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妖怪たちの黄昏-森と人間のあいだで―  作者: 智沢蛸


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第17章 山彦と鎌鼬

翌日。

奨(しょう)は音楽室の前を通りかかった。

中から、男子生徒の歌声が響いている。


奨は、そっと音楽室を覗き込んだ。

ピアノの伴奏に合わせ、合唱部の山倉(やまくら)大河(たいが)が歌っている。

高い天井。

古びた木の床。

夕暮れの光。


その中心で歌う山倉の声は、不思議なほど伸びていた。


そのとき、開け放した窓から風が吹き込んだ。

山倉の前の楽譜が煽られて飛ぶ。

その一枚が、奨の目の前に落ちた。

奨は拾い上げた。


「山倉さん、これ。」

「おう、ありがとうな。」


楽譜を受け取った山倉の指先に触れた瞬間、

違和感が奨の指先に伝わってきた。


「山倉さん……。」

「どうした。」


奨は、山倉の顔を見た。

聞くべきか、どうか。

だが、ここまで来て、引き下がるわけにはいかない。


「山倉さんって、妖怪なんですか?」


数秒の間、

山倉はぽかんと奨を見つめた。

次の瞬間、吹き出した。


「何だよそれ。」

「俺も、そうなんです。」


その言葉に、山倉の笑いが少し止まった。


「……へえ。」


頭をかく。


「そういや、じいちゃんがそんなこと言ってたな。」

「え?」

「なんでも、うちの先祖は『山彦(やまびこ)』なんだってさ。」


奨は思わず身を乗り出した。


「じゃあ、本当に?」

「さあな。」


山倉はケロリとしている。


「でも、声がデカいのは昔からだ。」


そう言って、山倉はふざけ半分に廊下の奥に向かって叫んだ。


「おーーーい!」


その直後だった。


「おーーーい!」


同じ声が返ってくる。

奨はぎょっとした。


「え?」


廊下には誰もいない。

山倉は悪びれもなく笑った。


「まあ、こんな感じ。」


土田(つちだ)とは違い、山倉はどこか気楽だった。


「でもさ。」


山倉は窓の外を見ながら言った。


「山ん中行くと、たまに変な声が返ってくることあるんだよな。」

「変な声?」

「俺じゃない声。」


そのときだけ、山倉の笑顔が少し曇った。


「だから、じいちゃんは“山ではあんまり叫ぶな”って言う。」


奨は、少しだけ背筋が寒くなった。



さらに数日後。

奨は、美術室で片付けをしていた。

放課後の美術室には、絵の具と木材の匂いが混じっている。

窓の外では運動部の掛け声が響いていた。


そこへ、手芸部の1年生・三枝(さえぐさ)杏奈(あんな)がやって来た。


「大きな鋏、借りてもいい?」


奨は棚から鋏を取り出した。

それを渡そうとした瞬間だった。

三枝の指が動く。

細い指先。

だが、その動きが、妙に鋭い。

鋏が、まるで吸い寄せられるように彼女の手に収まった。


「……。」


三枝が、その視線に気づく。


「何?」

「三枝さんって……。」


奨が言いかけると、三枝は露骨に嫌そうな顔をした。


「妖怪なんだね。」


三枝は深くため息をついた。


「……おばあちゃんに、絶対黙ってろって言われてるんだけど。」


そう言いながら、器用に鋏を回す。

銀色の刃が、指の間でくるくる踊った。


「私には“鎌鼬(かまいたち)”の血が流れてるんだって。」

「そうなんだ……。」

「驚かないんだね。」


三枝は近くにあった布切れを机に置いた。

そして、鋏を軽く振った。

次の瞬間。

布が、音もなく真っ二つに裂けた。


「今の……。」

「だから嫌なんだよ。」


三枝は、小さくつぶやいた。


「切れちゃうんだよ。」

「え?」

「布も、紙も……。気を抜くと、勝手に。」


三枝は鋏を見つめた。


「だから――

普通に暮らしたいの。」


そう言って、鋏を抱えたまま足早に美術室を出ていった。

奨は、切断された布をしばらく見つめていた。



夕方。

奨が廊下を歩いていると、後ろから涼子(りょうこ)が声をかけてきた。


「奨さぁ、最近ちょっと変だよ。」

「何が?」

「本気で妖怪探してるみたいで。」


奨は少し黙った。


「だって、本当にいるんだよ。」


涼子は呆れたように笑った。


「そんなわけないじゃん。」

「普通に人間として暮らしてるんだよ。」

「だったらなおさらじゃん。」


涼子は立ち止まった。


「普通に生きてるんだったら、それでいいじゃん。」


奨は答えられなかった。

夕暮れの窓ガラスに、自分たちの姿がぼんやり映っていた。

【次回予告】

「第18章 狼」


「これ以上、調子に乗ると痛い目を見るぞ。」


妖怪の末裔を探す奨の前に現れたのは、 狼神・大口真神(おおくちのまかみ)の血を引く生徒会長・大口(おおくち)真吾(しんご)。


妖怪にも、縄張りがある。

妖怪にも、敵同士がいる。

そして、大口は意味深な警告を残す。


「キツネには気をつけろ。」

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