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異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


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13/15

第13話 今日も匿名相談者は人類滅亡を保留した

朝のギルド。

 昨日の模擬戦で半壊した訓練場の修繕費請求書を見て、俺は深いため息をついた。


「……今月の給料、半分飛んだな」


 これもすべて、天才魔法使いの「回復の証明」と、ギルド専属ソロ剣士の「嫉妬」が引き起こした怪獣大決戦のせいである。

 グループセッションではありませんと叫んだところで、魔法と剣風が飛び交う戦場では誰の耳にも届かなかった。


 気を取り直して、俺はカウンターの隅に設置された『こころの相談窓口用・目安箱』を開けた。

 中には、上質な白い封筒が一通、ぽつんと入っていた。


 差出人の名前はない。

 だが、この異常に達筆な文字と、ほのかに高貴な香りのする封筒には見覚えがある。


「……また来たか」


 俺はペーパーナイフで封を切り、中身を取り出した。

 以前、「人類を滅ぼすべきか迷っています」という、スケールがでかすぎる匿名相談を送ってきた主からの返書だ。

 前回、俺は通常業務のテンションで「不可逆な決断を下す前に、滅ぼしたい理由を三つほど箇条書きにしてください」と公開返信を掲示板に貼り出しておいたのだ。


 便箋を開く。


『前略 こころの相談窓口のご担当者様。

 ご教示いただいた通り、滅ぼしたい理由を三つに整理いたしました。


 一、度重なる裏切りと相互不理解による精神的疲弊。

 二、対話という手段の極めて高い非効率性。

 三、存在そのものが目障り。


 以上の理由から、やはり一括で消去する方が合理的かと存じます。いかがでしょうか』


「……三つ目がただの感情論じゃないか」


 俺は誰もいないカウンターで、一人虚しくツッコミを入れた。

 理路整然と語っているようで、最終的に「目障りだから」で全人類を消去しようとしている。非常に物騒だが、悩みの構造としては「感情の整理が下手なだけ」に見える。


 俺は引き出しから新しい羊皮紙を取り出し、ペンを構えた。


『ご返信ありがとうございます。理由の言語化、お疲れ様でした。

 一と二については検討の余地がありますが、三の理由が非常に主観的かつ感情的です。この状態で不可逆な決断を下すのは、後悔に繋がる可能性が高いです。

 まずは「誰の」「どのような裏切り」が一番の原因だったのか、対象を絞って整理してみてはいかがでしょうか』


 さらさらと、極めて真面目に、通常業務のテンションで返信を書き上げる。


「……ナギ。またその悪戯に付き合っているの?」


 不意に、横から澄んだ声がした。

 いつの間にかカウンターの前に立っていたのは、濃紺のローブを纏ったフランだった。

 昨日の模擬戦でスッキリしたのか、今日も顔色は良い。ただ、その表情は少しだけ硬かった。


「おはようございます、フラン。悪戯かもしれませんが、相談として来た以上は対応しますよ」

「律儀ね。……見せてちょうだい」


 フランは俺の手元を覗き込み、俺が書いた返信文を黙読した。

 そして、少しだけ眉をひそめる。


「……『不可逆な決断の前に、対象を絞って整理せよ』。相手の極端な思考を否定せず、感情を論理の土俵に引きずり戻して、新しい基準を与えているわね」

「まあ、結果的にそうなりますね」

「私が『休む許可を自分に出せない』と相談した時と同じアプローチよ。あなたは本当に、誰に対してもそうやって『止まるための補助線』を渡すのね」


 フランの蒼い瞳が、じっと俺を見つめた。

 その眼差しには、いつもの理知的な冷たさだけでなく、どこか焦りのような、微かな揺らぎが混じっている。


「……私は、あなたが私の自己管理のバグを正確に指摘し、私専用の基準を与えてくれたのだと思っていたわ」

「あなた専用の生活ルールは作りましたよ」

「ええ。でも、その『誠実さ』自体は、私だけのものではない。あなたはこの世界を滅ぼそうとする見ず知らずの狂人にすら、同じように誠実に向き合うのね」


 フランは、唇をキュッと結んだ。

 自分が「特別に管理されている」と思っていた事実が揺らいだ瞬間だった。

 ナギは私だけを見てくれているわけではなく、「誰に対しても平等に相談員として振る舞う」のだと。


「フラン。俺は受付で、相談員ですから。誰に対しても同じように整理の手伝いをするのが仕事です」

「……理解しているわ」


 フランはフッと息を吐き、いつもの冷静な表情を取り戻した。

 だが、その言葉の温度は、むしろ先ほどよりずっと低く、重くなっていた。


「でも、ナギ。口約束や、あなたのその『誰にでも向く善意』だけに、私の機能維持を依存させるのは極めて非合理的だわ」

「……はい?」

「いつ他の相談者に、あなたのリソースを奪われるか分からないもの。現に、あのAランク剣士(野良犬)もあなたの周りをうろついている」


 フランは、杖の先端をコツンと床に突いた。


「――誰が野良犬だってぇぇぇぇぇ!!」


 訓練場で素振りをしていたリゼが怒鳴り込んできた。地獄耳だ。デビルマンもびっくり。

 興奮したリゼの頭を撫でて大人しくさせながら、俺はフランに続きを促した。


「曖昧な運用は失敗率を上げる。私の休養管理を確実なものにするためには、より強固なシステムが必要よ」

「システムって、俺は人間なんですけど」

「そうだそうだ、ナギは人間だぞー!」


 リゼは確かに犬っぽいけどね。


「なら、せめて私への管理は、『制度』として縛るべきだわ」


 フランは、一切の迷いがない、澄み切った瞳で俺を射抜いた。

 その瞳の奥には、理屈という名の檻で俺を完全に囲い込もうとする、圧倒的な『執着』が輝いている。


「明日、正式な『専属休養管理契約書』を持参するわ。ギルドマスターの承認も得るつもりよ」


「……は?」


「では、また明日ね。ナギ」


 フランは優雅に一礼し、リゼの首根っこを掴んで連行しながらローブを翻してギルドを去っていった。

 止める隙すら与えない、完璧な撤退。


 残された俺は、手元の『人類滅亡への回答書』と、フランが去っていった扉を交互に見比べた。


 匿名相談者は今日も人類滅亡を保留している。

 しかし俺の平穏な日常は、天才魔法使いの『制度化』という名の魔法によって、明日確実に滅亡の危機を迎えることになりそうだった。

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