表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/122

第34話 ギルド専属ヒーラー、着任。境界線は死守せよ

ふわりと香る、清潔な教会の匂い。

 俺は今、聖女セラフィーナの腕の中に囚われ、その甘く恐ろしい『救済』の波に呑まれかけていた。


「私が、あなたの壊れた心を癒やして差し上げます……」


 彼女の言葉は、酷使しすぎた俺の精神に麻薬のように染み込んでくる。

 過去の罪悪感を許され、すべてを委ねてしまえば、どれほど楽になるだろうか。

 俺の意識が白く遠のきかけた、まさにその時だった。


「――目を覚ましなさい、ナギ!!」


 鋭い声と共に、俺の背後の空間が歪み、濃紺のローブが翻った。

 転移魔法(テレポート)で裏庭に強制介入してきたのは、杖を構え、息を切らせたフランだった。その隣には、木剣を握りしめたリゼと、涙目のルゥが並んでいる。


「フラン……リゼ、それにルゥも……」


「私には『休む許可を自分に出せ』と、あれほど明確なルールと境界線を引いたくせに! 自分の境界線は、そんな得体の知れない女に容易く明け渡すのね!」


 フランは、普段の冷静さをかなぐり捨てたような、ひどく感情的な声で叫んだ。


「私の自己管理のバグを直してくれたあなたが、自分の過去のエラーで自壊するなんて非論理的よ! あなたが自分を失えば、私の……この窓口のシステムは崩壊するわ! 目を覚ましなさい、運用管理者!」


「そうだよ、ナギ!」


 リゼが一歩前に踏み出し、セラフィーナを真っ直ぐに睨みつける。その銀色の瞳に、かつての怯えはない。


「私が血まみれで『見捨てないで』って泣き叫んだ時、ナギは逃げなかったじゃん! ナギは、過去の傷ごと、自分の足でちゃんと立ってる強い人だよ! 私の大切なナギを、壊れたおもちゃみたいに扱わないで!」


「お兄さん、だめだよ……っ!」


 ルゥが、ボロボロと涙をこぼしながら俺に手を伸ばした。


「お兄さん、私に『昼も夜も、二人で当事者だ』って言ってくれたでしょ! 『使える方だけ残すなんて搾取だ』って怒ってくれたでしょ! 自分の過去の罪悪感だけ残して、あとは全部この人に丸投げしちゃうの!? そんなの、お兄さんじゃないよ!」


 そして、ルゥがギュッと目を瞑った直後。

 スッ、と空気が凍りつき、夜の盗賊――ルナが表に顔を出した。

 彼女は手の中で短剣を弄びながら、セラフィーナを冷酷に、けれど明確な怒りを持って射抜いた。


「……そういうことよ、聖女サマ。他人のトラウマを、自分の空っぽな器を埋める都合のいい口実に使わないことね」


 ルナの言葉は、氷の刃のように鋭くセラフィーナの欺瞞を切り裂いた。


「この男は不器用だけど、自分の背負った罪の重さから逃げたことは一度もないわ。その矜持を奪うことを『救済』とは呼ばない。それはただの『搾取』よ」


 四人の言葉が、頭を殴られたような衝撃となって俺の脳を揺らした。


 ――そうだ。俺は何をしているんだ。

 俺は自分の過去の痛みを誤魔化すために、無意識のうちに彼女の「過剰な救済欲求」に甘え、共依存の泥沼に足を踏み入れようとしていた。

 だが、俺の目の前には、かつて俺が全身全霊で向き合い、今や自分の足で立ち上がろうとしている彼女たちがいる。俺は決して、一人で孤独に罰を受けていたわけじゃなかった。


「……セラフィーナさん」


 俺は、彼女の体をそっと押し返し、その温かい腕の中から自力で抜け出した。


「ナギ、様……?」


「すみません。俺は過去に失敗したし、今も癒えない傷を抱えています。……でも、俺はもう、十分に救われているんです。この騒がしい連中のおかげでね」


 俺がそう告げると、セラフィーナの顔から血の気が引いた。

 完璧に貼り付いていた「救済者」としての微笑みが崩れ落ち、その瞳に、すべてを失ったような致命的な絶望が浮かぶ。


「そんな……それなら、私は……私は、どうすれば……」


 救済する対象を失えば、彼女の空っぽな自我は今度こそ完全に崩壊してしまうだろう。

 だからこそ。

 俺は専門家として、いや、一人の人間として、彼女の依存を「丸ごと引き受ける」覚悟を決めた。


「ですが、あなたは救う先がなければ狂ってしまう。誰かのために祈らなければ、呼吸すらできないほどにすり減っている」

「……っ」

「だから、俺がまだ壊れていることにしていいです。俺を、あなたが救済すべき哀れな対象だと認定して構いません。あなたの『救済欲求』は、俺が全部引き受けます」


 それは、心理士としては完全にアウトな、狂った妥協案だった。

 リゼたちが「はぁっ!?」と呆れたような声を上げるが、俺は構わずセラフィーナの目を見つめた。


「だけど、一つだけ約束してください。俺という存在を理由にして、世界から目を逸らさないこと。俺を救いながらでいい、他に目を向けることを忘れないでください。……あなたの祈りを必要としている人は、外にたくさんいるんですから」


 明確な、境界線の提示。

 逃げ道のない依存ではなく、「俺」という安全な錨を下ろした上で、自分の足で他者と関わる練習をしてほしいという、俺なりの処方箋だった。


 セラフィーナは呆然と目を見開き、やがて、その瞳から大粒の涙をこぼした。

 彼女は胸に手を当て、深く、深く頭を下げる。


「……ナギ様。あなたは、本当に……救いようのないほどに、お優しい方ですね」


 その声には、空っぽな響きはもうなかった。

 俺のズルくて重い妥協案を受け入れた彼女の顔には、依存とは違う、明確な『敬意』と『熱』が宿っていた。



     * * *



 それから、数日後。

 冒険者ギルドの「こころの相談窓口」の隣には、なぜか真新しい天幕と、清潔なベッドが設置されていた。


「次の方、どうぞ。治癒(ヒール)


 純白の法衣を揺らし、流れるような手付きで冒険者の傷を治していくのは、教団の聖女セラフィーナその人だった。


「……なぜ、あなたがここにいるんですか」


 俺が疲れた顔で尋ねると、セラフィーナはふわりと花が咲くような笑顔を向けた。

 それは以前の機械的な微笑みではなく、血の通った、生きた笑顔だった。


「ナギ様とお約束したではありませんか。『他に目を向けることを忘れるな』と。ですから、私はギルドの皆様を癒やしつつ……最も救済が必要なナギ様のお傍で、専属ヒーラーとして常駐することにいたしました」

「教団の方は……」

「適当に理由をつけて出向という形にしました。ギルドマスター様も、大層喜んでおられましたよ」


 俺は頭を抱えた。

 確かに、彼女の無詠唱ヒールはギルドの回転率と生存率を爆上げしている。マスターが大喜びで迎え入れるのも無理はないし、冒険者たちも拝む勢いで感謝している。

 だが、俺のカウンターへの圧力は数倍に跳ね上がった。


「ナギ様、お茶が入りましたよ。さあ、今日も私がたっぷり癒やして差し上げますからね」

「ナギは私の入れたお茶しか飲まないの! ね、ナギ?」

「私のプロトコルを阻害するなら、聖女だろうと排除するわ!」

「お兄さんの隣は私の場所だもん!」


 結果として、三人(四人)のヒロインズによる殺伐とした牽制の輪の中に、最強の盾を持つ『善意の過保護ヒーラー』が加わるという、果てしない四(五)つ巴の修羅場が完成してしまったのだ。


 俺は静かに引き出しを開け、羊皮紙に新たなルールを書き足した。


【冒険者ギルド・こころの相談窓口 注意事項(追加)】

・相談員を自分の人生の唯一の目的にしないこと

・(追記)物理的な回復魔法の過剰な行使による、相談員への癒やしの押し売りを禁ずる


「……俺の胃に平穏が訪れるのは、いつになるんだろうな」


 騒がしい窓口の喧騒をBGMに、俺は深くため息をついた。

 だが、不思議と嫌な気はしなかった。彼女たちがこうして自分の足で立ち、騒いでいるこの日常は、確かに前へ進んでいる証拠だからだ。


――ふと、俺は最近ギルド内で囁かれている、ある『噂』を思い出した。


 数ヶ月に一度、魔王討伐の進捗報告にやってくるはずの勇者一行が、ここ最近ぱったりと姿を見せていないというのだ。

 一部では「強敵に敗れたのではないか」と危惧する声も上がっているが、ギルドへの報告義務すら怠るというのは、どうにも引っかかる。


「……世界を救う勇者、ね」


 俺のようなしがない相談員には縁のない話だが、少しだけ気にはなっていた。


 そんなことを考えながら、俺はカウンターの隅にある『目安箱』を開けた。

 中には、あの『匿名相談者』からの手紙が入っていた。

 俺が「すべてを壊しても孤独は治らない。絶望的な孤独の痛みを、もう少しだけ私に聞かせてくれないか」と返信したものに対する、アンサーだ。


 封を切り、中身を取り出す。

 そこには、これまでのような長文ではなく、どこか困惑したような短い文面が記されていた。


『あなたの言葉に、少しだけ興味を持ちました。

 近いうちに、直接お会いして話をしましょう。


 ……と言いたいところなのですが、現在、少々厄介なトラブルを抱えており、身動きが取れません。

 実は、定期的に私の元へやって来るはずの『勇者』と呼ばれる者が、ここしばらく全く姿を見せないのです。

 彼が来ないせいで、私の周囲の者たちが手持ち沙汰になり、無用な諍いや縄張り争いまで起きる始末。彼が来ないと色々と困るのです。


 そちらのギルドに所属していると聞いておりますが、もし勇者が今どこで何をしているかご存知でしたら、どうか安否を……動向を教えていただけないでしょうか。

 それが片付けば、必ずそちらへ伺います』


 その文面を読んだ瞬間、俺の頭の中にいくつもの疑問符が浮かんだ。

 なんだ、この手紙は。

 以前の「人類を滅ぼす」という絶望的な孤独の手紙から一転して、なぜか行方不明の勇者の安否を気にかけている。まるで、反抗期の息子が帰ってこなくて困っている過保護な親か、あるいは――。


「……いくらなんでも、人類を滅ぼそうとしてる人間が、勇者のスケジュール管理で悩むわけないよな?」


 俺は首を傾げた。

 対面での面談の予告。

 それはつまり、このスケールがでかすぎる『匿名相談者』が、直接このギルドにやって来るということだ。


「……近いうちに、って、いつだ?」


 相談窓口の日常は、まだまだ波乱を含んでいるらしい。

 俺は手紙を丁寧に引き出しにしまい、来るべき最大のイレギュラーたちとの面談に向けて、静かに胃薬を飲み込むのだった。




【第三部 セラフィーナ編 完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ