表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/122

第103話 二つの王と、長老評議会

評議会の間は、世界樹の根元に最も近い広間だった。


 円形のテーブル。中央に世界樹の枝で編まれた燭台。三方の席に、三人の長老が座っている。


 カイラス。穏やかな目をした老エルフ。穏健派。

 ミレイ。銀髪を高く結い上げた女性。中立派。

 エスト。深い皺の刻まれた顔に、刃のような目。強硬派。


 ティアラが議事進行を務める。ナギの一行は傍聴席。ディアブラはフードを深く被り、隅に座っている。


 エレノアが、女王の席に立った。


「本日の議題に入る前に——私から、申し上げなければならないことがあります」


 三長老が、女王を見た。


 エレノアの声は穏やかだったが、いつもの「鉄壁の仮面」ではなかった。薄い、だが本物の表情があった。


「世界樹の根が、衰弱しています」


 議場がざわめいた。


「五百年前から、根の深部で壊死が進行しています。原因は——世界全体の魔脈枯渇です。大断絶戦争以降、魔素の総量が減少し続けており、世界樹への供給も細っています」


 カイラスが息を呑んだ。ミレイの目が鋭くなった。エストは微動だにしない。


「このことを——私は、五百年間、隠してきました」


 ざわめきが、静寂に変わった。


「私は、世界樹の衰弱が自分の心の問題だと思い込んでいました。だから誰にも言えなかった。……ですが、調査の結果、原因は私ではなく、世界規模の魔脈枯渇であることが判明しました」


 エレノアが、三長老に向き直った。


「罪は二つあります。一つは、五百年間隠し続けたこと。もう一つは——五百年間、何もしなかったこと。動いていれば、もっと早く、他国と連携して対処できたかもしれません」


 エレノアが、頭を下げた。


 千年の女王が、長老たちに、額を見せた。


「私の不作為を、お詫びいたします」


 議場が凍りついた。千年間、この国を導いてきた女王が、初めて、自らの過ちを認めた。


 エストが口を開いた。


「……それで。陛下は、今さら何をしろと仰るのですか」


 刃のような声だった。


「和平プロジェクトへの参加を提案します。魔脈枯渇は一国で解決できる問題ではありません。人間、魔族、エルフ、ドワーフ——全種族が協力しなければ、全種族が滅びます」


「魔族と手を組む、と」


 エストの目が、鋭く光った。


「五百年前、魔族が世界樹を襲った。我が同胞が何人死んだか、陛下は覚えておいでか」


「覚えています。私自身が、最前線に立っていましたから」


「ならば——」


「エスト。あなたの怒りは正当です。五百年間、あなたがこの国を守り続けてくれたことに、私は感謝しています」


 エレノアの声が、静かだった。


「ですが、変わらないことも——罪なのです。私は五百年かけて、それを学びました」


 議場が静まった。


 カイラスが頷きかけた。ミレイが口を開きかけた。


 その時だった。


 傍聴席の隅で、椅子が軋んだ。


 フードの人物が、立ち上がった。


 ゆっくりと、フードを下ろした。


 長い角。深紅の瞳。漆黒の髪。


 議場の空気が、凍った。


 三長老が、同時に目を見開いた。


 エルフにとって、あの角は——五百年前の悪夢そのものだった。


「——魔王」


 エストが、掠れた声で呟いた。


「魔王ディアブラと申します」


 ディアブラの声は、落ち着いていた。


 魔王としての威圧はなかった。だが、千年を生きた者の重みがあった。


「隠れていたことをお詫びする。……正体を明かせば、対話の前に門が閉じると判断した。卑怯な手だったことは認める」


 エストが席を立ちかけた。ディアブラが、続けた。


「五百年前の戦争で、私の唯一の友が、この国で命を落とした」


 議場が、静まった。


「アルマという。魔族の将軍であり、私にとっては——姉のような存在だった。歌が好きで、戦うより歌う方が向いている女だった」


 エレノアが、目を伏せた。


「アルマは、エレノア陛下の友でもあった。二人は互いの宮廷を行き来し、歌を交換した。……戦争が、二人を引き裂いた」


 ディアブラが、三長老を見回した。


「私はアルマを失って、五百年間、一人で生きてきた。誰も信じず、誰も頼らず。……エレノア陛下も、同じだった。同じ一人の友を失って、同じように壊れた」


 声が、一瞬だけ震えた。だがすぐに立て直した。


「もう二度と、アルマのような犠牲を出したくない。そのためなら——」


 ディアブラが、膝を折った。


 魔王が。


 エルフの長老たちの前で。


 頭を下げた。


「力を、貸してほしい」


 議場が、完全に静まりかえった。


 千年生きた魔王が、かつての敵国の長老に、頭を下げている。


 エレノアが、ディアブラの隣に立った。


 二人の王が、並んでいた。


 かつて敵同士だった二つの種族の頂点が、同じ方向を向いている。


 カイラスが、最初に口を開いた。


「……賛成いたします」


 ミレイが目を閉じ、しばらくしてから頷いた。


「条件付きで、賛成します。詳細は後日詰めるとして——方向性には異存ありません」


 全員の視線が、エストに集まった。


 老エルフは、ディアブラを見つめていた。


 刃のような目。五百年間研ぎ続けてきた怒りの目。


 だが——その目が、ほんのわずかに、揺れた。


「……反対はしない」


 短い言葉だった。


「賛成もしない。棄権だ」


 それだけ言って、エストは席に戻った。


 反対しなかった。


 五百年の怒りを持つ強硬派が、反対しなかった。


 それは——賛成よりも、重い一歩だった。


 ティアラが、震える声で宣言した。


「賛成二、棄権一、反対なし。——翠嶺エルフ王国は、人魔和平プロジェクトへの条件付き参加を決定します」


 議場に、拍手はなかった。


 だが、空気が変わった。


 千年止まっていた国の時計が——ほんの少しだけ、動き始めた音がした。




       *




 評議会が終わった後、廊下でリゼが俺の袖を掴んだ。


「ナギ」


「はい」


「今日——ナギ、何もしなかったね」


「はい」


「エレノアが自分で告白して、ディアブラが自分で立ち上がった。ナギは、座ってただけ」


「……はい」


 リゼが、少しだけ笑った。


「それが、一番すごいことなんだと思う」


 俺は答えなかった。


 だが——確かに、今日の評議会で、俺は一言も喋らなかった。


 エレノアが自分の言葉で罪を認め、ディアブラが自分の意志でフードを脱いだ。


 俺が踏み込んだのではない。


 二人が、自分で、扉を開けた。


 俺はただ——扉の前に立つ場所を、用意しただけだ。


 それが、カウンセラーの仕事なのかもしれない。


 廊下の窓から、世界樹が見えた。


 夕日に染まった幹の色が——ほんの少しだけ、以前より温かく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ