利害の一致
「イザベル嬢にとっては、単なる利害の一致だろうけどな。」
「利害の一致?」
ルイスの表情は冷めたものになっていた。
「私や君に訴えて、国の改革を実現したい。だから、会いたい。そのために、アンダルシア公は適任だ。アンダルシア公にとっては、イザベルに便宜を図ることで、市民派や改革派に好印象を与え、自分に引き寄せられる。アンダルシア公は、もちろん、彼女に別の意味で特別な好意はもったようだが、それはそれ、これはこれというところだろうね。」
ルイスの説明に、腑に落ちないものを、ルシアは感じた。それなら、アンダルシア公は自分を助けたのだろうか。合わせて、父親も助けている。本来のイザベルは、改革派ではなかったのだろうか?父が改革派?“そもそも、アンダルシア公は改革派?それとも反対?どちらなの?”
「アンダルシア公は、私にしろ、弟、妹にしろ、何もかも上回っている。顔も、笑顔も、人を惹きつけるものも、全て。戦場での武功も、単に演出したというだけのものではない。だから、彼が、国民のどの層にも人気があるのは当然とも言えるがね。それだけに野心は大きい。」
“ああ、彼は自分の支持者、より強い支持者につく、そういう男なんだ。確かにそうね。守旧派でも、改革派、市民団体でもいいのね。”
何となく感じてしまったのは、実際の彼に対する噂を知っていたからである。
「もう私の妻として、イチャイチャラブラブしているルシア嬢は、彼としては価値が低いんだよ。イザベル嬢のほうが今は、ずっと価値が高い、彼にとってはね。」
「そのイチャイチャラブラブとは、どういうことですの?私は…。」
「そうでないと言うのかい?それはがっかりだな。でも、周囲はそう見ているよ、多分。彼も、そう見ているよ、多分、絶対に。」
「今日の私達を見て?」
「まあ、それも。他にもあるさ。この数日間の毎日とかね。」
「は?どうして、彼にそれが分かるのですの?」
「多分、侍女達から情報を得ていると思うよ。スパイがいるというわけではない。出入りの商人とか、買い出し先だとかで、彼女達に話かければ、ふたつ、三つ、情報は得られるからね。」
「え?でも、そこまでして?」
“私に関心が?”少し期待が膨らんだが、
「スキャンダルを掴みたいのさ。王族を貶めるためのね。彼は、その点でも抜かりがない男なんだよ、全く。」
そう言ってから、少し同情するような顔になり、
「君が改革派になれば、ゴール家令嬢としての価値が、高まるだろうね、彼にとっては。ただし、君が私の所を飛び出して彼の元に行っても、そんなスキャンダルは、彼の方で拒絶するだろうね。」
同情するよという顔で、追い打ちをかけるルイスに、憤慨したものの、その説明には納得せざるを得ないとルシアは思った。
「私は、どうすればいいのかしら?」
彼女が窺うように尋ねると、彼は穏やかだが、何かを企むような表情で顔を近づけてきた。
「だから、何度も言っているじゃないか?君をこよなく愛する僕とイチャイチャラブラブすればいいんだよ。」
今日も、打ちのめされた彼女は、彼が、重ねてくる唇を押し返す気力はなくなっていた。そして、また、その夜もベッドの上に押し倒されるのを許してしまった。
「今日も仲よさそうですね。」
「あのルシア様が、あんなに可愛く、甘えられるなんて…、本当に嬉しいことですわ。」
ドアの所で耳をそばだてている侍女達が言い合っていた。
そして、王太子別邸での、初めての公開食事、ルシアにとって、あるいは王太子夫妻として。それに、興味深げな、“観客”達。何が面白くて、随分前から立って待って、他人の食事を見るのだか分からないと腹立たしく思ったものの、自分自身、国王夫妻の公開食事を特等席で視ていたことを思いだした。あの時は、王妃の優雅な動きよりも、見事な卵割にひどく感心したものだった。“私は、どう観られているのかしらね?”とルシアは思った。
狩猟も同様だった。王太子の狩猟場が隣接しているが、二人と共に猟に参加する連中がゾロゾロと従っていた。アンダルシア公とイザベルも参加していた。彼女は、相変わらず、ルイスとルシアと側に来て、国政改革をまくしたてた。アンダルシア公というと、周囲にしきりに愛想を振りまきながら、国政改革を主張する側の支持者であることを吹聴していた。一定以上の参加者達はかなりの金を払わないと参加はできないのは、公開食事と同じだった。その上、獲物の一部も、献上しないといけない。これは、参加者全員だが。そのかわり、その夜、それを素材に使った晩餐会が催される。ただし、これも全員会費の支払いが義務付けられている。あの手この手と金をとる、国の財政難とはいえ、まるで守銭奴だ。アンダルシア公は、しきりに、そのことを皮肉っていた。
ところでだが、公開食事の観客にも、狩猟場でも、晩餐会にも、貴族や有力者と思えない連中も含まれていた。王太子の荘園の住民達である。何人かづつ招いているのだ。それでも、彼らからも、僅かな金を支払わせているのだから呆れるのだが、晩餐会ではそれ以上のものが食べられ、その上お土産がある。公開食事の際は、二人の食べたデザートと同じものが手渡される。狩猟後の獲物の引き渡しでも、彼らでは大抵の場合、基準以下しかとれないので、提供はゼロである。“姑息な住民サービスね。”と、ルシアも、アンダルシア公の皮肉に、同感だった。それでも、彼らをわざわざ近くに呼んで、親しげに声をかけるルイスとともに、彼女はとっておきの笑顔で、同様に親しげに声をかけた。
「実は、私達も近く結婚いたします。」
という若い二人がいた。
「そうか。それは目出度いことだ。美しい奥さんだ、羨ましい。」
「あら、それでは、私はブスだとでも?」
「私にとっては、君が何より一番だよ。」
ルシアは、拗ねる新妻を演じて、猿芝居にのった。
「いえ、王太子妃様は、実にお美しい。」
「もう~。」
若い村娘は、若い恋人の言葉に拗ね、婚約者は慌てて彼女の機嫌を取り始めた。
既に酒も入っているため、それを見て、一同大爆笑、“庶民相手に猿芝居を…。”と思ったものの、笑顔は絶やさなかった。
「では、お恐れながら、二組の新婚夫婦の幸せを祈って!」
乾杯の音頭をとる者が現れて、ルシアも加わっての乾杯となった。
「あなたも幸せにね。」
と若い村娘の手をとって、言葉をかけてやった。彼女は、感激で号泣した。王太子夫妻、ひいては国王夫妻に祝福されての結婚という思い出という恩を与えたのである。
「姑息なことに、私を利用して。」
その夜、ルシアは文句を言った。
「利用した?そうだね、美しい王太子妃の笑顔は効果絶大だからね。」
彼はあっさり認めた。が、
「でも、同時に君のためでもあるんだよ。」
「え?」
あのことで、彼らは心情的に、自分への忠誠心を持つだろう。しかし、そんなのは大したことではない。
「アンダルシア公にとっては、もう君も攻撃的の対象になっているんだよ。分かるだろう?少しでも、少しづつでも、味方は増やしておくほうがいい。」
“アンダルシア公が、私を敵に?”
「もう、君を助けるアンダルシア公も、レルムス国王もいないんだよ。」
「また、子供の頃の戯言を。」
そのままルイスにルシアは抱きすくめられ、ベッドの上に運ばれ、押し倒されてしまった。そのまま、その夜も抵抗できずに、哀れな声を出しまくってしまったのである。




