私でも、変わらずに笑って許してくれるのね」
彼女の分厚い完璧主義の鎧は、もう完全に溶け落ちていた。
そこにあるのは、100点の計算式で武装した天才魔法使いではない。自分の弱さを認め、他人に委ねることを知った、等身大の一人の女の子の姿だった。
「……ナギ」
フランが一歩近づき、俺の服の袖をきゅっと掴んだ。
上目遣いで俺を見上げるその頬は、耳の先まで真っ赤に染まっている。
「私のメンタルリソースが、枯渇したわ。……一人での復旧は困難よ」
理屈っぽさを残した、彼女らしい言葉。
しかし、その瞳には甘えるような熱がこもっていた。
「完璧じゃない私に……ハグのパッチを、当ててちょうだい」
「フ、フランさん? 本当にお疲れですね?」
彼女らしくないいきなりの直球すぎるおねだりに、俺は面食らって思わず顔を熱くして後ずさった。
「一応言っておくとここは給湯室なので、そういうのは、コンプラ的によろしくないかと」
「非論理的ね。現在、商会のこのフロアに生命反応はないわ。それに、私のメンタルがクラッシュしたら、明日からの業務に重大な支障を来すわよ。……ねえ、ナギ」
袖を引く手に、少しだけぎゅっと力が込められる。
強がってはいるが、その手は微かに震えていて、俺に拒絶されないか本気で怖がっているのが伝わってきた。
(……ほんと、どいつもこいつも不器用すぎるだろ)
完璧主義を捨てて、必死に勇気を出して甘えてきた彼女を、ここで突き放すことなんて俺の性格上できるわけがなかった。
「……はぁ。ちょっとだけですよ」
「ええ、少しのエラー修正で十分よ」
俺は照れ隠しに頭を掻きながら、仕方なく、彼女の小さな背中にそっと腕を回した。
フランは一瞬だけビクッと身を強張らせたが、すぐに俺の胸に顔を埋め、安心したようにふにゃりと体重を預けてきた。
「……あったかい。これ、すごく優秀なパッチね」
「それは……どうも」
夜の静かな給湯室。
俺は顔から火が出そうなのを必死に堪えながら、コーヒーが冷めていくのも忘れて、60点のままの不器用な魔法使いの背中をポンポンと優しく叩いていた。
【御礼】50話&☆1,000越え 総集編&キービジュアル&推しキャラ調査
※この話は本編ではありません。本編だけ読みたい方は読み飛ばしていただいて構いません。
近況ノートでやれ!という声が世界中から聞こえてきますが、ごめんなさい、近況ノートだとなかなか読んでいただけないのが実情でございます。
お代官様! お許しを!!(規約的にまずかったら、優しい人、こっそり教えてください。速攻消します。)
はい、許しを得たところで、タイトルの通り、50話に到達し作者初の★1,000を超えることができました事をご報告いたします。
これはひとえに読者の皆様のおかげでございます。
本当に
本当に
本当に
ありがとうございます。
今、私(作者)は、ふんどし一丁で土下座しています。これは、日本の伝統の感謝の示し方だとジョニーが言っていました。ちなみにジョニーは中国人のイマジナリーフレンドです。
あと10数話で魔王編が終わったら完結させようかなと思っていましたが、これだけご愛顧いただけるなら、あと100年くらいは続けてもいいかもしれないなと思っています。人生100年時代ですから。
それは冗談として、皆さまの「もっともっと」というお声があると、作者はちょろいので、調子に乗って続けると思います。軽い気持ちでコメントください。
「ありがとうで済めば、警察はいらない」と田舎のじっちゃんに口を酸っぱくして教育されたので、ささやかながら贈り物を。
作品のキービジュアルをAIに作成させてみました。AIで創った画像なんて絵じゃねぇ!!と思っている方は見ない方が、心の平穏上いいかもしれませんw
近況ノートにしか画像が貼れないので近況ノートにリンクを貼ってます。
もし皆様のイメージと違ったら皆様のイメージの方が正解ですw
https://kakuyomu.jp/users/AI_Stroy_mania/news/2912051597181949811
最後にお礼と兼ねるのは不躾ですが、どうしても気になるのでよろしければ教えてください!
皆様、どのキャラがお好きですか? 番号もしくはキャラ名だけでもいいのでコメントしていただけると小躍りして喜びます。得票数は正妻レースに影響を与えるかもしれません!
もしくは外伝書いたりするかもです。欲望のままにコメントをおねしゃす!w
①リゼ
泣き虫の最強剣士『見捨てないで』は、やがて本気の『好き』になる。
②フラン
完璧じゃなければ価値がない――そう信じていた天才魔法使いは、恋で崩れる。
③ルゥ
無邪気に懐いて、距離は最短。昼の笑顔は甘え上手。
④ルナ
静かに見張り、逃がさない。夜の眼差しは、誰よりも重い。
⑤セラフィーナ
やさしすぎる聖女は、ときに誰よりも逃がしてくれない。
⑥アリス
可愛くて、強くて、いちばんになりたい男の娘。勇者は恋にも本気です。
⑦ディアブラ
世界を背負って壊れかけた、最も孤独で、最も美しい魔王。
⑧ナギ
心を救った代償は、全員からの“特別扱い”でした。 苦労人? うらやまけしからん?
⑨その他




