伝わる情報
「寒くなってきたな。暖炉に薪をくべさせようか?」
ルイスが、言葉に出すと、それを察していたように、暖炉に薪がくべられ始めた。火力が増し、心なしか、たちまち暖かさがましたように感じた。
「王太子様、妃様が薪を割られましたので、十二分以上にありますから。」
年輩の侍女が、皮肉っぽく説明した。二人で薪を割り始め、若い侍女や使用人が面白がって声援を送ったため、つい調子に乗って、競争で割ったのである。二人も、あの時のことを思い出した。
「私の圧勝でしたわね。」
愉快そうに、長椅子に座って胸をはるルシアに反論しようとしたルイスだったが、“いい加減になさって下さいませ!”と睨む侍女の顔を見て、ルイスは喉まで出た言葉を呑み込んだ。
「君がここに来てからも、元気そうで何よりだよ。それに、評判がよくて、嬉しいよ。」
「それはありがとうございます。でも、ルイス様こそ、生き生きとなさっておいででは?それに、私などよりずっと評判がおよろしいかと。」
読んでいた本を膝の上に置いた。
「君と一緒だからさ。」
そう言って、彼女の隣に座り、肩に腕をまわした。彼女も、彼に寄りかかった。もう、半ば諦めて、取り敢えず彼に甘えることにしていた。
「王都は騒がしいし、国際関係も危うくなってきた。父上の手紙ではなんと?」
「父はあまり書いてくれませんわ、心配させたくないのでしょうが。母の社交界の愚痴や噂話の方が事情を伝えてくれますわ。」
皇太子の謹慎措置で、ゴール公爵の失脚の噂が流れ、彼女のサロンに訪れる者も、彼女への誘いも激減した。公爵の失脚もなかったため、随分回復したが、アンダルシア公をはじめとする改革派貴族に人が集まる影響を受けて、以前程の数には回復しないでいた。そのアンダルシア公のところには、守旧派も通っているのだから不思議だ。さらに、イザベラが華々しく社交界にデビューしていた。改革派の中で、華麗に忙しく立ち回っているということだ。そして彼女は、アンダルシア公の愛妾となっていた。少なくとも、ルシアの母が耳にした情報では、である。“あの泥棒猫め。”思わず、心の中で悪態をついていた。“アンダルシア公とは、私は関係したわけではないから、そんなことは言えないか。”とも考えなおしてみたが。
「彼女は、その立場を利用して、彼女なりに改革派を団結させたいと思っているようだが。まあ、アンダルシア公が手をださないとは、思えないが。」
改革派、議会市民派というべきかは、保守派から過激な立場まで多様である。数が必ずしも発言力と比例しないことが、状況を複雑化させている。そして、対立している彼ら、守旧派も含めて、一致しているのは、レムス王国、カルタゴへの強硬姿勢である。それは、政府が和平方針であるためである。だから、勢いであり、政争の手段であるものの、声高に唱えているとそちらの方向に動いて行くものである。
実際困ったことに、そういう方向に動いている。しかも、準備なしにだ。
「秘かに、軍に働きかけているが…。開戦は、避けられそうもない。謹慎措置は、仮解除で、私もでなければならないだろう。国王陛下とも了解はとってある。その時は、君は。」
「私も従軍いたします。」
「は?」
「聞いていませんでしたか?私もついて行きますから、ご準備よろしく。」
「え~と、変更や妥協点はないのかな?」
「ありませんわ。」
「分かったよ。」
ルイスは苦笑いして、取り敢えず同意はした。“何とか諦めさせるつもりね。”
「国王陛下や王妃様、ご兄姉妹様からはどうですか?宰相や軍の関係では?その他も?」
ルイスは、密偵というほどではないが、情報を伝えてくれる者達を各所に確保していた。
「今年は、不作だったからな、不満はたまっている。不満が、反王家に向かう可能性もある。」
ルイスとルシアは、ここの領地の地代を大幅に下げた上、困窮者のために各村に寄付を行っている。王都には、領主が地代の減免に応じないことへの不満を訴えようという人々が集まってきていた。
内外で危機が迫っていた。
“どうして?”二人は同事に思っていた。
“売り言葉に買い言葉だったんだけど。”
鍵をかけた一室で、ルイスとルシアは全裸で、油を塗りたくった状態で戦っていた。というより、ルシアの蹴る、殴る、投げ、絞め技をかけるを、ルイスがそれを受け止めていた。
戦場に同行させろというルシアの要求にルイスが、はっきりと首を縦に振らない、曖昧な態度をとっていた。剣、槍、弓、銃などの腕を示したもののである、ルシアがルイスにである。
「格闘技も十分だと示したら、はっきり首を縦に振ってくれますわね!」
ルシアは迫り、そのうち、古代ギリシャのレスリングなどが全裸で、油を体に塗って等々の話になり、いつの間にか、それでやる、ということになっしまったのである。
「分かったよ。」
“許可するしかないな。”と思い、押さえつけていたルシアから手を離した瞬間、ルシアは禁じ手をだした。急所を蹴り上げられて、もだえ苦しむ彼の側に立ち、
「こんな時に、変なものをおっ立てているからよ!どうですの?」
勝ち誇ったように、見下ろした。しばらくもだえて、返答どころではないルイスだったが、
「同行を許可する、いや、一緒に来てくれ、同行してくれ!」
「分かればよろしい。」
満足そうに肯き、彼に手を差し伸べた。彼の手が力無く近づいてきたが、握った次の瞬間、彼女は押さえ込まれていた。
「何するのよ!卑怯者。何変なところに…あん…卑怯よ~。」
彼は彼女を押さえ込み、彼女の言う変なところに指を動かして、覆い被さっていた。
「君は、僕と死ぬ時、場所は一緒にと、愛しているということでいいんだね?」
「し、しかたながないでしょう!」
“しまった。”
「仕方がない?」
「あなたが子供の頃の妄想に、何時までもグズグズとこだわるから、合わせてやっただけよ。」
「それでもいい。レムス国王、アンダルシア公、どこぞの近衛士官も夫になれそうもないから、仕方なく私を愛するということかい?」
「…。」
「どうなんだ?」
その間も、ルイスの指はルシアの…に怪しく動いていた。
「あ、あん…変なことしないでよ~。そ、そうよ。あなたを夫にするしかないから、愛してあげるのよ、悪い?」
“もうヤケよ!”
「それでいいさ。仕方がなく、俺を愛して、道連れになれ。いいな。」
「分かっているわよ。」
「俺を選んだんだ、もう。後戻りできないぞ。イザベラと逆転して、お前がバットエンドになるかもしれないぞ。性奴隷に堕とされるのも、或いは戦場でこうして兵士に犯されて死ぬのも、お前かもしれない。」
「…。そうしたのは、あなたじゃないの?そうならないように、私が守ってあげるというのよ。ありがたく思いなさいよ。」
「ああ、感謝しているよ。最後まで、どんなに惨めになっても、生きるんだ、あがくんだ、道連れで、愛し合うんだ、いいな?撤回させないぞ、逃げられないぞ!」
ルシアは、自分の惨めな未来が見えたように思えた。彼の腕を強く掴かみ、助けを求めるような表情で頷いた。その顔に惹きつけられて、彼は彼女の唇に自分の唇を重ねた。彼女は、それに応じて、舌を差し入れた。そのままそこで、一体になり、喘ぎ声をあげ、激しく動くこととなった。
仰向けになって、手を繋ぎながら、
「愛してあげますわ。撤回しませんわ。」
「最後まで、道連れだ。最後まで、離さないで愛してやる。」
翌々日の朝食の席で、ルシアはしきりに自分の臭いを気にしていた。
「まだ、油臭いですわ。」
ルイスは、無言で笑った。
「王太子様も、奥様も、変なことをするからですよ。」
侍女が、本当に呆れたという表情で、窘めた。




