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異世界ギルド受付の俺、病んだ美少女冒険者たちをカウンセリングしたら全員「私だけ見て」とヤンデレ化した  作者: 他力本願寺


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102/122

第102話 功績争いと、魔王の夜

朝食の席で、それは始まった。


「——つまり、今回の件で最も重要な役割を果たしたのは、この私の報告書ですわね」


 フランが紅茶のカップを掲げた。


「エレノア陛下が一晩で態度を変えたのは、私とソフィアの分析があったから。これは客観的事実よ」


「待ってください、フランさん」


 セラフィーナが聖母の笑顔のまま口を開いた。


「報告書が効果を発揮したのは事実ですわ。ですが、その前にナギ様が二度も面会して、エレノア陛下の防壁を揺さぶったからこそ、報告書が届いたのです」


「それは認めるわ。で?」


「そのナギ様が二度目の面会で折れかけた時、立て直したのは誰でしたかしら」


 セラフィーナが、にこりと笑った。


「私ですわ」


「ちょっと待って」


 リゼが箸を置いた。


「セラフィーナがナギを立て直した、それはそう。でも、ナギの心の問題はセラフィーナに任せるって判断したのは、あたし。つなぎ役がいなかったら、ナギはセラフィーナの部屋に行ってない」


「判断は評価に値するわ。でもリゼ、あなたの貢献は『つないだ』ことであって、直接の成果は私とソフィアの報告書よ」


「あたしは毎回ナギの隣で剣持って立ってた。一回目も二回目も三回目も。護衛がいなかったら面会自体成立してない」


「護衛は必要条件であって十分条件ではないわ」


「フラン、あんたの報告書だって必要条件でしょ」


「私の報告書は十分条件に最も近い」


「十分条件に『最も近い』のは十分条件じゃない」


「論理学で殴り合わないでください」


 俺が口を挟んだ。無視された。


 ソフィアが眼鏡を押し上げた。


「あの……一つだけ、申し上げてもよろしいですか」


「どうぞ」


「『国が滅びます』と陛下に直接申し上げたのは、私です。フランさんのデータに基づいていますが、あの場であの言葉を選んだのは、私の判断です」


 全員が一瞬黙った。


 確かにそうだった。あの一言がなければ、エレノアは白を切り通していたかもしれない。


「ソフィア、あんたが一番えらいってこと?」


「そ、そういうことではなく……ただ、功績の配分について正確な記録を——」


「研究者は功績配分を気にしすぎよ」


「フランさんも研究者では」


「私は気にしない。なぜなら私が一番だから」


「フラン、それ気にしてるよね」


 アリスが手を挙げた。


「先生! 私は何もしていませんが、フリルで応援していました!」


「フリルの応援は評価項目にないです」


「では評価項目にフリル枠を追加してください」


「しません」


 ルゥがテーブルの下から顔を出した。


「ルゥはりんご食べてただけだけど、ルゥがいるとナギお兄さん笑うから、メンタルケア担当!」


「それは一理ある」とルナに切り替わり、「——が、メンタルケアの主担当はセラフィーナでしょう。ルゥの貢献は副次的効果に過ぎないわ」


「るーなー! ルゥの味方して!」


「事実を述べただけよ」


 俺はパンを齧りながら、全員の議論を聞いていた。


 全員が正しかった。


 リゼの護衛がなければ面会は成立しなかった。セラフィーナの支えがなければ俺は折れていた。フランの報告書がなければエレノアは動かなかった。ソフィアの一言がなければ白を切り通されていた。


「全員の力です」


 俺が言った。


「「「「それはずるい」」」」


 四人の声が揃った。


 見事なユニゾンだった。




       *




 夜。


 扉を叩く音がした。


「……ナギ」


 ディアブラの声だった。低く、いつもより小さい。


「入ります」


 扉が開き、ディアブラが入ってきた。フードを下ろしている。角が魔灯の光に淡く照らされた。


 いつもは部屋の中央に堂々と立つ。今日は——入口の近くで立ち止まり、壁にもたれた。


「……お茶でも淹れましょうか」


「いい。座らなくていい。少しだけ——」


 ディアブラが言葉を切った。


 探している。何を言うべきか、どう切り出すべきか。


 俺は待った。


 椅子に座ったまま、窓の外を見ながら、待った。


 長い沈黙だった。


「……アルマのことを、もっと知りたいか」


 ディアブラが、ぽつりと言った。


「聞かせていただけるなら」


「別に……貴様のために話すわけではない。ただ、あの女王に全部話されるのは癪だから、私の口からも言っておくだけだ」


 ツンデレの壁。だが今日のそれは、いつもより薄かった。


「アルマは——私より百歳ほど年上だった。魔族の中では誤差のようなものだが、あいつは姉貴風を吹かせたがった」


 ディアブラが壁にもたれたまま、天井を見上げた。


「私は混血だ。魔族にも人間にも居場所がなかった。母は早くに死んだ。父は寡黙で、私にどう接していいかわからない人だった。……アルマだけが、何も聞かずに隣に座って、歌を歌ってくれた」


「……」


「くだらない歌だ。魔族の古い子守唄。大の大人が子守唄を歌うな、と言ったら、『大人にも子守唄は必要だ』と笑った」


 ディアブラの声が、わずかに柔らかくなった。魔王の声ではなく、友人を思い出している一人の女の声だった。


「あいつが死んだ日から、私は歌わなくなった。……歌う相手がいなくなった」


 俺は、静かに聞いていた。


 問いかけなかった。踏み込まなかった。


 ただ、ここにいた。


 しばらくして、俺は一つだけ聞いた。


「ディアブラ様」


「なんだ」


「アルマ様の最後の心配事は、あなたが一人になることだったそうですね」


 ディアブラの肩が、かすかに震えた。


「……そうらしいな」


「今は——一人ですか」


 短い問いだった。


 ディアブラは答えなかった。


 長い、長い沈黙。


 窓の外で、世界樹の梢が風に揺れていた。


「……わからん」


 ディアブラが、小さく言った。


「私は魔王だ。一人で全てを背負うのが、私の仕事だった。誰の助けも要らないと、ずっとそう思っていた」


「はい」


「だが——」


 ディアブラが壁から背を離し、俺の方を見た。


 角の影の下で、目が——赤くなっていた。泣いているのではない。感情が上がっているだけだ。


「この馬鹿げた旅の間に、妙なことに気づいてしまった」


「妙なこと」


「朝、食堂に行くと、あの騒がしい連中が席を争っている。私は隅で茶を飲んでいるだけだが——」


 声が、一瞬途切れた。


「……静かでないことが、不快ではない、と」


 俺は、少しだけ、笑った。


「それは——一人ではない、ということかもしれません」


「かもしれない、か」


「断言はしません。ディアブラ様ご自身が、感じていることですから」


「……ふん」


 ディアブラが、腕を組んだ。


「別に、貴様たちと一緒にいることが心地よいなどと、そんなことは——断じて、言っていないからな」


「はい。言っていませんね」


「言っていない」


「ええ」


「……」


「……」


「……少しだけ、思っただけだ」


 俺はそれ以上、何も言わなかった。


 アルマが心配した「一人になること」。五百年間、それは現実だった。


 だが今——この騒がしい旅の中で、魔王は少しだけ、一人ではなくなり始めている。


 ディアブラが扉に向かった。


「明日は評議会だそうだな」


「はい」


「私は……廊下で控えている。だが、何かあれば——」


「頼りにしています」


 ディアブラの耳が、かすかに赤くなった。


「……馬鹿を言うな」


 扉が閉まった。


 俺はしばらく、閉まった扉を見ていた。


 千年の魔王が「静かでないことが不快ではない」と認めた夜。


 アルマが聞いたら、きっと笑うだろう。

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