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異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


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第5話 相談窓口前で修羅場が発生しました

冒険者ギルド・こころの相談窓口(仮)が開設されてから五日目。


 昼下がりのギルドは、討伐帰りの波がひと段落して、少しだけ空気が緩む時間帯だった。


 俺はカウンターで依頼書の束をさばいている。

 そして、その斜め四十五度――俺の視界の端にきっちり収まる位置には、本日も定位置を確保したAランク冒険者、殲滅剣(せんめつけん)のリゼが座っていた。


「ナギ」

「はい」

「今日の経過報告。朝ご飯、ちゃんと残さず食べた」

「素晴らしいですね」

「剣の手入れもした。でも素振りは我慢した」

「えらいです。確実に進歩してます」


 リゼは「えへへ」とだらしなく笑って、椅子の上で少しだけ身をよじった。


 距離感は相変わらずおかしい。

 だが、少なくとも“休む”という概念を学び始めているのは事実だった。


 俺としては、このまま少しずつ自分のペースを取り戻し、最終的には「経過観察の頻度を下げても大丈夫ですね」で自然にフェードアウトするのが理想である。


 ――理想である。


 現実は、だいたいそう上手くいかない。


 ギルドの扉が、静かに開いた。


 派手ではない。むしろ控えめな音だった。

 なのに、不思議とそちらへ目が向く。


 コツ、コツ、と硬い靴音。

 上質な濃紺のローブ、金糸のような髪、宝石の埋め込まれた杖。


 昨日とほとんど寸分違わぬ時間に、氷炎の才媛(ひょうえんのさいえん)フランが現れた。


 彼女は迷いなく俺のカウンターまで来ると、真っすぐに言った。


「時間通りに来たわ、ナギ」

「お待ちしておりました。フラン」

「ええ。今日も観察と助言をお願いするわ」


 その一言が引き金だった。


 ガタッ、と隣の椅子が大きな音を立てる。


「ちょっと」


 リゼが立ち上がっていた。

 当然のように、右手は長剣の柄の上だ。


「今日は、私がナギと話す日なんだけど」

「奇遇ね。私も昨日、継続観察の合意を得ているわ」


 フランは冷たい目でリゼを一瞥した。


「そもそも、あなたが朝から居座っていることと、私の相談時間は無関係でしょう」

「居座ってない。経過観察」

「言い換えても意味は変わらないわ」

「……斬る」

「未開の獣ね」


 杖の先端に、青白い魔法陣(まほうじん)が薄く浮かぶ。


 やめろ。


 相談窓口の前で、物理最強と魔法最強が本気の殺気を漏らすな。

 周囲の冒険者が一斉に壁際へ避難してるじゃないか。ギルドマスター、笑って見てないで止めろ。


「二人とも、ストップ」


 俺はカウンターから身を乗り出し、パンッと柏手を打った。


「武器をしまう。魔力も散らす。ここは受付前です」

「でも、こいつが」

「彼女が非論理的な主張を」

「グループセッションではありません!」


 少しだけ声を強める。


 二人が同時に肩を揺らした。

 リゼは剣を鞘へ戻し、フランも不満げにしながら魔法陣を消す。


「……申し訳ありません」

「ごめんなさい」


 俺に怒られるのは嫌らしい。

 その一点だけは妙に素直で助かる。


「よし。では交通整理します」


 俺は意識して事務的な声を作った。


「今日はフランが先です」

「なっ……!?」


 リゼの顔が一瞬で曇る。

 目に見えてショックを受けている。そこまで露骨に傷ついた顔をされるとこちらの胃も痛い。


「理由は単純です。昨日、フランがこの時間で継続観察を打診して、俺が了承した」

「……」

「リゼは朝からここにいましたが、“今この時間の相談予約”はしていない」

「予約……」

「つまり、今日はフランが先」


 フランが静かに顎を上げた。

 少しだけ勝ち誇った顔をしている。


 煽るな。


「リゼ」

「……うぅ」

「あとで、ちゃんとあなたの話も聞きます」

「ほんとに?」

「はい。順番の話です。見捨てる話ではありません」

「……なら、待つ」


 大型犬がしぶしぶ伏せたみたいな顔で、リゼは壁際の椅子へ戻った。

 ただし、視線だけはフランの背中に刺さっている。物理ダメージが入らないことを祈るしかない。


「では、フラン。奥へ」

「ええ」


     * * *


 小部屋に入ると、フランは昨日と同じように背筋を伸ばして座った。


「それで」

 彼女は前置きなく本題に入る。

「あなたの指示には従ったわ」

「温かいものを食べて、八時間以上横になる、でしたね」

「ええ。スープも飲んだし、魔導書も閉じた。訓練もやめた」


 そこで、フランはわずかに眉を寄せた。


「最悪だったわ」

「眠れませんでしたか」

「……どうしてわかったの」

「顔に書いてあります」


 目の下の隈が昨日より少し濃い。

 髪も整えてはいるが、どこか疲れている。

 何より、“休んだこと”を失敗報告のように口にしている時点でだいたい察せる。


「ベッドに入った瞬間、頭がうるさくなったの」

 フランは膝の上で指を組んだ。指先に力が入りすぎて白くなっている。

「今こうしている間にも、他の魔導師は研鑽を積んでいる。私だけが止まれば置いていかれる。次に杖を握った時、以前の私に戻れなかったらどうしよう――そんなことばかり考えて、まるで眠れなかった」


 最後の一言は、少しだけ小さかった。


「立ち止まるのが、あんなに怖いなんて知らなかったわ」


 それは、たぶん彼女にとってかなり大きな告白だった。


 天才でいなければならない人間は、しばしば“止まった瞬間に価値が落ちる”と信じている。

 だから走り続ける。

 壊れかけても、なお。


「フラン」

「……何」

「大前進です」

「は?」


 本気で予想外だったらしく、彼女は目を瞬かせた。


「自分が何を怖がっているのか、ちゃんと言葉にできた」

「それが前進?」

「はい。昨日までは“原因不明の魔力低下”でした。でも今日は、“休むことが怖い”“置いていかれるのが怖い”まで見えている」

「……」

「傷口の場所がわからなければ治療はできません。でも今は場所が見えてきた」


 フランはしばらく黙っていた。

 理屈の形で飲み込もうとしているのがわかる。


「……つまり、私は今、治っている途中だと?」

「少なくとも、ただ悪化しているだけではないです」

「眠れなかったのに」

「ええ。消毒は痛いでしょう」

「……それは慰め?」

「慰めではなく、事実です」


 きっぱり言うと、フランは少しだけ目を伏せた。


「あなたは変な人ね」

「よく言われます」

「たぶん褒めてないわ」

「知っています」


 そこで、ほんの少しだけ。

 本当にほんの少しだけ、フランの口元が緩んだ。


 昨日の彼女なら見せなかった顔だ。


「……ねえ、ナギ」

「はい」

「私は今まで、“天才”としての私しか見られてこなかった」

「そうでしょうね」

「できて当然、失敗は許されない、弱みを見せれば価値が落ちる。そういう視線ばかりだったわ」

「うん」

「でも、あなたは違うのね」


 蒼い瞳がまっすぐこちらを射抜く。


「あなたの前だと……弱い自分を、少しだけ認めてもいい気がする」


 まずい。


 声の温度が変わった。

 理屈で整えられた表面の下に、明らかに“特別扱い”の兆候が芽吹いている。


 前世の経験が静かに警鐘を鳴らす。

 それは恋ではなく転移感情です。少なくとも今のところは。

 だからその頬をほんのり赤くするのはやめてくれ。こっちは仕事なんだ。


「フラン。今感じてる安心感は、まず“安全に話せる場がある”ことの効果です」

「私に釘を刺しているの?」

「大事な整理なので」

「……そう」


 不服そうだが、否定はしなかった。


 その時だった。


 半開きの扉の向こうで、銀色の頭がぬっと現れた。


「……ナギ、まだ?」


 リゼだ。


 しかも、よりによってフランがいちばん脆い顔をしているタイミングで覗き込んでいる。

 目が完全に“見てはいけないものを見た”顔だった。


「あ、リゼ。もう少し待って――」

「だめ」


 ずかずかと小部屋へ入ってくる。

 おい、許可を取れ。


「ナギは、私の話も聞くって言った」

「ええ、後で」

「後じゃなくて今がいい」

「非論理的ね」


 フランがすっと立ち上がった。


「私の観察はまだ終わっていないわ」

「今終わりそうだった」

「だからといって割り込んでいい理由にはならないでしょう」

「そっちこそ、ナギの前でだけ弱そうな顔しないで」

「……は?」


 フランの眉がぴくりと動く。

 リゼは俺の袖をぎゅっと掴んだ。


「ナギ。私も昨日、帰ったあと少し不安になったの」

「うん」

「また一人になったらどうしようって」

「……」

「だから、私のこともちゃんと見てて」


 うわ、重い。

 しかも真正面から重い。


「厚かましいわね」

 フランの声が冷える。

「彼の優しさに甘えているだけでしょう」

「そっちこそ理屈で独り占めしようとしてる」

「少なくとも私は、窓口の機能を理解した上で話しているわ」

「知らない。ナギは、私を最初に見つけてくれた」

「それはただ順番の話では?」

「順番は大事」

「感情論ね」

「理屈こねる人よりマシ」


 バチバチ、と音がしそうなくらい空気が尖る。


 こめかみが痛い。

 グループセッションではありません、と言うには部屋が狭すぎるし、何よりこいつらはセッションする気がない。ただ取り合っているだけだ。


「二人とも」


 少し低い声を出す。


 ぴたり、と止まった。

 この“俺にだけは怒られたくない”という一致だけは本当にありがたい。


「聞いてください」

「……はい」

「……聞くわ」


 俺は二人を交互に見た。


「俺は、ここの受付兼相談員です」

「うん」

「ええ」

「だから、リゼの話も聞くし、フランの話も聞く。どちらかだけを選ぶつもりはありません」


 平等に接する。

 ひいきしない。

 相談の場としては、それが当然だ。


 ――そのはずだった。


「……!」

「……っ」


 二人の表情が、同時に変わった。


 リゼは傷ついた顔を一瞬だけして、すぐにそれ以上に熱を帯びた目になる。

 フランは目を細め、その奥に深い執着の色を浮かべる。


 あ、まずい。


 これ、たぶん「私は特別じゃない」と受け取って終わる流れじゃない。

 むしろ逆だ。


 “誰にでも同じように手を差し伸べるこの人を、どうすれば自分だけのものにできるのか”


 そういう方向へ思考が走っている顔だ。


 前世の俺なら間違いなく記録に赤線を引く。

 異世界の俺は、まず胃薬を求めたい。


     * * *


 結局、その後は三十分ずつ時間を区切って対応した。


 リゼは「ほんとはもっと話したい」と顔に書いてあったが、なんとか座って待った。

 フランは「本来ならもっと継続的な枠確保が必要」と言いたげだったが、とりあえず飲み込んだ。


 どちらも完全には納得していない。

 だが、今日はそれで十分とするしかない。


 営業終了後。

 静まり返ったギルドで、俺はようやく一息ついていた。


「……疲れた」


 肩も重い。

 頭も重い。

 相談者が増えるたびに職場環境が悪化していくの、前世より質が悪くないか?


 業務日誌を書こうとした時だった。


「ん?」


 カウンター横に置いておいた、相談窓口用の目安箱。

 その中に、一通の封筒が入っていた。


 上質な白い封筒だ。

 差出人名はない。


 こんな時間に誰が入れていったのか。

 俺はペーパーナイフで封を切り、便箋を広げた。


 達筆だった。

 妙に丁寧で、育ちの良さすら感じる文字だ。


『前略 こころの相談窓口ご担当者様


 突然のお手紙にて失礼いたします。

 実は最近、とても深刻な悩みを抱えており、誰にも相談できずにおります。


 単刀直入に申し上げます。


 人類を滅ぼすべきか、迷っています。


 どのように整理すればよいでしょうか。

 ご教示いただけますと幸いです』


「…………」


 俺は無言で便箋を裏返し、もう一度表に戻した。


 見間違いではない。

 人類を滅ぼすべきか、迷っています、と書いてある。


「規模が大きすぎるだろ……」


 誰もいないギルドに、俺の乾いたツッコミだけが虚しく響いた。

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