第44話 特別ボーナス即没収と、噂の凄腕商人
「……勢いで言ってしまったが、どうしよう」
魔王城への出張カウンセリングから帰還した翌日。
冒険者ギルドの受付カウンターで、俺は盛大に頭を抱えていた。
『最高の専門家を連れてくる』
極限まで追い詰められた魔王ディアブラを前に、俺は確かにそう大見得を切った。だが、冷静になって考えれば、ここは剣と魔法のファンタジー世界だ。
『組織論』や『経営学』なんてものは発展途上で、力こそパワーな脳筋思考が主流である。
「おう、ナギ! 聞いたぜ、魔王城にカチ込んで無事に帰ってきたらしいな!」
バンッ! と背中を豪快に叩かれた。
振り返らなくてもわかる。無駄に暑苦しいこの気配は、俺の恩人でありギルドのトップ、ギルドマスターだ。
彼は機嫌よく笑いながら、ずっしりと重い革袋をカウンターに置いた。
「俺が直々に下した『勇者を探してこい』って特命、見事成し遂げたな。ほれ、約束の特別ボーナスだ!」
「マスター……! ありがとうございます、これでようやく胃薬の特上のやつが買え……」
「ガハハハハ! にしてもお前、勇者を見つけてこいとは言ったが、自分の隣に侍らせろとまでは言ってないけどな!」
「ぶっ!?」
「その上、魔王まで手中に収めようとしてるってお嬢ちゃん連中から聞いたぞ? お前、俺のギルドの受付に飽き足らず、世界征服でもする気か? ガハハハ!」
マスターの冗談に、周囲の冒険者たちもドッと沸く。
俺は顔を引きつらせながら、この筋肉だるまのマスターに尋ねてみた。
「……マスター。一つ聞きたいんですが、この巨大なギルドの組織運営って、どうやって回してるんですか?」
「ああん? そんなの決まってるだろうが。言うこと聞かねえ奴は拳でわからせて、手柄を立てた奴には美味いエールを奢る! あとは気合いと根性だ!」
筋肉が全てを解決する素晴らしい経営方針だった。
悪気はない。彼は本当にいい人だ。だが、俺は確信した。魔王軍の『静かな退職』が蔓延する末期的な組織に、こんな脳筋理論をぶち込んだら三秒で崩壊する。やはり、真っ当な経営の知識を持つ『専門家』が必要だ。
「ナギ先生っ! お仕事お疲れ様です! 休憩時間に、手作りのマカロンを焼いてきましたっ♡ あーん、してください!」
俺が胃を痛めていると、カウンターの前にフリルのエプロンをつけたアリス(勇者)が現れた。
魔王城から帰還して以来、彼女(彼)の俺に対するアプローチは完全にタガが外れている。
「ちょっと! ナギに近づきすぎ! 勇者は魔王と仲良くしてればいいじゃん。ナギが食べるのは私が狩ってきたドラゴン肉のステーキなの!」
「ふん、二人とも非論理的ね。ナギの疲労回復に必要なカロリーと栄養素は、すべて私が計算してシェイクにしてあるわ」
「ナギ様! そのような怪しい食べ物より、聖水で淹れたハーブティーを……!」
「お兄さん、このお菓子一緒に食べよー!」
アリスが火種となり、リゼ、フラン、セラフィーナ、ルゥがカウンター前に集結してしまった。
バチバチと火花を散らし、互いに武器と魔法を構えての壮絶な陣取り合戦。
「お前ら、ギルドの中で武器を抜くな! 魔法陣をしまうんだっ!」
「ナギ先生は私のものですっ! 絶対聖域っ!」
「上等じゃん! ぶっ飛べ泥棒猫っ!」
ドゴォォォォォォンッ!!
俺の制止も虚しく、極大魔法と剣撃の余波がギルドのロビーを吹き飛ばした。
壁は崩れ落ち、カウンターは真っ二つに割れ、冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
完全に半壊したギルドの惨状を見下ろしながら。
ギルドマスターはスッと真顔になり、俺の手に握られていた『特別ボーナスの革袋』を無言でひったくった。
「……あ。マスター?」
「ギルドの修繕費として没収だ」
「待って! 俺は何も悪くないですよね!? せめて胃薬代だけでも……!」
「お前の取り巻きがやったことだ。お前の連帯責任だ(真顔)」
俺の懐は一瞬で氷河期に突入し、ギルドの壁には大きな穴が開いた。
魔王軍より先に、俺の職場と財布が崩壊してしまった。
* * *
その日の夜。
職員寮の自室で、俺が専門家探しと明日の生活費について頭を悩ませていると、窓枠に音もなく人影が舞い降りた。
「……ナギ、悩んでいるようね」
「ルナ。夜のパトロール、お疲れ様」
昼の天真爛漫なルゥとは打って変わって、冷たく静かな空気を纏う双極の盗賊(夜の姿)のルナ。
彼女は部屋に入るなり、俺の机の上に一枚の羊皮紙を滑らせた。
「貴方が探している『組織を立て直す専門家』の件……私の裏社会のネットワークで、少し心当たりのある情報を見つけたわ」
「本当か!?」
「ええ。王都の裏通りにある『黄金貨商会』。数ヶ月前まで莫大な負債を抱えて倒産寸前だったのに、突如現れた『凄腕の商人』が経営を握った途端、あっという間に業績を回復させたらしいわ。……何でも、無駄な業務を切り捨て、『こんさる』とかいう魔法で従業員を管理しているとか」
コンサル! その言葉をこの世界で聞けるとは!?
倒産寸前からV字回復。まさに、今の魔王軍に一番必要な実績だ。俺はルナの手を取り、深く頷いた。
「ルナ、ありがとう! 明日の朝一で、その商会に行ってみるよ」
「……ええ。ナギのためなんだってするわ。……だから、あんな男の娘や他の泥棒猫たちより、私を頼りなさい」
ルナが少しだけ頬を染めながら、俺の手に自分の手を重ねる。俺はあえてそこには触れず、「助かったよ」と微笑んで返すにとどめた。
* * *
翌日。
俺はヒロインズと勇者という、歩く厄災のような護衛部隊を引き連れて、噂の『黄金貨商会』を訪れた。
通されたのは、簡素な応接室だ。調度品の一つもない。質実剛健さが伺える。
倒産寸前だった商家を立て直した凄腕の商人。きっと、油断のならない鋭い目つきの初老の男か、あるいは冷徹なやり手だろう。
「……待たせたな。君たちが、専門家とやらを探しているという客か?」
奥の扉が開き、重厚な革張りのデスクの向こう側に『それ』は現れた。
俺たち一行は、全員揃って目をパチクリと瞬かせた。
「……犬?」
リゼが思わず呟く。
そこにいたのは、子犬ほどのサイズしかない、真っ白でふかふかの体毛に包まれた『フェンリル(伝説の魔獣)』の幼体だった。
だが、ただの魔獣ではない。
その小さな首にはパリッとした青い『ネクタイ』が締められ、目元には銀縁の伊達メガネ。そして、前足の肉球で器用にハーブスティック(葉巻のようなもの)を挟み、ふぅーっと渋く煙を吐き出していた。
「誰が犬だ、エビデンスを出せ。私はフェンリルだ。……アポなしの新規案件とは随分と非常識だが、まあいい。君たち、PDCAサイクルが全然回ってない顔をしてるワン……いや、してるな」
見た目は極上の『もふもふ』。
しかし、その口から発せられたのは、くたびれた中年男性のような渋い声と――。
「……PDCA、サイクル……?」
やはり、予感は的中した。
コンサル、エビデンス、PDCA。そんな単語、このファンタジー世界の住人が知るはずがない。
「貴方は多分……」
「ん? なんだその顔は。コンプライアンス的に問題のある発言でもしたか? 私は常にファクトベースでしか話さんぞ」
もふもふの悪魔は、メガネをクイッと押し上げながら鼻を鳴らした。
間違いない。俺の目の前にいるこの魔獣の中身は――現代日本の、ゴリゴリの『外資系コンサルおじさん』だ!




