↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
114/122

第114話 聖女の戦線と、嵐の前夜

大聖堂の審議室は、白い石壁に囲まれた円形の広間だった。


 高い天井から聖光が差し込み、中央の壇上を照らしている。壇上にはセラフィーナ。周囲の席には、教団の上層部——枢機卿三名、大司教五名、聖騎士団の代表。


 そして、正面の最上席に、ガレリウスが座っていた。


 穏やかな微笑み。銀髪。知性と慈愛に満ちた目。


「では、聖女位再審査の議を始めます」


 ガレリウスの声が、広間に響いた。柔らかく、よく通る声。


「セラフィーナ。あなたは教団の聖女として、冒険者ギルドに出向しておりました。その間、異教の儀式への参加、魔族との接触、教義に反する活動に関わったとの報告があります」


 淡々とした読み上げ。だが、一つ一つの言葉が——鎖だった。


「これについて、弁明をお聞きしたい」


 セラフィーナは、壇上に立っていた。


 聖母の微笑みを浮かべていた。だが、その下に——鋼があった。


「弁明ではなく、報告をさせていただきます」


「どうぞ」


「私は出向中、人魔和平プロジェクトに参加いたしました。エルフ王国を訪問し、世界樹の衰弱を確認いたしました。原因は魔脈の枯渇——これは全種族に影響する、世界規模の危機です」


 広間がざわめいた。


「魔脈は、教義では『女神の血脈』と呼ばれています。ですが、実態は全種族が共有する魔素の循環経路です。女神の血脈が枯渇しているとすれば——それは女神が、全種族に協力を求めておいでなのではないでしょうか」


 ガレリウスの微笑みが、わずかに深くなった。


「興味深い解釈ですね。ですが——それはあなた個人の解釈であり、教義に基づくものではありません」


「はい。ですので——教義について、証言を求めたい方がおります」


 セラフィーナが、広間の扉の方を見た。


「レティシア隊長。お願いいたします」


 扉が開いた。


 聖騎士隊長レティシアが、鎧姿で入ってきた。短い銀髪。真っすぐな目。だが——いつもと違っていた。


 目に、迷いがあった。迷いがあるのに、足は止まらなかった。


 レティシアが壇上に立った。


「聖騎士隊長レティシア。証言を許可します」


 ガレリウスの声に、変化はなかった。完璧な平静。


 レティシアが深く息を吸った。


「私は——ガレリウス猊下の『魂の対話』を、三年前に受けました」


 広間が静まった。


「対話の後、私は変わりました。判断が、できなくなりました。何かを決める時、猊下ならどう仰るかを考えなければ、一歩も動けなくなりました。自分の意見が正しいのか、わからなくなりました」


 レティシアの声が、震えていた。だが——止まらなかった。


「私はそれを、猊下のお導きだと信じていました。自分が弱いから、猊下に頼るのは当然だと」


 レティシアが、ガレリウスを見た。


「ですが——セラフィーナ様に出会い、気づきました。これは導きではありません。支配です」


 広間がざわめいた。


 ガレリウスの微笑みが——消えなかった。


 消えなかったが、目の奥の温度が、一度だけ変わった。セラフィーナだけが、それを見た。


「レティシア。あなたが苦しんでおられたとは知りませんでした。申し訳ない」


 即座の謝罪。完璧な共感。声は温かく、悲しげですらあった。


「私の対話が、あなたにとって重荷になっていたのなら、私の不徳です。今後は、あなたの自立を最優先に——」


「猊下」


 セラフィーナが遮った。


「今の言葉もまた、『魂の対話』の技法です。謝罪と共感で相手の怒りを吸収し、主導権を取り戻す。……私は同じ技法を受けた者として、その構造を知っています」


 広間が、凍った。


 ガレリウスの微笑みが、初めて——ほんのわずかに、固くなった。


「……セラフィーナ。あなたは、随分と変わられたようだ」


「ええ。変わりました。あなたに空っぽにされた私は、もうおりませんの」


 静かな声だった。だが、広間の隅々まで届いた。


 若い聖職者たちが、顔を見合わせていた。動揺している。ガレリウスの技法を、今初めて、名前をつけて聞いた者たち。




       *




 審議は紛糾した。


 ガレリウス派と、動揺した中間層と、アリスが水面下で束ねた勇者信仰派の七名。三つの勢力が入り乱れた。


 だがガレリウスは崩れなかった。


 追い詰められても、声を荒らげない。微笑みを崩さない。一つ一つの反論を、穏やかに、論理的に、吸収していく。


 セラフィーナは内心で認めた。この人は——強い。ナギ様と同じ武器を、ナギ様以上に長い年月をかけて磨いてきた人だ。一度の審議では倒せない。


 だが——亀裂は入った。


 レティシアの証言が、若い聖職者たちの中に、小さな疑問の種を蒔いた。


 セラフィーナは知っている。種は、すぐには芽を出さない。だが、一度蒔かれた種は——もう、なかったことにはできない。


 審議の最後に、ガレリウスが立ち上がった。


「聖女位の再審査は、保留とします」


 保留。剥奪ではない。ガレリウスにとっても、ここで強引に剥奪すれば、かえって反発を招くと判断したのだろう。


「その代わり——提案があります」


 ガレリウスの目が、セラフィーナを見た。


「和平が神の摂理に沿うものかどうか。この問いに、決着をつけましょう。全種族会議の場で」


 広間が静まった。


「全種族の代表が集まる場で、和平の是非を問う。教団もその場に代表を送ります。神の摂理が正しいか、あなた方の和平が正しいか——全世界の前で、決着をつけましょう」


 セラフィーナは、ガレリウスの目を見返した。


 穏やかな微笑みの下に——勝算がある目だった。この人は、全種族会議の場で何かをするつもりだ。


「……受けて立ちますわ」


 セラフィーナは微笑んだ。


 聖母の微笑みではなかった。戦う女の微笑みだった。




       *




 夜。大聖堂の私室。


 ソフィアが息を切らして飛び込んできた。


「セラフィーナ様。学院で——動きがありました」


「何が」


「私が置いていった魔脈データのノートを、旧同僚が三人で検証していました。結果——データの正当性を認める声明を、学院内部で出すと」


「学院が、味方に」


「全面的ではありません。ですが、一部の研究者が。……一人じゃないのは、本当でした」


 ソフィアの目が、赤かった。泣いた後だった。追放された場所で、初めて味方ができた。


 アリスが紅茶を三つ運んできた。


「お疲れ様です、お二人とも。今日の審議は大変でしたね〜」


「アリス。あなたの根回しがなければ、もっと厳しかった」


「フリルの外交力です♪」


 三人で紅茶を飲んだ。


 セラフィーナは水晶球を取り出した。


 ナギの顔が浮かんだ。草原の夕暮れを背景に、馬車の中にいる。


「ナギ様」


「セラフィーナさん。審議は」


「聖女位は保留になりました。剥奪は免れましたわ。ですが——」


 セラフィーナは、ガレリウスの提案を伝えた。


「全種族会議の場に、ガレリウス猊下が乗り込んできます」


 ナギの表情が引き締まった。


「ナギ様。あの方は、あなたと同じ武器を持つ人です。ですが——あなたより、ずっと長い時間をかけて磨いている。気をつけてください」


「……わかりました」


「それと」


 セラフィーナが、少しだけ微笑んだ。


「私の戦線は、まだ続いています。種は蒔きました。芽が出るには、もう少し時間がかかります。——全種族会議まで、蒔き続けますわ」


「セラフィーナさん。利子——」


「忘れていませんわ。利率は、本日の審議を経て、さらに上昇しております」


 ナギが笑った。セラフィーナも笑った。


 水晶球の向こうとこちらで、同じ空の下にいる。


 通信が切れた。


 セラフィーナは窓辺に立った。


 王都の夜空に、星が見えた。


 翠嶺の空とも、草原の空とも違う、人間の街の狭い空。だが——星は、同じだった。


 全種族会議。


 全ての戦線が、一つの場所に集まる。


 嵐の前の、最後の夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。