第18章 狼
ある日の昼休みだった。
1年生の教室に、ざわめきが広がった。
「あ、生徒会長。」
「なんで1年の教室に?」
教室の入り口に立っていたのは、3年生の生徒会長・大口真吾だった。
長身。
鋭い目つき。
制服を着崩しているわけでもないのに、妙な威圧感がある。
その姿を見ただけで、教室の空気が少し変わる。
騒いでいた生徒たちも、自然と声を潜めていた。
大口は、教室の中をゆっくり見渡す。
そして、まっすぐ奨を見た。
「渕上奨。」
教室の空気が、さらに張り詰める。
「……はい。」
「ちょっといいかな。」
有無を言わせない口調だった。
奨は周囲の視線を感じながら立ち上がった。
後ろの席では、涼子が不安そうな顔をしていた。
「奨……。」
小さな声が聞こえたが、奨は振り返らなかった。
大口は奨を、生徒玄関の脇の人気のない場所まで連れていった。
秋めいた風が、木々を揺らしている。
しばらく、大口は何も言わなかった。
ただ、奨をじっと見ている。
やがて、大口が口を開く。
「お前、最近妖怪を探してるんだって?」
奨の肩がわずかに強張った。
「誰から聞きました?」
「みんなからだよ。」
大口は平然と言った。
「噂になるには十分派手に動いてる。」
奨は思わず口をつぐんだ。
確かに、最近の自分は目立ちすぎていたのかもしれない。
「お前、八百比丘尼の曾孫なんだってな。」
「知ってたんですか。」
「まあな。」
大口は続けた。
「八百比丘尼が、伝説の人魚なのは確かだ。」
そこで、一度言葉を切る。
「だが、それだけで妖怪の世界を知った気になるな。」
奨は眉をひそめた。
「何が言いたいんですか。」
大口は、ゆっくり笑った。
「俺は、大口真神の末裔だ。」
「大口真神……。」
「御嶽神社の祭神だよ。」
大口は当然のように言った。
「山を守る狼の神――って言えば、わかりやすいか。」
その瞬間、大口の目が一瞬獣のように鋭く光った気がした。
「奥多摩の山は、もともと俺たちの縄張りなんだ。」
静かな声だった。
だが、人間ではない何かが喋っているような迫力があった。
「だから、お前みたいな奴が、軽々しく首を突っ込むな。」
大口は、一歩近づいた。
「妖怪ってのはな、仲良く手を取り合って生きてるわけじゃない。
縄張りもある。力関係もある。知らなくていいこともある。」
そして、声を落とした。
「これ以上、調子に乗ると痛い目を見るぞ。」
奨は何も言い返せなかった。
しばらくして、大口はふっと表情を緩めた。
「まあ、俺の言う通りにしていれば何も問題ない。」
そう言うと、思い出したように付け加える。
「そうだ。2年の小塚には気をつけろ。」
「小塚さん?」
「あいつはキツネだ。」
大口は、露骨に嫌そうな顔をした。
「あまり信用するな。」
そう言い残すと、大口は背を向けた。
去っていく背中は、山の獣のようだった。
【次回予告】
「第19章 狐と狸」
「……どういうことだ?」
終わらない廊下。
繰り返される景色。
それは、狐が仕掛けた小さな悪戯だった。
狼に続き現れた狐。
そして、それをたしなめる狸。
妖怪たちの世界は、まだまだ奥が深い。




