第24話 淑女協定
その日の夜。
ギルド区画の隅にある、冒険者たちが夜な夜な集う酒場の一角。
円卓を囲むようにして、本来なら絶対に交わらないはずの三人の少女が、深刻な顔で向かい合っていた。
「……というわけで。このまま私たちが頼り続ければ、あの男は過労で死ぬわ」
腕を組み、冷徹な声で切り出したのは、夜の盗賊――ルナだった。
「先日の路地裏での話をしたでしょう。あの男は、私たちが無秩序に頼れば、自分の限界を超えてでも私たちを守ろうとする。……そこがあの男の良さなんだけど」
「……否定できないわね、彼の良さは私が一番理解しているけど」
天才魔法使いのフランが、グラスの縁を指でなぞりながら静かに同意した。
「違うよ、ナギの事は私が一番分かっているんだよっ!」
リゼが本筋と関係ない所で自己主張をするが、無視をしてフランは続けた。
「彼の処理能力はすでに限界を突破しているわ。私たちがめいめいに要求をぶつけ、窓口で争えば、遠からず彼の精神と肉体はシステムクラッシュを起こす。ナギが壊れることだけは、絶対に避けなければならないわ」
「……何言ってるか全然分からないけど、ナギが倒れるのは絶対にやだ……!やだっ!!」
リゼが、テーブルに身を乗り出して涙目で叫んだ。
「でも、ナギと一緒にいたいもん! 毎日会わないと不安になるよ! どうすればいいの!?」
「簡単なことよ」
フランが真顔で、恐ろしい提案を口にした。
「彼というリソースが足りないなら、物理的に増やせばいいのよ。古代の禁術を使って彼を三人まで『複製』し、それぞれで分配・管理するわ」
「却下よ」
ルナが即座に切り捨てる。
「魂の複製はオリジナルを劣化させるわ。それに、私たちの欲しい『ナギ』は、不器用な真面目さを持ったオリジナルただ一人でしょう」
「じゃあ、私がナギを安全な地下迷宮に攫って隠す!」
今度はリゼがとんでもないことを言い出した。
「私だけが鍵を持って、毎日ご飯を運んであげるの! そうすれば誰もナギを疲れさせないし、ナギもずっと休めるし、完璧でしょ!」
「それはただの監禁よ、野良犬」
フランが冷たい目を向ける。
「日光の遮断と閉鎖空間は彼の精神を破壊するわ。大体、鍵をあなたが独占するなんて不公平の極みよ。私とナギの二人きりで結界に引きこもるべきね」
「それ、同じでしょ!! 屁理屈女!!」
立ち上がり、武器に手をかけようとする二人を、ルナが「座りなさい」と鋭い声で制した。
「極端な独占は破滅を招くだけよ。彼という『最高のパートナー』を長く生かしておくためには、定期的に隔離して、自己修復させるしかないの」
ルナは、一枚の羊皮紙をテーブルの中央に広げた。
「私たちが彼を共有し、長く彼を保全するためのルール。名付けて『淑女協定』よ」
「……ルール?」
「ええ。第一に、週に一日、彼が勤務している日でも一切窓口に近づかない『完全面談禁止デー』を作る。そして第二に、彼の非番日(休日)の私生活には一切迷惑をかけないことよ」
ルナの提案に、リゼとフランは息を呑み、顔面蒼白になる。
「週に一日、業務日なのに会いに行けないの……!? 私、死んじゃうかも……」
「珍しく意見が合ったわね。確かにそれは拷問に等しいわ」
「耐えなさい。彼が死ぬよりマシでしょう。――私だって、辛いのよ」
ルナがピシャリと言い放つと、二人はぐうの音も出ずに黙り込んだ。
監禁も、分身もダメとなれば、これしかない。
彼を誰よりも独占したいからこそ、彼を壊さないために、今は手を取り合うしかないのだ。
三人は一様に苦虫を噛みつぶしたような顔をして、頷き合った。
酒場の片隅で、三人の「重すぎる愛情」が、一つの強固な同盟として結実しようとしていた。
* * *
翌日。
ギルドの窓口で、死んだような目をしながら業務の準備をしていた俺の前に、三人が揃って姿を現した。
また朝から修羅場か。
そう思って胃薬の瓶に手を伸ばしかけた俺に、彼女たちは一枚の羊皮紙をバンッと突きつけた。
「ナギ。これを受け取りなさい」
「……何ですか、これ。また新しいシフト表ですか?」
恐る恐る目を落とすと、そこには見慣れないタイトルが書かれていた。
『淑女協定』
一番下に、リゼ、フラン、ルゥ(とルナの署名)が並んでいる。
「私たちは反省したわ。私たちの無秩序な接触が、あなたの負担になっていることに」
フランが真顔で告げる。
「だから、決めたの! 今日から週に一回は、お仕事の日でもナギの窓口には行かない!」
リゼが、血の涙を流すような悲壮な決意で胸を張る。
「うんっ! だから今日は『ナギお兄さん禁止デー』! もちろん、明日の非番日にも絶対迷惑かけないって約束するよ!」
ルゥが満面の笑みで親指を立てた。
「……えっ?」
俺は、あまりの予想外の展開に、ぽかんと口を開けてしまった。
彼女たちから、俺に干渉しないルールを提案してくるなんて。
前世の知識でも、依存傾向のある相談者が自ら「距離を置くルール」を守るというのは、かなり大きな一歩だ。
「……あなたたち、本当に……?」
「ええ。今日という業務日と、明日の非番日。二日間の平穏を保証するわ。ゆっくり実務をこなしなさい」
そう言って、三人は(ものすごく名残惜しそうに何度も振り返りながら)それぞれの依頼へと向かっていった。
嵐が去った後のような、静かなカウンター。
俺は手元の『淑女協定』を見つめながら、深く、長く、安堵の息を吐き出した。
「……やった」
ようやく、俺にも人間らしい、誰にも脅かされない平和な時間がやってくる。
俺は今日という静かな業務日を噛み締め、明日の非番日は一人で街外れの森にでも行って、最高のリフレッシュ森林浴をキメてやるのだと、心の中でガッツポーズをしたのだった。
【第一部 ルゥ/ルナ編 完】




