アンダルシア公がイザベルを連れて?
カルタゴ、アテナイ、スパルタの大使夫妻との、まとめての晩餐会は、この三大国は、先の戦いまで、コリントスを共通の敵とするの同盟国だったから、まとめての晩餐会となったのである。外交辞令的な会話が、大半の場だった。彼らに、ひいてはそれらの国々にルシアが王太子妃であることが、既成事実であることを示されてしまったわけだが、ルシアにとっては直接関係ないこともあって、彼女は和やかに、にこやかに、安心して応対した、さも、仲良さげに。ついでに、ルイスが三国との和平を望む姿勢を積極的に応援している態度も示したのだった。また、“カルタゴは、レムスと同盟を結ぶのよね。昨日の同盟国のアテナイとスパルタを捨てて。”と、三国の大使達が緊密な同盟国然として会話をしているのを、心の中でほくそ笑む余裕もあった。ルイスは、目的達成と喜んでいた。それを“フン”と思って、心の中で大笑いしていたルシアではあったが、レムス国大使夫妻とのお茶会のことが、後になって、この時になって、こちらの方が、彼女にとっての悪影響になることが心配になってきた。
そして、アンダルシア公の訪問。ルシアは、想定外の衝撃を受けた。彼が、イザベルを同行してきたのだ。
アンダルシア公ホアンは、その日の午後、
「来たよ!」
という感じで、来訪した。それが、似合う、許される、そんな感じの男前だった。明るく、親しみやすく、快活な、甘いマスクの美青年、それが現アンダルシア公である。進歩派のシンボルであるとともに、戦場では輝かしい勝利を演出している、実際の功績はともかく。
「アンダルシア公。最近、婚約されたと聞いていたが、そのご令嬢だったかな?」
ルイスは、挨拶が終わり、テーブルの席につくと、わざととぼけた風で、皮肉っぽさ混じりに尋ねた。
「いやいや、私の場合は、王太子様と異なり、婚約したばかりですからね、直ぐに親しくといきませんよ。」
ルシアの方を見て、ニヤリと笑った。“あんたは、私に何て言って…。”と思ったが、
「このような、お美しいご令嬢を連れておられては、婚約者の方に悪いのではありませんか?」
嫌みをたっぷり含んで言ってやったが、彼は、全く動ずることなく、和やかな表情で、
「イサベル嬢とは、このお屋敷の前出会っただけですよ。王太子様と婚約者のルシア様のところにと言われたので、それではと。」
「アンダルシア公。彼女は、王太子妃だよ。」
ルイスが、穏やかだが無表情で言うと、少しだけ不快そうにした。“私に気がある?”
イサベルの方はイライラしているようだった。
「アンダルシア公とは、先程お会いしたばかりです。私が王太子閣下とお話ししたいとお伝えしたところ、快く同行させていただいただけです。」
彼女は、もう我慢できないとばかりに、話し始めた。それは、もちろん国政改革に関することだった。
「そもそも人民は、自らと全体の安全、権利を守るため、君主に自然権の一部を信託したものなのです。君主の行動は、この社会契約に基づいて行使され、制限されるものなのです。現実に、監視、制限するために…。」
“だから、三権分立、国民議会、憲法…。”イサベルの話は熱を帯び、そのつばが、ルシアにもかかるほどだった。アンダルシア公は、和やかなに、満足そうな笑顔で、時折、同意、共感を表す言葉を発した。ルイスはと言うと、言葉を挟まず、無表情で肯くでもなく、首を横に振るでもなく、耳を傾けるだけだった。
「ああ、でも、男女20歳以上全てに選挙権を与えないんだ。」
ルシアはつい漏らしてしまった。イサベルが具体的な提案に入って、国民議会の選挙権を中産階級に与えることを述べた時だった。アンダルシア公は、真っ青になり、イザベルは、驚き、共感を示しながら、戸惑った、不審そうな顔を向けた。“あ、しまった!”と思ったが、すかさずルイスが、
「妻は、全国民の権利、政治参加という言葉の意味を、問うたのだよ。それは何処までなのかね?人それぞれ色々考えがるだろうから難しいだろうが。中産階級と言っても、その定義で狭くも、広くもできるが。」
と穏やかな調子で言った。アンダルシア公は、
「財産を持ち、国に結びつき、関係がある者でなければ、国政に責任がないでしょう。責任がない者に国政の参加はできないでしょう。」
と言ったが、それにはイザベルは不満そうだった。彼女は少し躊躇する風だったが、具体的な提案について、残りを一気に簡単にまくしたてて、現在の問題と施策の必要性に論点を移して、話を続けた。
「でも、国王陛下は、農民の保護のために、訴える制度や利益保護、待遇改善等の勅令を発したのでは?」
ルシアは、“少しは弁護してあげたほうがいいものね。”と思ったまでだった。確かに、先代、現国王はその種の施策を出したことはあるし、ルイスは王太子として、父国王の代理で、その種の施策を幾つも打ち出している。
「それがどれだけ成果が出ていますか?」
とイザベルは、“フン、何が。”という調子だったが、
「全くありませんな。」
アンダルシア公は、彼女以上に断言した。ただし、
「という国民が多いようですよ。」
と付け加えたが。
「あれでも、貴族は大反対、最高司法所は条文受付を拒否、私では認めないということで、度々国王陛下がお体の不調を押して、自ら手続きに出向かれたのだがね。」
溜息をつくように言った。
「ゴール公等が、強く反対したと聞いています。」
イサベルは、ルシアを窺うように見ながら、ポツリと言った。アンダルシア公は、窘めるように彼女を睨んだ。“やっぱり、私を守ってくれる?”イザベルは、それに怯むことなく、イザベルに期待と不審を込めた視線を送っていた。“どうしたらいい?”ルイスに助けを求める訳にはいかないし、父を非難するのも、弁護するのも不味いと思った。父は確かに守旧派の重鎮であるとともに、現実と妥協と国益をわきまえていることは、よく知っていた。
「妻は、王太子妃として、軽々と言えないのだよ。彼女は、王太子妃としての立場を優先し、私の妻としての立場ですら二番目以下なのだよ。」
ここ辺りが潮時かと思ったのか、アンダルシア公は、時間を気にする素振りを演出して、イサベルを促した。不満そうな彼女だったが、それに応じた。しばらく、今日のことに感謝の言葉を交換してから、アンダルシア公とイサベルは立ち去った。彼らが、馬車に乗り込み、出て行くまで見送ってから、
「アンダルシア公は、別の好意もあるようだね。」
「その通りね。」
“う、浮気者~。”頷かざるを得なかった。
「寝取られたかな?」
悪戯っぽく、彼女を見下ろした。
「何を言いたいのですか?どういう意味か、私には分かりませんが。」
「言っていただろ、君が?アンダルシア公も、自分の夫候補だって。」
「全く、いい加減小さな子供の言葉にこだわらないで下さいな。」
“もう馬鹿、馬鹿、子供の私!”




