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妖怪たちの黄昏-森と人間のあいだで―  作者: 智沢蛸


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第19章 狐と狸

「大口(おおくち)と何をしゃべっていたんだ?」


突然、後ろから声がした。

奨(しょう)が振り返る。

いつの間にそこにいたのか、

一人の男子生徒が、生徒玄関の柱にもたれかかっていた。


細身。

どこか人懐っこい笑み。

だが、その目だけは妙に鋭い。


「……小塚(こづか)先輩?」


小塚は軽く手を挙げた。


「大口の奴、また俺の悪口言ってた?」


奨は返事に困った。

小塚は、そんな反応を見て面白そうに笑う。


「まあいいや。」


そう言うと、小塚は奨の顔を覗き込んだ。


「君も妖怪探ししてるんだって?」


奨は少し迷った末、思い切って聞いた。


「……小塚先輩も、妖怪なんですか?」


小塚は露骨に眉をしかめた。


「失礼だな。」


そして、胸に手を当てる。


「神と言ってくれ。」

「神?」

「俺の先祖は稲荷神だ。」


どこか芝居がかった口調だった。


「そこらの妖怪とは格が違うんだよ。」


奨は思わず苦笑した。


「大口先輩も、似たようなこと言ってました。」

「あいつが?」


小塚は鼻で笑った。


「奥多摩の山で威張ってるだけの田舎オオカミじゃないか。」


その言い方には、はっきりと棘があった。


「まあ、君なら誰につくべきか、わかるだろうさ。」

「誰につくって……。」

「簡単な話だよ。」


小塚は奨の肩を軽く叩いた。


「この学校の妖怪たち、みんな大口にビビってる。あいつ、自分がここのボスだと思ってるだろ?」

「……。」

「そういう奴が、一番面倒なんだよ。」


小塚は軽く手を振るった。


「じゃ、また。」


そう言うと、そのまま校舎の中へ消えていった。

奨は深く息を吐いた。



「……キツネにオオカミか。」


振り向くとそこには、壁にもたれかかる河田(かわだ)の姿があった。


「河田さん……いたんですか。」

「最初からな。」


河田は面倒くさそうに頭をかいた。


「どっちもどっちだよ、あんな連中。」

「河田さんは、どちら側なんですか?」

「俺か?」


河田は鼻で笑った。


「俺はどっちでもない。群れたい奴は勝手に群れていればいいさ。」


そう言うと、奨の顔をじっと見つめた。


「お前がどうするかは、お前自身で決めろ。」



その日の放課後だった。

奨は美術部の活動を終え、廊下を歩いていた。

帰りがけに音楽室へ寄って、涼子(りょうこ)に声をかける――

いつもの流れだ。


廊下を曲がれば、すぐ音楽室――

そのはずだった。


「……?」


本来なら、すぐ突き当りになるはずだった。

だが、その先にはまだ廊下が伸びている。


「……どういうことだ?」


そのまま廊下を進む。

すると、先ほど出てきたはずの美術室の前を、もう一度通り過ぎた。

奨は立ち止まる。


今度こそ曲がれば音楽室――


だが。

また廊下が続いている。


「……っ。」


今度は小走りで角を曲がる。


また廊下。

また曲がり角。

また同じ景色。


(……何が、起きているんだ。)


そのときだった。


「はいはい、おしまいおしまい。」


突如、声が響いた。

次の瞬間、目の前には音楽室の扉があった。


「おい、1年生いじめるんじゃねえよ。」


奨が振り返る。

そこには、2人の男子生徒が立っていた。

1人は小塚、もう一人は、丸顔で小太りの少年――2年生の隠神(いぬがみ)だった。


隠神は奨に気づくと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんな。こいつの悪い癖なんだよな。」

「うるせえな。」


小塚は笑う。


「教育だよ、教育。あんまり調子に乗るなよ、タヌキ風情が。」

「はいはい。どっちも偉い偉い。」


隠神は呆れたように言うと、小塚の腕を引っ張った。


「ほら行くぞ。」

「えー。」


子供みたいな声を上げながら、小塚は引きずられていく。

去り際、隠神が振り返った。


「まあ、気にしないでやってくれ。」


2人が去った後、奨はその場に座り込んだ。


「ふう……。」

「あれ奨、なにしてんの?」


音楽室の扉が開き、涼子が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

【次回予告】

「第20章 熊」


「……やだ。私、何したの……?」


森林保全ボランティアの最中、影ヶ沢の山に現れた一頭の熊。

山彦の声も、鎌鼬の刃も通じない。

絶体絶命のその瞬間、誰も知らなかった涼子の力が目を覚ます。

凍りついた熊を前に、奨たちは初めて知る。

幼なじみが隠していた、本当の正体を。

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