第39話 世界最強の乙女(♂)は、絶対にフリルを汚さない
「受けて立つわ、一般冒険者達! ナギ先生の隣は、一番可愛くて強い、勇者のものよ!」
薄暗いクリスタル洞窟に、高らかで凛とした乙女の宣言が響き渡った。
先ほどまで「男らしく振る舞えない」と泣いていた怯える勇者の姿は、そこにはもうない。
完全に吹っ切れ、一人の『恋する乙女(♂)』として覚醒した勇者は、自身の身の丈ほどもある武骨で巨大な聖剣を、片手で軽々と構えた。
「上等だよ! 泥棒猫は、私が叩き斬る!」
最初に動いたのはリゼだった。
踏み込みと同時に床の岩盤が爆ぜ、Aランク冒険者の神速の斬撃が勇者の首筋へと迫る。
――ガキィィィィンッ!!
凄まじい金属音が洞窟を揺らした。
リゼの全力の一撃は、勇者が無造作に掲げた聖剣の腹によって、いとも容易く止められていた。
「っ……嘘でしょ、片手で!?」
「甘いわね! そんな大振りの剣撃じゃ、私のお洋服のフリル一つ掠らないわよ!」
勇者はリゼの剣を弾き返すと、可愛らしいワンピースの裾をふわりと翻し、軽やかなステップで後方に跳んだ。
その直後、勇者が元いた空間に、極大の雷撃魔法が降り注いだ。
「対象の回避を確認。次弾装填、非論理的な障害物を完全に消去するわ」
「お兄さんに色目を使う変態! ルナ、刻んじゃって!」
「……ええ。急所はすべて貰うわ」
フランの絶え間ない魔法爆撃の雨を縫うように、闇に溶け込んだルナの短剣が、死角から勇者の背後を強襲する。
前衛、後衛、遊撃の完璧な連携。だが――。
「だから、遅いって言ってるでしょ! 土煙が上がったら、ナギ先生に褒めてもらったリボンが汚れちゃうじゃない!」
勇者は聖剣を風車のように回転させ、フランの魔法をすべて物理的に弾き飛ばす。
さらに、背後から迫ったルナの短剣を、なんと『フリルのついた日傘』をどこからともなく取り出して、カキンッ! と優雅に受け止めたのだ。
「……っ、この女……! 防御の基準が『自分の命』じゃなくて『服の汚れ』になっているわ!」
暗殺を阻まれたルナが、舌打ちをして距離を取る。
そう。勇者は圧倒的なまでの『勇者の圧倒的ステータス』を、敵を倒すためではなく、ただひたすらに「自分の可愛い服とメイクを完璧な状態に保つため」に使っていた。
「ナギ様の平穏を乱す異分子は大人しく泥にまみれなさい。 極大浄化!」
セラフィーナが、慈愛に満ちた笑顔で、洞窟そのものを消し飛ばす勢いの光の奔流を放つ。
だが、勇者はふんすと鼻息を荒くし、聖剣を力強く大地に突き立てた。
「私だって、聖なる力なら負けないわ! 絶対聖域っ!」
勇者を中心に、ピンク色でハートの紋様が浮かぶ、巨大で強固な光の結界が展開される。
セラフィーナの放った極大浄化の光は、勇者のハート型結界と衝突し、パリンパリンと甲高い音を立てて相殺されていった。
「なんという……私の愛(光)を、あのようなふざけた結界で防ぐというのですか……!」
セラフィーナがワナワナと肩を震わせる。
息一つ乱していない勇者は、日傘を肩に掛け、フリルの裾をちょこんと摘んで、優雅にお辞儀をした。
「ふふん、どうかしら? 少しは私の『可愛さ』と『強さ』を理解していただけた?」
「……こいつ、強い」
リゼが、忌々しそうに木剣を握り直す。
フランも杖を構え直し、冷ややかな瞳で勇者を分析した。
「身体能力、魔力量、ともにエラー値の塊ね。……厄介なライバルが現れたものだわ」
「でも、絶対に負けないんだから!」
「……ええ、ナギは渡さない」
四人のヒロインたちと、世界最強の男の娘。
双方の殺気がさらに膨れ上がり、クリスタル洞窟が限界を告げるようにミシミシと軋み始めた。
このままでは、洞窟が崩落して全員生き埋めだ。
俺は持っていたカバンから、ギルドの窓口で暴れる冒険者を鎮圧する際に使う『防犯用ホイッスル』を取り出し、思い切り息を吹き込んだ。
ピーーーーーーーーーーーーーッ!!!
耳をつんざくような甲高い音が、洞窟内に鳴り響く。
ビクッとして動きを止めた五人の美少女(?)たちに向かって、俺は胃の辺りを押さえながら怒鳴りつけた。
「そこまで! お前ら、いい加減にしろ! 山が崩れるだろうが!」
俺の声に、リゼたちはしゅんとして武器を下ろす。
勇者も「は、はいっ!」と直立不動になり、巨大な聖剣を慌てて背中に背負い直した。
「……はぁ、もう夕方じゃないか。せっかくピクニックに来たんだから、一旦休戦して飯だ、飯! 作ってきてくれた弁当、まだ食べてないだろ。もったいない」
「あ……そうだった……!」
「管理者のエネルギー補給は最優先事項ね。……非論理的な戦闘をしている場合ではないわ」
俺の『お弁当』という言葉に、ヒロインたちはあっさりと殺気を引っ込め、バスケットを開けてレジャーシートを広げる準備を始めた。
本当に、俺への餌付け最優先な連中だ。
「あの、ナギ先生……。私も、ご一緒していいんでしょうか……?」
勇者が、もじもじと指を絡めながら、上目遣いで俺を見てくる。
俺はため息をつき、シートの空いている場所をぽんと叩いた。
「当然ですよ。一緒に飯でも食いながら、じっくりと話をしましょう」
「っ……! はいっ♡」
勇者はパァッと顔を輝かせ、フリルを揺らして俺の隣へと小走りで駆け寄ってきた。
その瞬間、シートの準備をしていた四人から凄まじい眼光で睨まれたが、俺は気づかないふりをして、お茶の準備を手伝うのだった。




