イサベラの憂鬱
「イサベラ様!大変です!」
一カ月ぶりに自分の屋敷に帰ったイサベルに、金髪の若い美人の女が彼女の顔を見るなり、心配そうに口にした。
「フリア。如何したの?そんなに取り乱して?ん…。」
フリアと呼ばれた女の後ろに、二人より若い小柄な、やはり金髪の、年よりややあどけない感じの可愛い美人が立っていた。
「マルティア?あなたまで如何してここに?また、あの方は新しい愛人を?」
アンダルシア公は、イサベラを愛人関係を続けているが、新しい愛人を作り続けている。イサベラは、別に彼の寵愛を彼女らと争うつもりはない。改革、革命の過程で、成り行きと改革、革命を進め、守る目的で、彼の傍にいる方が都合が良かったからである。彼は、彼女が勘当に当たって父から与えられた屋敷に入り浸っていた。が、ある時、そこに女を引き入れた。それがフリアだった。1週間ぶりに、各地の視察や各派の調停などに奔走した後自分の屋敷に帰ってみると彼女がいたのだ。さすがに同居は嫌だったから、自ら家を出た。しばらく知人宅を転々とした彼女に、アンダルシア公は彼女の屋敷を彼女から購入、それで得た金で新しい屋敷を購入したのだ。それが今の屋敷だった。彼女が政務などでアンダルシア公の館に、元は自分の家に通ううちに、フリアはいつの間にかイサベラに心酔、新しい寵愛する愛人が引き入れられたのを機会に、彼女の下にやって来て、それ以来、彼女の秘書として、奮戦していた。彼女に心酔しているだけあって、また元々頭のよかった彼女の働きぶりは彼女の役にたっていた。フリアがやって来た理由が、マルティアだったのだ。その彼女も、既にイサベラに心酔していた。イサベラのために、アンダルシア公の行動という情報を提供するようになっていた。
「そうなんです。」
「まさか、少女にまで?」
だんだん若くなっていることから、イサベラはそう思ってしまった。
「いえ、ひどいおばさん達です。あんなのの何処がいいのか。いいえ、それは関係なく、…
いいえ関係ありますが。」
「そうなんです。一大事で。」
「分かったわ。まず、中に入れて。ゆっくり聞かせて。」
二人は慌てて、頭を下げ、彼女達の“司令官”の“帰還”を迎えた。
「それはどういうこと?」
さすがにイサベラも真っ青になった。
一つは、アンダルシア公が、守旧派の貴族と頻りと密会を重ねているということだった。
「はじめは分からなかったのですが、聞こえてくる名前や服や馬車の紋章から調べると…。」
ルイス王太子の軍、陣営と共和国政府との間は、本格的戦闘が始まっていないというだけで、内戦状態にある。自陣営の支持、味方を増やすために、多少の妥協を図ってでも、勧誘することはやむを得ないが、守旧派を引き入れられることになったら、そのための代償で共和国政府が内部崩壊しかねないし、そもそも彼らが共和国政府の思想にこれっぽっちも共鳴するはずがないのである。ルイス王太子の微温的な改革すら頑迷に反対してきた連中である。彼らは、ドローレスという、30過ぎの女のサロンに集まっているが、そのドローレスが新たに彼の愛人となって、あの屋敷に住むことになったひとりなのである。
「まだいるわけね。よく、同居してやっていけるわね。一体誰?」
「会う度に皮肉の言い合いですよ。険悪な火花が散ってます。あ、それは大した問題ではないんです。あいつが、自分を司令官に任ずるよう自薦しているんです。カルメンです。やっぱり30過ぎのおばさんで…、それはいいんですが、自ら指揮すれば、勝てるなどと言って…。アンダルシア公もほぼ本気で推薦するつもりです。」
「はい~?」
さすがのことに、彼女も素っ頓狂な声をだしてしまった。“司令官が、壊れた?”2人は心配そうな顔をした。その目の前で瞬時に、彼女達の“司令官”は思考が復活するのが見て取れた。“さすが、お姉様!”と二人の思いは共鳴。
“全てがこんな調子だ!”彼女は、泣き叫びたかった。カルタゴ等との対外講和では、海外領土の全てを放棄してもよいと考えていた。健全な国家経済の発展は、本国の農工業によるものであって、海外領土なぞ百害あって一利なし、というのが彼女の理念であった。共和国政府内での会合で、彼女の主張は賛同を得て、ほぼその方向で方針が決定された。それがいつの間にか、
「一寸の領土も譲らない(海外領土も含めて)」に変わっていた。地方で、不正摘発や農地改革問題解決に精力的に活動していた彼女に、彼女の同志(心酔者とも言う、あくまで思想と行動の上での)の男の妻が駆け付けて来て、正反対の方向で講和交渉が進んでいるということを伝えてきた。彼女の夫達は反対を主張しているということだった。イサベラに早く戻ってきてほしいとの伝言を伝えた。驚いた彼女は、直ぐ戻るとその女に話した。女は、それを聞くとその足で帰っていった。それが、その女との永遠の別れとなったのだが。彼女も、可能な限り早く手続きを取って、翌日の朝には出発、強行軍で首都にたどり着いた。しかし、その彼女が見たのは、売国奴として断頭台行きとなった外交部の彼女の同志達の哀れな姿だった。伝言を伝えた女とそれを託したその夫の遺体もあった。当然、彼女は抗議した。その時には、共和国政府要人の半ばがいつの間にか、入れ替わっていた。イサベラは、地位を奪われ、逮捕、監禁、そして、釈放、地位回復がめぐるましく動いた後、当初の方向に進みかけていたときには、カルタゴ等は王太子ルイスと交渉を正式に開始していた。何とか巻き返そうと同志達と共に奔走した彼女だったが、程なく国王夫妻の死去に際しての対応で、国葬をという穏当な方針が、彼女への突然の謹慎措置の間に、遺体を断頭台にというとんでもない事態になってしまい、それを実施した共和国政府首脳はクーデターで断頭台行きになり、彼女は解放されたが、その後の対応で彼女と彼女の同士達が提唱した穏当な手段、国王夫妻の名誉復活と国葬であるが、は混乱する共和国政府は実施することすら出来ず、諸外国政府はルイス王太子を正当なものとして認め、講和条約を締結してしまった。
内戦必至の中、共和国内部の団結強化なども朝令暮改になりがちな中、今度という今度こそはと、同志と共に、共和国政府に要求し続け、各方面に精力的に動いていた。それでも、講和条約で、カルタゴ海軍艦船に乗り、その軍と共に帰国した、連戦連勝の名将ボナパルト将軍に反逆罪で召喚の命令を出したり、決定的対決を避けるための最後の交渉をすべきところで、ルイス王太子に処刑判決を出し、逮捕の使節を送ったりしてしまった。もちろん、彼女の知らないうちにだった。
そして、最近の問題が“女性司令官”問題だった。それは、王太子妃ルシアの活躍と有能な女性士官が王太子派に多いことからの問題だった。有能な女性士官の大胆な抜擢、それと士気のためであれば、戦闘と関係ない場所での一日司令官、慰問団や物資輸送での代表者として若い美人なりを任命するというのが妥当なところだった。実施され、多少とも効果があった。イサベラも、最後の方面でしばしば、その任についた。ただ、彼女の場合、現地での調整、調停、指導に手腕を発揮したため、軍の会合にも出席、軍からも評価され、“女司令官”と評判になった。しかし、彼女は軍の作戦そのものにくちばしを挟むことは絶対しなかったし、若い女たちも自分の立場をわきまえて行動していた。それが、ここに来て、雲行きが怪しくなっていた。
「あの馬鹿女。本当に指揮をとるつもりですよ。いっぱしの将軍気取りなんです。本当に。」
「お姉様とは違うのに。」
“軍隊経験の豊かなアンダルシア公が、そんなこと許すはずない…はず…。でも、…。”次第に彼女は戦慄していった。
彼女は、翌日から、そのようなことを阻止するために、奔走し始めた。が、1ヶ月後には、
「イサベラ様!私達は、もう我慢できません!」
彼女と親しく、彼女が抜擢に一役も二役もかった、戦功を何度もあげた有能な女性士官達が彼女の元を訪れる事態となっていた。そして、彼女達は、数日後ルイス王太子側に走った。彼女らに処刑命令が出たからであり、イサベラが女性元帥達との闘争に破れ、逮捕、監禁、断頭台行きを待つばかりになっていたからである。イサベラは、断頭台の前に立ったところで、男女十数名の同志に救出され、程なくして起こった政変で名誉、地位回復、政権に復帰した。しかし、有能な若手士官多数が、男女含めて、ルイス王太子の元に去ってしまった。
“ルイス様。ルシア様。私は、如何したらいいのでしょうか?”




