謹慎生活
北方の辺境といっても、例の浴室を作っていると言っていた王太子ルイスの別邸がある領地であるし、それと隣接してゴール家の領地があるところであり、決して荒涼とした砂漠とか、そんなところではけっしてない。しかも、ルシアが王太子妃になった後に、彼女の財産として譲ることになっていたところであるから、豊かでないはずも、ひどいところでもあるはずはなかった。とはいえ、華やかな王都から、芸術、文化華やかな所から離れており、華やかな社交界もない、大都市もない寂しい、侘しいところではある、たしかに。
しかし、それは人による。幸いなことに、ルシアにも、ルイスにも、そのような感覚はあまりなかった。読書、武術、菜園作り、道具作り、散策の方を好んでいたからだ。今まで都の社交界は、つつがなくこなしていたが、
「実は、苦手だったんだよ。軍務、政務にかこつけて、出来るだけ避けていたんだ。君といられるならというので出た時もあったが。」
「王太子様がおいでになるから、お呼びだからと避ける理由ができた時は、好都合だと、確かに私も思いましたわ。」
“味方を増やすための顔つなぎに、我慢して出ていたのよね。あ、ん、たにざ、ま、あするためにね。”
行動パターンの合う二人は、(他人から見ると)親しげに、仲睦まじく、二人で一日を過ごすのが辺境、謹慎生活の日常だった。他人からは、二人水入らずの新婚生活を楽しんでいるかのように見えた。“仕方がないでしょう!こいつしかいないし、こいつだけが頼りなんだから。まあ、悪くはないのは確かだけど。”
その二人に、対立が持ち上がった。結婚式である。再洗礼に合わせて、近隣の教会で結婚式を上げると、ルイスが言いだしたからだ。洗礼は幼児の時に行われるが、成人となったときに、自分の意志が確立した段階で、あらためて再洗礼を行うこととなっている。だいたい20歳前後が基準になっているが、厳密に定められているわけではなく、早く行ったり、過ぎてから行っても構わない。ルシアのような場合なら、学校卒業して、しばらくしてから行われるのが普通である。ルイスは、軍務の関係で伸び伸びになっていた。今がちょうどいいというわけだ。“再洗礼は、それでいいですけどね…。”
結婚式もついでに挙げることは、ルシアが反対だった。
「謹慎処分の間に結婚式など行っては、不謹慎と非難されますわよ!」
「立会は、神父様と使用人達だけだ、ささやかなものだ。そのようなものなら、同情を誘うことはあっても非難はされまい。私達が、本当に愛し合い、夫婦としての祝福を喜んでいると思ってくれるさ。」
“せめて正式な関係だけは阻止したい…。”
「やはり盛大な式を望むのか?それならば、後日にあらためて行ってもいいしゃないか?」
「そういうことは…、別に望みませんわ。」
「ではいいではないか?それとも、他の男と結婚するために、私とは正式な夫婦にはなりたくないというわけではないよな?」
“そうよ!”
「そ、そんなこと、あ、ありませんわ。ルイス様と夫婦になれて幸せですわ。でも、もう夫婦ですし、今さら正式な式にこだわらなくともいいのではないかと…。」
「なら、別にそれ程こだわらなくともいいだろう。だからさ、再洗礼のついでの簡単な手続きだ。それでも、神の祝福を受けて、正式なものと宣言できるのだから。」
“く、くっそ~!”それ以上反論できなかった。
この地方で比較的大きな教会で、再洗礼と結婚式が行われた。謹慎処分中とはいえ、王太子夫妻の、それである。再洗礼だけでも、教区はハッスルするのに、まして、簡単にとはいえ、結婚式も挙げるのであるから、そのハッスルぶりは倍どころか三乗し、教区をはるかに越えて触れ回るわ、その結果、話題になるわ、近隣の村々からも大挙して見学に集まってくるわで、地方では大いに盛り上がってしまった。二人に、祝福を、子供に、孫に、若い夫婦にと求める長い列すらもできてしまった。婚約破棄後の逃避行に備えて特訓した、平民達への愛らしい、清らかな、聖女のような微笑みが、条件反射のように、炸裂しまくってしまった。受けるのは、感極まった涙を湛えた、喜びの視線の波、波であったが。
「ナバロ!何であんたまで!」
と声が出かかってしまった。名目上では、ルイスの監視役の一人としてやってきた近衛士官である。彼は恋仲の同僚の女士官を連れて、ルイスとルシアの結婚式に、ついでに参加して結婚式を上げたのである。
「王太子様ご夫妻と一緒の結婚式という、この上ない幸運、本当に感激です。」
と二人して涙、涙なのはいい。ナバロは、しかし、ルシアを助ける、彼女の夫候補の一人の近衛士官なのである。もちろん、かなりの身分の貴族である。それが他の女との結婚式を?“それを何で私が祝福してあげなきゃならないのよ!ナバロの浮気者!この泥棒猫!”心の中で叫びながらも、混乱と条件反射で聖女の微笑みでこたえてしまったが。
「二人で、幸せな花嫁になりましょうね。」
と、その女性士官の両手を掴んで、微笑みながら語ってしまった。それは効果てきめんで、彼女を、感激で号泣寸前に追い込んでしまった。
結局、結婚式は、問題視されることはなかったが、国中の新聞だけでなく、海外の新聞にも掲載された。もちろん、国内の新聞はアンダルシア公やナバロも読んだであろう(ナバロは、そもそも共に結婚式を挙げたのだ)し、レムス国王もレムス王国の新聞で読んだはずである。ナバロの場合は、あらためて感動して、涙を流していた。
「謹慎処分中でも、愛睦まじいコリントス王太子夫妻」という見出しの記事を。“あくまでも謹慎処分は受けただけで、王太子夫妻として、国内外で公認されているわけなのね。”そうでなければ、検閲で削られるはず。みんな猿芝居に乗っているのね。”ルシアは、最後の砦が落ちかかっているのを感じた。
それでも、日常は悪くはなかった。
気楽な生活だったし、ルイスは浮気者でも、暴力夫でも、酒浸りでも、浪費家、遊び人でも、仕事ばかりの男ではなかったし、優しく、思いやりのある、過度の束縛もしない男だったから、不快なことを感じはしなかった。公開食事や同行者多数を連れた狩猟などは、ここでもやらざるを得なかったのは苦痛だったが、領地内の管理などは、彼女は以外とやり手であり、嫌いではなかったから、彼を手伝うのも苦痛ではなかった。そして、ついつい流されて、条件反射で彼と寄り添い、仲よさそうに振る舞い、時には夫婦漫才をしてしまい、仲睦まじいを通り越したイチャイチャラブラブバカッブル夫婦視されてしまっている。全ては、逃避行で人々を味方にする、夫候補を攻略する、切り抜ける、戦いなどで有利になるために懸命に努力して身に着けたスキルが全開してしまった結果なのである。
レムス国王、アンダルシア公の結婚の話も飛び込んできた。
“私の婚約破棄がなかったから、レムスと断絶ではないから、ゴール家とつながる婚約者との結婚式は意味があるわけね。アンダルシア公は、混乱がないから立場を強化するために…。”
“その上夜は…,どういう訳よー!”
「奥様。仲がおよろしいのは何よりですが、仲が良すぎると子供ができづらいと申しますから、ほどほどに…。」
と侍女から小言まがいのことを言われる始末で、
“馬鹿、馬鹿~!この淫乱馬鹿女の昨日の夜の私~!”と毎日。




