第10章 マーマン
第10章 マーマン
多摩地域高校新人水泳大会が、都下のプールで開催された。
奨もまた、都立氷川高校水泳部の助っ人として、その大会に参加していた。
出場するのはメドレーリレー。
奨はアンカーの自由形を任されている。
奨以外は全員が上級生で、河田以外は普通の人間らしかった。
第1泳者は、背泳ぎの河田。
第2泳者は平泳ぎ。
第3泳者はバタフライ。
そして、第4泳者が自由形の奨。
4人は予選を難なく勝ち上がった。
準決勝をトップでゴールした奨を、仲間たちが出迎えた。
「さすがだな奨。」
河田が奨の肩を叩いた。
そして、耳元で声をひそめる。
「……人魚の血は伊達じゃないな。」
決勝戦は午後に行なわれた。
決勝進出は8チーム。
いずれ劣らぬ強豪校揃いだ。
奨は、いまさらながら場違いな気分になった。
遅れて最後に入って来たチームに、思わず目を奪われた。
多摩国際学院。
いかにも強豪らしく、選手たちはみな鍛え上げられた体つきをしている。
その中にひとり、日本人離れした風貌の少年がいた。
背が高く、金髪で、肌の白い少年だった。
「多摩国際、外国人いるじゃん。」
「あれ、ずるくね?」
そんな声が、他のチームからも聞こえてくる。
だが奨は、それとは違う違和感があった。
数週間前、八百の手を取ったときのあの感覚に、どこか似ている。
奨は河田に近づき、声をひそめた。
「河田さん……あのチーム。」
「ああ。お前も気づいたか。」
河田の目が細くなる。
「あの中に、いるな。」
「あれって、まさか。」
「間違いない。妖怪だ。」
「外国にも妖怪いるんですか?」
「そりゃあいるさ。」
河田は小さく笑った。
「日本だけだと思ったのか?」
奨はもう一度、彼らの方を見た。
さきほど目を引いた金髪の少年と目が合う。
奨の視線に気づくと、彼はにこっと微笑んだ。
やがて、レース開始の時間となった。
第1泳者は、背泳ぎの河田。
――俺は水を読むのが得意だからな。
そう豪語するだけあって、河田の泳ぎは速いというより、うまかった。
水面のわずかな揺れを利用するように、無駄なく進んでいく。
氷川高校は、一気にトップに躍り出た。
第2泳者は平泳ぎ。
第3泳者はバタフライ。
2人は妖怪ではない、普通の人間だ。
じりじりと差を縮められたものの、それでも首位は守った。
そして、アンカー。
自由形の奨の番だった。
(いける。)
奨は好調なスタートを切った。
水をかくたびに、体が前へ前へと進んでいく。
だが、やや遅れて飛び込んだ多摩国際のアンカーが、猛烈な勢いで追い上げてきた。
先ほど奨に微笑んだ、あの金髪の少年だ。
速い。
あっという間に、彼は奨に追いついた。
横並びになった瞬間、2人の目が合う。
次の瞬間、彼は奨を抜き去った。
そのまま大差をつけて、ゴールする。
(……負けた。)
息を切らしながら水面から顔を出した奨は、彼の方を見た。
目が合うと、少年は先ほどと同じように、にっこりと笑った。
試合後、奨が着替えのために更衣室に入ると、
その金髪の少年が一人でそこにいた。
奨は思わず声をかけた。
「……すごかったよ。」
「ありがとう。君こそ、すごく速かった。」
その見た目に反して、流暢な日本語だったので、奨は少し戸惑った。
やがて、他の選手たちが更衣室に入ってくる声がした。
奨は彼に近づき、声を落とす。
「氷川高校1年の渕上奨です。」
「俺は、多摩国際2年のキース・マーレイ。アメリカから来た。よろしく。」
キースは手を差し出して来た。
その手を握った瞬間、奨ははっきりと感じた。
指先に、冷たい水が流れ込んでいるような感覚があった。
奨は彼に顔を近づけ、さらに声を落とした。
「君も、妖怪なの?」
「妖怪?」
彼は一瞬きょとんとした顔をした。
だが、すぐに意味を理解したように、小さく笑った。
「そうか。日本では、そういう言い方になるんだな。」
そして、同じように声を落とす。
「俺は、マーマンだよ。」
「マーマン?」
「半魚人のことさ。
……ところで、君は?」
「人魚です。」
「そうか。なるほどね。」
キースは納得したようにうなずいた。
「向こうにも多いの?」
「何が?」
「人間以外の存在。」
「俺は3歳から日本だから、アメリカのことはよく知らない。
でも、インターナショナルスクールには何人かいるよ。」
「え?」
「ネパールの雪男とか、
狼男とか吸血鬼もいるな。」
「……そうなんですね。」
奨は思わず、うつむいた。
自分の知らない世界が、まだこんなにあるのか。
「じゃあ。また、会おう。」
キースは軽く手を上げると、更衣室を出ていった。
【次回予告】
「第11章 妖怪講座」
探求の時間の講師として教壇に立ったのは、
夏休み中に奥多摩で出会った文化人類学者・柳瀬信夫だった。
「妖怪は、人間社会のどこかで今も生きているのではないか。」
穏やかな講演の裏で、生徒たちを見渡す柳瀬の鋭い視線。
――あの人は、探しているんだ。
その視線は、やがて奨へと向けられる。
人間と妖怪を巡る、新たな謎が動き始める。




