第41話 魔王討伐の条件と、手紙に悩む絶望の王
――ギギッ……メキメキメキィッ!!
霊峰の中腹に設営された魔法テントから、空間そのものを歪めるような凄まじい殺気が溢れ出していた。
先ほど、ナギの全肯定カウンセリングを受けて完全にオチてしまった勇者(心は乙女・体は男)が、俺の首に抱きつきながら「お嫁さんにしてくださいっ♡」と叫んだ直後のことだ。
「……随分と、楽しそうじゃん。泥棒猫」
「管理者の首に絡みつく不純物を確認。直ちに消去するわ」
「お兄さんに触るな、変態!」
「ナギ様を誑かす邪悪な存在め。今度こそ塵一つ残さず浄化して差し上げますわ……!」
就寝していたはずのヒロイン四人が、それぞれ武器と魔法を限界までチャージした状態でテントから這い出てきた。
全員の瞳からハイライトが完全に消え失せている。
「させませんっ!」
咄嗟に俺の前に立ち塞がって両手を広げた。
勇者は巨大な聖剣を構え直し、凛とした声でヒロインズを睨みつけた。
「私は魔王を倒して、必ず生きて帰ってきます! そして、この世界を救った最強の力をもって、先生への愛を証明してみせますっ!! 貴方達にそれができますか!?」
それは、絵に描いたような王道の勇者のセリフだった。
愛する人を安全な場所に残し、自分は命を懸けて死地へ向かう。健気で美しい、至高の愛の証明――のはずだった。
しかし、俺の胃袋を破壊し尽くす『歩く厄災』たちの思考回路は、全く別の次元にあった。
「……なるほど。魔王の首を取った人が、ナギのお嫁さんってこと?」
リゼが、木剣を肩に担ぎながら不敵に笑った。
「なんだ、そういうルールなの? 一番強い人がナギに相応しいってことだよね。じゃあ、私、どこまでも強くなれるよ」
「論理の飛躍が著しいけれど、競争条件としては極めて明確ね。管理者の専属に就くためなら、私の全魔力を以て魔王城ごと消し去るわ」
「ずるい! お兄さんの専属は私だもん! ルナ、魔王を先に暗殺して!」
「……ええ。あらゆる暗殺術を駆使して必ず完遂するわ」
「皆様、静粛に。魔王を浄化し、ナギ様を永遠の安らぎで包み込むのはこの私です。未熟な皆様は神に祈りを捧げていてください」
ガキンッ! と、なぜかヒロインズ同士で武器が交錯し火花が散る。
「ちょっと! 魔王を倒して先生の愛を勝ち取るのは私よ!」
「うるさい泥棒猫! あんたもまとめて叩き斬る!」
俺は持っていた胃薬の瓶を力強く握りしめた。
なんだこれ。
魔王の首が、いつの間にか『俺の専属権を得るためのトロフィー』に変換されている。
放っておけば、魔王軍を巻き込んだ血みどろの婚活バトルロイヤルが始まってしまう。
「お前ら、勝手にルールを作るな!! 魔王を倒してもお嫁さんにはなれないからな!!」
俺の怒鳴り声に、五人(六人)の美少女たち(一人は仮)がピタッと動きを止めた。
「ええーっ、なんで!? 魔王を倒したくらいじゃ、ナギの愛には届かないってこと!?」
「要求水準が論理的限界を突破しているわ……さすがは私の認めた管理者ね」
解釈が歪みすぎている。
俺は深くため息をつき、頭を抱えた。
だが、俺が魔王討伐の競争を止めたのには、ただのツッコミ以外の明確な理由があった。
――『最近、定期的に私の元へやって来るはずの勇者が、全く姿を見せないのです』
あの、異常なほど丁寧で、ひどく孤独で、なぜか勇者のスケジュールを気にしていた『匿名相談者』からの手紙。
そして、昼間に古竜がこぼしていた、「魔王軍の上が『勇者が来ない』ってピリピリしてる」という世知辛い愚痴。
もし。
もしも、あの手紙の主が、本当に『魔王』なのだとしたら。
ここでヒロインズが魔王城を更地にしてしまえば、俺は一人の『相談者』を、悩みを聞く前に見殺しにすることになる。
「……ナギ?」
黙り込んだ俺に、リゼが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「俺も、一緒に魔王城へ向かいます」
「「「「「えっ!?」」」」」
「先生、それはダメです! 魔王城は危険すぎます! 私がお守りすると言っても、何が起こるか……!」
勇者が慌てて止めに入るが、俺は首を横に振った。
「お前らが俺を守ってくれるなら、かすり傷一つ負わないって信じてるよ。それに……」
俺は、遥か彼方にそびえる禍々しい暗雲――魔王城のある方角を見据えた。
「魔王をいきなり倒すのは、少し待ってほしい。万が一の可能性があるから……まずは、俺が対話を試みたい。」
俺の言葉に、五人は顔を見合わせた後、やれやれと笑った。
「それでこそナギだけど……嫌な予感しかしないよ」
「管理者の意思なら従うわ。非論理的極まりないけれど」
「お兄さん、ほんとどうかしてるよ……そーゆーとこが好きなんだけど」
「ああ、神よ。どうかナギ様にご加護を!!」
「え……止めないんだ。先生、実はすごい強いとか?」
こうして、俺という戦闘力ゼロの受付男と、人類最強クラスの厄災五人による、魔王城への異常なカチコミ(出張面談)が決定したのだった。
* * *
一方、その頃。
世界を恐怖と絶望で支配する魔王城の、さらに最深部である玉座の間。
禍々しい魔素が渦巻き、近衛兵の魔族たちでさえ恐怖に平伏するその空間で。
魔王ディアブラは、重圧なオーラを放ちながら、一枚の羊皮紙と睨み合っていた。
「……ダメだ」
ディアブラは、羽ペンを握った手をワナワナと震わせ、書きかけの羊皮紙をぐしゃぐしゃに丸めて投げ捨てた。
玉座の周りには、すでに丸められた羊皮紙の山ができている。
「『最近勇者が来なくて部下が暇を持て余しております』……。これでは、まるで私が勇者に依存して、来るのを心待ちにしているみたいではないか。論外だ」
ディアブラは頭を抱え、重いため息をついた。
どうすれば、威厳を保ちつつ、あの『相談窓口の男』に自分の悩みを適切に伝えられるのか。
「ああ……あの窓口の相談員殿なら、この得体の知れない孤独や焦燥感を、どう言語化してくれるというのだ……!」
世界を滅ぼす力を持つ魔王は、次に出す手紙の文面に途方もなく悩みながら、今日も孤独な夜を過ごしているのだった。




