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異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


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第23話 道具に戻れと言われても、もう従わない

薄暗い路地裏。

 ゴミ捨て場から漂う腐臭と、目の前に立つ男から発せられる血の匂いが混ざり合い、ひどく息苦しい空間を作っていた。


「あの子に、余計なことを吹き込むな」


 無精髭の男は、ナイフの腹を指で弾きながら低く凄んだ。

 裏社会の人間特有の、命をただの数字や道具としてしか見ていない瞳だ。


「あいつは夜になれば、どんな汚れ仕事でも完璧にこなす最高の『手駒』なんだ。だが最近、夜のあいつが依頼を断るようになった。ギルドの受付が、つまらねえ生活ルールなんかを入れ知恵してるって噂だぜ」


 引き継ぎノートの成果が、こんな形で裏社会の元締めを苛立たせているとは思わなかった。

 ルナは俺の『危険な場所には近づくな』という提案を守り、彼らからの接触を絶とうとしていたのだろう。


「彼女は冒険者ギルドの登録者です。あなたの道具じゃない」

 俺が静かに言い返すと、男は鼻で嗤った。


「道具だよ。あいつはな、ただの『器』でしかねえんだ」


 その言葉が路地に響いた直後。

 背後の曲がり角から、ハッとしたような小さな息を呑む音が聞こえた。


「……ナギ、お兄さん?」


 亜麻色の髪を揺らし、おずおずと顔を出したのは、昼の少女・ルゥだった。

 俺がなかなかギルドから帰ってこないのを心配して、探しに来てくれたらしい。

 だが、彼女の視線が男を捉えた瞬間、その顔からサッと血の気が引いた。


「ガ、ガルド……」

「なんだ。昼の使えねえ奴。目障りだよ」


 ガルドと呼ばれた男は、心底つまらなそうに舌打ちをした。


「お前みたいな甘ったれた泣き虫は、俺たちにはいらねえんだよ。夜の奴だけが残ればどれだけ便利か。お前なんて、とっとと消えちまえばいいのにな」

「……っ」


 ルゥの肩がビクッと跳ねた。

 それは、彼女が心の奥底でずっと恐れていた呪いの言葉だ。

 自分は無能で、夜の自分の足を引っ張っているだけ。自分なんて消えた方が、みんなのためになるのではないか。


 ルゥの瞳から光が消え、ポロポロと涙がこぼれ落ちそうになる。


「ふざけるな」


 俺は、ルゥを背中で庇うように、ガルドの前に立ち塞がった。


「なんだと? 受付の分際で粋がるなよ」

「粋がってません。実務です。それに、夜の彼女だけがいればいいなんて発想、馬鹿げてる」


 俺は怒りを押し殺し、冷たい声で言い放った。


「昼の彼女が笑って生活しているから、夜の彼女も動けるんです。二人で一つの身体を使って、必死に明日を回そうとしている。使える方だけが価値を持つわけじゃない。どちらかを切り捨てるなんて発想は、ただの搾取だ」

「……ナギ、お兄さん……」


 背後で、ルゥが小さく呟くのが聞こえた。


「チッ……御託を並べやがって。じゃあ、まずはその口から塞いでやるよ!」


 ガルドが逆上し、ナイフを構えて飛びかかってきた。

 鈍く光る刃が迫る。


 正直に言えば、俺のキャパシティはとっくに限界を超えていた。

 見捨てられ不安の剣士や、理詰め管理依存の魔法使い、そして昼夜二交代制の盗賊。連日の修羅場で、俺の精神力も体力も底を尽きかけている。

 ただのギルドの受付として、自分の身の安全と健康を最優先にするなら、ここで逃げ出すのが一番『効率的』で『実務的』な正解なのだろう。


 だが、その瞬間。俺の脳裏に、前世の記憶がふとフラッシュバックした。


 ――『先生。私、もう……だめみたいです』


 いつかの電話越しに聞いた、ひどく空虚な声。

 前世の俺は、自分のキャパシティと臨床心理士としての境界線バウンダリーを守るため、あくまで「実務的」な対応に終始した。

 自分がすり減ることを恐れ、職務の枠を越えて踏み込むのを躊躇った結果。俺は担当していた相談者の一人を救いきれず、彼女の心は完全に壊れてしまった。


 自分の限界を言い訳にして線を引けば、どうなるか。

 見過ごされた人間がどれほど絶望するか、俺は痛いほど知っている。

 あの時の後悔が、今も俺の魂の根底に焦げ付いて、決して消えないのだ。


 今の俺の戦闘力はゼロだ。ナイフで刺されれば死ぬかもしれない。

 連日の疲労で足はすくみ、息も上がっている。

 だが、それがどうした。

 自分の限界を理由にして逃げ出し、また目の前で誰かが壊れるのを見過ごすくらいなら、ここで刺された方がマシだ。


 一歩も引くつもりはない。

 それが、異世界でやり直す俺の、唯一の矜持であり贖罪だ。


 俺は目を凝らし、痛みに備えた。

 しかし、俺が刃を受けるより早く。


「ナギお兄さんに、触らないで!!」


 背後から飛び出してきたルゥが、腰から抜いた短剣で、ガルドのナイフをガキンッ! と弾き飛ばした。

 その一撃は、恐怖で震えていたはずの彼女の、全身全霊の抵抗だった。


「このアマ……!」

「私はもう、ただ怯えてるだけの泣き虫じゃない……! お兄さんが、私にも『明日を回す当事者』だって言ってくれたもん!」


 ルゥは、ガルドを真っ直ぐに睨みつけた。

 そして、彼女は大きく息を吸い込み、自分の意志で目を閉じた。


「――ルナ! あとは、任せたっ!」


 それは、ただの時間の経過による人格交代ではない。

 引き継ぎノートを通じて少しずつ培われてきた、彼女たちなりの『連携』だった。


 フッ、と。

 路地の空気が、一瞬にして凍りついた。


 再び目を開けた少女の瞳は、昼の陽だまりのような色から、闇夜に潜む黒豹のような、氷の冷たさを持った色へと変わっていた。


「……引き継ぎ、ご苦労様」


 ルナだ。

 彼女は低く呟くと同時に、常人には目で追えないほどの圧倒的な速度で地を蹴った。


「なっ……!?」

「私の昼と、私の管理者に手を出そうとした罪は重いわよ」


 ドンッ! という鈍い音。

 ルナの裏拳がガルドの鳩尾に深々と突き刺さり、大男の身体がくの字に折れ曲がって路地に沈んだ。

 さらにルナは、うずくまるガルドの喉元に、冷たい短剣の刃をピタリと突きつける。


「私たちはもう、あんたたちの便利な道具に戻る気はないわ。二度と私たちの前に顔を見せないで。……次は、その首を落とすわよ」

「ヒィッ……! わ、わかった……!」


 ガルドは恐怖に顔を引きつらせ、這々の体で路地の奥へと逃げ去っていった。


 静寂が戻った路地裏。

 ルナは短剣を血振るいするような動作で鞘に収めると、ゆっくりと俺の方へ振り返った。


「……全く。無茶をするわね、ナギ」

「怪我はありませんか、ルナさん。それと、ルゥも」

「身体は一つよ。問題ないわ」


 ルナは少しだけ呆れたようにため息をついた。


「あなたが前に出ることなんてなかったのよ。昼の馬鹿を庇って怪我でもしたら、シフト表が崩壊するじゃない」

「シフト表の問題じゃないでしょう。でも、俺は逃げるわけにはいかなかった」

「……」

「彼女も、あなたも、俺の窓口の大事な相談者ですから」


 俺がそう言うと、ルナはしばらく黙り込んだ。

 やがて、彼女は少しだけ視線を逸らし、ぽつりとこぼした。


「……昼の私がいらないって言われた時。あなた、本気で怒ってくれたのね」

「当然でしょう。二つで一つの命です」

「……効率だけを考えれば、使える方だけ残せって言われた方が、あなたにとっても管理が楽だったでしょうに」

「俺は、効率のために仕事をしてるわけじゃありません」


 ルナは、ふっと自嘲するように笑った。

 だが、その冷たい瞳の奥には、今まで見たこともないような、ひどく熱を持った感情が渦巻いているのがわかった。


「……本当に、物好きね。あなたって人は」


 それは、決して切り捨てられないと確信した人間の、深く重い執着の始まりだった。



     * * *



 翌日。

 ギルドのカウンターに出勤した俺を待っていたのは、いつもの修羅場だった。


「ナギお兄さん! 昨日はほんっとーに、ありがとー!」

「ルゥ、抱きつかないでください。仕事が進まない」


 俺の右腕にセミのようにひっついているルゥ。

 その後ろでは、リゼが「私も抱きつく!」と喚き、フランが「公平な資源分配を要求するわ」と背後に回ろうと虎視眈々と狙っている。


「あのね、私とルナで決めたの!」

 ルゥは、俺の顔を覗き込んで満面の笑みで言った。

「お兄さんのことは、これから私たち二人で、全力で守るからね! そのための、とびっきりの作戦を考えてるの!」


 作戦。ひどく嫌な予感がする。

 結論だけ見れば、「二人格ぶん、本気で懐かれた」ということになるのだが、彼女たちの行動力は常軌を逸しているのだ。


「……参考までに、どんな作戦か聞いても?」

「えへへ、まだ内緒! 楽しみにしててね!」


 ルゥが小首を傾げて可愛らしく微笑んだ、その直後だった。


 スッ、と。

 彼女の纏う空気が変わり、瞳の色が氷のように冷たく鋭いものへと変化した。


「……そういうことよ。震えて待っていなさい、ナギ」


 ルナだ。

 昼間であるにもかかわらず、彼女は一瞬だけ表に顔を出し、俺の耳元で低く囁いた。

 そして、背後で騒ぐリゼとフランに向かって、まるで『お前たちも巻き込んでやる』と言わんばかりの、挑戦的な視線を投げかける。


「喧嘩? やめておいた方が良いよ、怪我するからねっ!」

「不穏ね。ナギの運用に関する重大なプロトコル変更の気配がするわ」


(……絶対に、ろくでもないことを企んでいる)


 俺は胃の辺りを押さえながら、果てしなく続く修羅場の日常と、予告された未知の脅威に、今日何度目かわからない深いため息をついたのだった。

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