第25章 油すまし
倉庫の中で、奨たちは息をひそめた。
しばらくして、扉をたたく音が途絶えた……。
「静かになったな……。」
真吾が扉の隙間から外をうかがう。
体育館の方から、誰かが言い争う声が聞こえてきた。
「井上、いい加減にしないか。」
「柳瀬、邪魔をするな。」
井上と向かい合っていたのは、柳瀬信夫だった。
「お前はなぜ、自然とうまくやっていこうとしない。」
柳瀬が静かに問いかける。
「自然……? 妖怪たちをそう呼ぶのか。
妖怪は、人間に害悪を与える存在でしかない。共存など不可能だ。」
「だからと言って排除までする必要があるのか。」
柳瀬は、井上に少しずつ歩み寄る。
「邪魔をするつもりか? やれるものならやってみろ。」
井上が右手の人差し指を柳瀬に向ける。
それを合図に、式神が飛びかかった。
「ちくしょう。邪魔だ!」
柳瀬は飛びかかってきた式神を腕で払いのけた。
紙の鳥は床に転がる。
柳瀬は平然としている。
少なくとも、人間には電撃のような衝撃はないらしかった。
倉庫の中では、誰も動かなかった。
いつもなら張り合っている景吾と小塚も、今は黙って扉の隙間から外をうかがっていた。
河田が低い声でつぶやいた。
「柳瀬さん、一人じゃ無理だよな……。」
誰も答えなかった。
そのとき、山倉が急に立ち上がった。
「まだ方法はある。」
山倉は体育館倉庫の窓を開けた。
しかし、窓の外にも結界が張られていて、外へ出ることはできない。
「体は無理だが……声なら……。」
山倉は、窓の外に向かって叫んだ。
「おーい! 助けてくれー!」
その声は、近くの山に反響した。
「誰だ。大きな声を出すんじゃない!」
誰かが叫びながら近づいてくる。
「油谷さん!」
それは用務員の油谷だった。
油谷は、体育館の窓から覗いている山倉達に気づいた。
「お前ら、そんなところで何やってるんだ?」
「ここから出られないんです。」
油谷が窓に手を伸ばす。
「なるほど。結界か。」
油谷は結界に沿って指を走らせた。
指先が透明な壁をなぞるたび、空気がかすかに波打つ。
「なかなか本格的な結界だな……。」
「油谷さんも、妖怪なんですか!?」
「そうだ。俺は油すましの末裔だ。」
「お願いします。今すぐ、俺のひいおばあちゃんを呼んでください。」
「八百比丘尼様か。」
「はい。」
「よし、わかった。」
油谷は、空に向かって指笛を吹いた。
しばらくして、一羽のカラスが舞い降りてきた。
「八百比丘尼様のところへ頼む。」
油谷がカラスに何やら囁くと、カラスは羽ばたき、西の山へ向かって飛んでいった。
井上と柳瀬の言い争う声は、まだ体育館の中に響いていた。
【次回予告】
「第26章 百鬼夜行」
「さて、そろそろ仕上げに入りますか。」
追い詰められた奨たち。
そのとき、奥多摩の空が闇に包まれた。
鵺、天狗、河童――八百比丘尼の呼びかけに応え、妖怪たちが集結する。
人間と妖怪の運命を懸けた戦いは、ついに最終決戦へ!
果たして、奨たちは井上を倒すことができるのか――。




