第22章 生徒会長選挙
12月――東京都立氷川高校の生徒会役員選挙。
全校生徒90名の小さな学校だが、伝統的に生徒会長選挙は盛り上がる。
毎年、校内を二分する選挙戦になるのだ。
今年の生徒会長候補として有力視されているのは、2年生の大口景吾。
現生徒会長・大口真吾の弟である。
そして、もう一人が同じ2年生の小塚俊介。
大口真神と稲荷神。
つまりこれは、オオカミとキツネの代理戦争でもあった。
正式な告示前だというのに、校内にはすでに、
〈景吾を生徒会長に!〉
〈自由な学校を!〉
といった手書きのポスターやビラが出回っていた。
毎日のように、両陣営による引き抜き合戦が繰り広げられていた。
とある日の放課後。
奨は下駄箱の前で、大口景吾に呼び止められた。
「渕上。」
「はい。」
「生徒会に入らないか。」
あまりにも単刀直入だった。
「え?」
「兄さんから話は聞いている。お前は面白い。」
景吾は腕を組んだ。
「これからの学校には、お前みたいな人間が必要だ。」
奨が返事に困っていると、
「おいおい。」
背後から聞き覚えのある声がした。
振り返る。
小塚俊介だった。
「人が目をつけてた1年生を勝手に勧誘しないでくれる?」
景吾は露骨に顔をしかめた。
「お前には関係ない。」
「大ありだよ。」
小塚は奨の肩に腕を回した。
「渕上君。うちに来ないか?」
「うち?」
「校内の自由と平和を愛する、小塚会長の生徒会だ。」
景吾が鼻で笑う。
「キツネ風情が。お前のところは詐欺師集団だろ。」
「ふん。」
小塚も負けていない。
「オオカミに言われたくないなあ。奥多摩の山で威張っているだけの連中が。」
2人は睨み合う。
奨は、その間で立ち尽くしていた。
翌日。
奨は河田を見つけるなり聞いた。
「河田さん。どうしたらいいと思います?」
河田は購買のパンをかじりながら答えた。
「知るか。」
「え?」
「この間も言ったろ。」
河田は面倒くさそうに肩をすくめた。
「自分で決めろって……。」
それだけ言うと、河田は去っていった。
選挙戦は日を追うごとに熱を帯びていった。
ある日の昼休み、ついに両陣営が激突した。
3階の図書館前の廊下。
景吾たちが取り巻きと歩いてくる。
ちょうど曲がり角には、小塚たちがたむろしていた。
双方は、そのまま睨み合う。
景吾が静かに言った。
「君たち、道をあけたまえ。」
小塚は壁にもたれたまま答える。
「通りたきゃ端を歩けば?」
景吾は呆れたようにため息をついた。
「秩序というものを理解していないな。」
「秩序。」
小塚が笑う。
「狼が群れを支配したいだけだろ。」
次第に周囲へ人だかりができてくる。
ギャラリーが増えるにつれ、両陣営ともヒートアップしていった。
やがて口論は押し合いと変わる。
そのときだった。
小塚派の一人がよろめき、1年生の女子生徒にぶつかった。
「きゃっ!」
女子生徒の足が階段から外れる。
体が宙に傾いた。
「危ない!」
誰かが叫んだ。
奨は迷わず飛び出した。
階段を駆け上り、落ちかかる女子生徒を抱き留めた。
「大丈夫か?」
女子生徒は青ざめた表情でうなずく。
「う、うん……。」
奨は彼女を立たせると、階上を見上げた。
景吾と小塚。
そして両陣営の生徒たち。
全員がこちらを見ている。
「やめろよ!」
廊下が静まり返った。
「生徒会長になりたいんだろ?」
奨は声を張り上げた。
「だったら、まず目の前の人を守れよ。」
誰も言い返せなかった。
景吾も。
小塚も。
ただ黙って立ち尽くしている。
そのときだった。
奨は後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、そこには隠神がいた。
「よく言った。」
隠神は腕を組んだ。
「生徒会長に必要なのは、狼のような力でも、狐のような知恵でもない。」
隠神は、ゆっくり奨を見た。
「困っている奴を放っておけないことだ。」
景吾が眉をひそめた。
「何が言いたい。」
小塚も目を丸くする。
「まさか……。」
隠神は周囲を見回した。
「今、あいつを助けたのは誰だ?」
誰も答えない。
「景吾か?」
「……。」
「小塚か?」
「……。」
隠神は奨を指差した。
「渕上だ。」
奨は嫌な予感がした。
隠神が、にやりと笑う。
「渕上。お前が出ろ。」
「ええええっ!?」
翌週。
体育館で生徒会役員選挙が行なわれた。
その結果――
渕上 奨 33票
大口 景吾 29票
小塚 俊介 28票
選挙管理委員の生徒が高らかに宣言する。
「以上の結果により、次期生徒会長は1年・渕上奨君と決定しました!」
体育館に拍手が響いた。
「負けたか……。」
景吾が悔しそうにつぶやく。
「マジかよ……。」
小塚もショックを隠せない。
「それでは、新生徒会長の挨拶です。」
奨は半ば押し出されるように壇上へ上がった。
全校生徒の視線が集まる。
奨はしばらく考えた。
「えっと……。」
沈黙。
「みんな仲良くしましょう。」
再び沈黙。
「以上です。」
体育館の後方で河田がつぶやいた。
「ひでえ演説だな。」
隠神が苦笑する。
「でも、あいつらしい。」
涼子も呆れたように肩をすくめた。
「それで勝っちゃうんだからねえ。」
その喧騒を、体育館の入り口から見つめる影があった。
井上礼二郎。
黒いスーツの男は、静かに目を細める。
「なるほど……。」
小さくつぶやいた。
「狼も狐もまとめ上げたか。」
懐から一枚の白い呪符を取り出す。
「渕上奨……危険な男だ。」
井上は呪符に目を落とした。
「どうやら、ここらが潮時だろう。
これ以上放置すれば、妖怪たちが群れを作る。」
そう言うと、誰にも気づかれないように体育館の入り口に呪符を張り付けた。
呪符は、かすかに青白く光った。
「――準備は整いました。」
【次回予告】
「第23章 結界」
生徒会長選挙が終わった、その直後。
体育館は、見えない結界によって閉ざされた。
閉じ込められたのは――妖怪の血を引く者たち。
「始めましょう。」
陰陽師・井上礼二郎が放つ式神が、ついに牙をむく。




