戦況
「レムス王国は、どういう弁明をいってくるのやら。」
ルイスは地図を見ながら、大きな溜息をついた。講和に反してコリントス領に侵攻したのである。豊かな田園地帯であり、豊かな鉱山も、工業都市もある。レムス王国の側から見れば、喉から手が出るほどほしい地域ではある。
「多分、我が軍支援のための、共和国軍に占領されないための予防占領というところでしょうか。」
向かい側に座る小柄なボナパルトは、楽しむように地図を見ていた。
「何が我々の支援だ。物資の補給でも苦労するし、レムス軍がいては、共和国軍に全力で当たれない。共和国政府支援の間違いだろう。我々の兵力に余裕がないと見て、足元を見たのだろうな。」
彼はまた大きな溜息をしてから、ボナパルトの方を見た。
「私の使命は、同地の奪回、レムス王国軍から防衛しながら、共和国軍を破り、この地域から一掃することですかな。」
「ついでに、もう少し兵力を侵攻させ、共和国政府に圧力を与えて欲しいし、アテナイ側の占領地、何時になっても返還しない、を奪取することだ。この二つは、可能であればだ。」
どうかね?と伺うルイスにボナパルトは笑って、
「後半は時間をかけることになりますが、それを了解いただければ、全てお任せください。」
自信ありげに答えた。
「分かった。この作戦の全権は君に託す。君は、この作戦遂行のためだけに専念してくれたまえ。もし仮に、私の危機が迫ってもだ。至急、その旨を明記した正式な命令書を渡せるように手続きさせる。」
「ありがとうございます。」
「ところで、どうだね?新婦との仲は。」
「ご想像にまかせますが、こちらも使命も、ご期待に沿うよう果たしております。」
「そうか。それでは頼む。」
「吉報をお待ちください。」
2人は立ち上がって、がっしりと手を握った。
"彼は本来あのような娘がふさわしかったんだ。なんで、あんな女に引っ掛かったんだ?”困った親戚たちも共和国政府が迎えると発表した場所に行って、もう当分こちらには来れない、彼には会えない。彼にとっても、国にとっても、世界にとっても好都合に進んでくれている。”
その後、ルイスはルシアとともに、共和国側から離脱してきた女性士官達を引見した。当初、数人で合意していたのがさらに増え、そのうちに、男性士官達も加わったので、総勢三十人近くになっていた。皆、士官学校では優秀な評価を受けた、新進気鋭かつ、実戦で早くもその能力を発揮していた者ばかりであった。
共和国政府が、自称軍事通を通り越して、名将を自認する訳の分からない女達を将軍、元帥に任命したこと、彼女らの出鱈目としかいえない人事、作戦立案、指示を受けることになった不満からである。
“まあ、共和国政府の見てくれや自分の派閥かどうかで決定しがちな人事、政治委員の介入、猫の目の用人変わる作戦方針への不満が溜まっていたのだろが。しかし、共和国政府は何と馬鹿なことを。イサベラは何をしているんだ?”
ナバロが、彼らの前にいた。現在、ルイスの護衛隊長兼側近の地位にあった。
「彼らの復帰を、お許しいただけるようにお願いいたします。」
ナバロと彼の妻が、彼らの離脱を働きかけたのである。彼女は離婚を覚悟し、ルイスに従った夫の元に赴くこと無く、共和国の理念に共鳴し、貴族の地位を捨て、共和国政府に残り、軍人としての忠誠を果たすと宣言したのである。しかし、直ぐにその実体に失望して、処刑を覚悟しながら、ナバロに一言詫びたいとやって来たのである。だが、ナバロは、その時に到っても、彼女への愛は変わっていなかった。
「君だけを死なすもんか!」
と抱きしめ、ルイスに彼女の復帰を嘆願したのである。
一人でも有能な人材は必要だったし、彼女は間違いなく有能だった。それに、彼女の復帰は、よい宣伝になる。だから、ルイスは彼女を元の地位での復帰を許した。
その後軍務で有能ぶりをしめしながら、共和国政府軍内の知人、友人を通じての働きかけを続けた。その最大の成果がこれであった。
「もちろん、赦す。君達は国の為と思い、また、軍の組織に従っただけなのだから。君達の部署は速やかに決め、そこでの任についてもらいたい。」
その間の彼らへの衣食住については、ナバロに、自分の命令だとして整えるよう担当者に、交渉するよう命じた。
「どうしても行き詰まったら、私に連絡するように 何とかする。」
と最後に付け加えた。
「彼女達をどこの戦線に投入させるの?」
「スパルタ方面だな。彼女らも、共和国政府軍、少し前の仲間とは戦いたくはないだろう。」
スパルタ軍が、国境付近に兵力を集めているという情報をあったのである。侵入して、主要地を占領するつもりだ。こちらも、予防占領だと言って、その後は絶対返さないはずだ。硬軟両手段で対処する必要があるが、まずは硬を強化する準備をする。抑止効果は、かなりあるはずだ。
「中々大変ね。あちらも負け続けだから、簡単にはひけないでしょうね。あの方面の共和国軍が師団ごと離脱してくれたらいいのにね。そちらも働きかけているんでしょう?」
「君にはかなわないな。」
ルイスが肩を抱くと、躊躇なく頭を彼の肩に預けた。そうなれるようになっていた。
「集められるだけの兵力で、出来るだけ早く出陣する。」
「兵はスピード、と言うわけですわね。」
「よく分かっているじゃないか。」
「あなたの良き妻ですから。」
そのままどちらともなく、唇を重ねた。
「コホン!」
わざとらしい咳払いが、聞こえてきたので、慌てて、ということもなく唇を離して、咳払いの方向を見ると、サイス公夫人、ルイスの姉である、が片手に手紙を持ちながら立っていた。彼と顔立ちは似ているが、やや小柄で、美しい金髪の美人だった。
「姉上どうしましたか?その手紙がどうかしたのですか?」
厳しいが、小馬鹿にするような表情を浮かべて、その手紙を差し出した。分厚い手紙だった。極めて上質な紙だった。
「そうですわ。アンダルシア公からの手紙、勧誘ですよ。共和国政府を倒して、国を元の正当な状態に戻す、サイス公領を元に戻す、さらに王族の地位、領地を与えるから、諸外国への仲立ち、反乱軍の帰順に協力して欲しい等々ですわ。王位は誰が継ぐのでしょうね。弟妹には来ていないようですわ。」
“あの人、あんなに馬鹿だったの?”現在は関係ないとはいえ、ルシアは頭が痛くなる感じだった。ルシアは、受け取った手紙を広げながら、呆れたという顔だった。
「末期的ですわね、陛下。どう利用されますか?」
近づいて、弟を見上げた。“こら!離れろシスコン!”ルシアは、心の中で悪態をついたが、微笑みながら、あらためて、自分の胸に押しつけるように腕を組んだ。
「直ぐに会議をしましょう。最大限利用しなければね。」
ルイスは、手紙を畳んでから、それを頭のところでヒラヒラして、笑いながら言って、その一方でルシアを抱きしめる力を強めた。ルシアが、幸福そうな表情を見せると、
「いつも仲睦まじくて、羨ましいわ。」
と微笑みを浮かべていた。そこに悪意のあるものは感じれなかった。




