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養子のオーク  作者: 猫殿
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6. 魔法使い


  騎士団の訓練後、私は兄に呼び出され執務室に来ていた。兄の執務室に入ったのは騎士団に入団した時の一度だけだ。それがいきなり呼び出しとは。私は何かやらかしてしまったのだろうか。


 「お久しぶりです、兄上」

 「あぁ」

 

 返答はそっけなく短い。仕事の途中なのか、書類から目を上げることもしなかった。


 久々に会った兄は既に父と似たような風格を持っている。だが後ろにピシリと撫で付けたススキ色の髪と眼鏡越しに覗く鋭い目つきは父よりも恐ろしい。


 「今日はどのようなご用件で……?」

 

 父と話す時の方が気楽だ。兄は子供の時から私のことを遠くから静かに見ているような人だった。敵意も感じなければ優しさも感じたことはない。ただコーニッシュ家として恥ずかしい行動を取るとひたすら静かにこんこんと詰められたものだ。


 「コーニッシュ家から籍を抜け」


 言われた意味がわからずに思考が停止する。


 「……えぇと……?」

 「上官からの命令にも同じように反応しているのか?一回で言われたことを理解するのがそんなに難しいか」


 相変わらずの厳しさに脳が徐々に動き始めた。籍を抜けと言ったのか、この人は。いきなり足元のハシゴを外されたような感覚に襲われ、床がグラリと揺れたような気がした。


 「……父と母は、何と?」

 「あの2人が許すはずがないだろう。自分から言いに行け」


 要は、自分から去れと言うわけだ。私が18になったから良いタイミングだと思ったのだろう。自分から言いに行かせるとは、残酷ではないか。そう思ったが、私に結婚の予定があるわけではない。自分から出ていくのが最善手だ。頭では理解できたが、心臓に隙間風が吹いたように心が寒くなる気がした。


 「……わかりました。近日中に両親……コーニッシュ夫妻に伝えに行きます」

 「手続きはこちらで進めておく。そこは心配するな」

 「……ありがとうございます。これまで……沢山のご指導ありがとうございました」


 深く頭を下げる。いくら子供の頃から冷たくされていても、彼の指導あっての今の私だ。感謝しているのは本心だった。

 

 「カイは最近どうしてる」


 軽く書類から目を上げたアントンがこちらを見る。


 「カイ、ですか?まぁ、元気そうだと思いますが……」


 なぜ今カイの名前が出るのだろう。


 「全くあいつは……」


 もう出ていけ、と執務室から追い出された私は頭にはてなを浮かべたまま自室へと戻った。




 *****



 「はぁー!?何それ!?」

 「ちょっとジーナ、声が大きい」


 訓練終わりの談話室にジーナの声が響いた。


 「いきなり籍抜いて家から出てけって?酷すぎない?」

 「良いんだよ。もう家に帰る回数も少なくなってたし。会えなくなる訳じゃないしね」

 

 言葉では強がりながら、自然とため息が漏れる。家族で無くなれば今以上に会える回数も減るだろう。だがいつかはそうなると分かっていた。オークの私がこの年まで人間の兄弟と変わらない愛を注がれて育てられた事が奇跡だったのだ。


 「こんばんは〜。ロウサ・コーニッシュさん?お手紙です」


 郵便課のお兄さんが談話室の入り口に現れ私に封筒を手渡した。


 また母からの手紙だろうか、そう思って裏返した封筒にはルトフリート・シドンズと記名されていた。聞いたことのない名だ。


 「シドンズ……?どこかで聞いたことあるような……」


 横からジーナが手紙を覗き込みうーんと唸る。


 「あ、シドンズってあの有名な魔法使いのお家じゃなかったっけ?」

 「そうなの?魔法使いが私に手紙ってなんだろう」


 もしや手紙自体に魔法がかけられていないだろうな、と私は恐る恐る封筒を開けた。


 「……イタズラかな……。うん、そう言うことにしよう」


 見なかったことに、と手紙を封筒の中に戻す。


 「ちょっと、何が書いてあったのよ?見せて!」


 ジーナに催促され、数瞬悩んだ後に封筒を手渡した。


 「……うーーーんこれは……無視した方が厄介なことになりそう」


 ジーナも私と同様渋い顔をしていた。


 手紙の内容は、私に求婚を申し込む、と簡潔に書かれたものだった。


 

******



 兄の仕事の早さは文官たちの折り紙付きで、私がコーニッシュ家から籍を抜く準備はあっという間に整った。後は両親に話をしに行くだけだ。


 休みが二日続けて取れた日に私は久しぶりに実家へと帰った。

 

 「珍しいわね、年始以外に帰ってくるなんて」

 「うん、ちょっと話したいことがあって」


 お茶を用意する母がニコニコと嬉しそうにしている。鼻歌でも歌い出しそうなほどだ。これから話すことを思うと気が重い。


 「父さん仕事は?」

 「最近はそこまで忙しくないからな、ゲントに任せて帰ってきた」


 ゲントさんの渋い顔が容易に想像できた。申し訳ない。


 「それで話したいことって?」


 母がお茶を啜りながら私に尋ねた。


 「えっと……ちょっと急な話なんだけど、私コーニッシュ家から籍を抜こうと思って」


 父と母の動きが同時に止まった。


 「……冗談でしょう?」

 「なんでだ」


 2人からの圧に慌て、道中考えていた言い訳を口早に話す。


 「ほら、私も良い年だし。もう騎士としても十分働けてるから」

 「もしかして、縁談の話があるとか?」


 母が目をキラリと輝かせた。


 「なっ……いことはないけど……」


 先日届いた一通の封筒を思い受けべる。あの手紙が本物なのかどうかも分からなかったが、両親からすれば縁談の話があった方が、ただ単に家族では無くなるより安心するだろう。


 「そうなの……あの小さかったロウサが……」


 目に涙を浮かべた母は父の服の裾を掴んでズビズビと鼻水を擦り付けた。


 「あ、おいコラ。やめんか」


 怒っている風だが父も満更ではなさそうにしている。


 「だが何で婚姻が決まってから籍を抜かないんだ?」

 「えぇと、向こうの意向なの。だから結婚自体は遅くなるかも。式を上げないかもしれないし」


 自分でもお粗末な嘘だとは思う。だが両親を過度に心配させたくはなかった。


 「そう……お相手は誰なの?」

 

 当然の質問だ。どう答えようか。


 「優しい人だよ。また色々決まったら連絡するから。でも、帰ったらすぐに籍を抜くから、私がコーニッシュ家の子供として2人に会うのは今日で最後だと思う」


 母の目から涙がポロポロと溢れた。私も堪らない気持ちになったが、拳に力を入れて我慢した。悲しい別れにしたくはない。


 「これまで、育てて頂いて、沢山の愛情を注いで頂いて、本当にありがとうございました。大したお返しも出来ずに、申し訳ありません。これからもお二人の幸せと、ご健勝をお祈りいたします」


 座りながら深く頭を下げた。


 「何よ、今生の別れじゃないんだし、やめてよもう」


 涙で顔をくしゃくしゃにした母が父をバシバシと叩く。父は何かを察しているのか、目を赤くして私を見つめていた。


 「……お前が……自分で決めたことなんだろ。それに口は出さないが……籍を抜いたからと言ってお前が家族で無くなる訳じゃない。困ったらいつでも帰ってきなさい」


 俯いた先の床に、雫が一粒ポトリと落ちた。



******



 「あにう……アントン殿。これはどう言う事でしょうか?」

 

 ソファの向かいに座る“元兄”とその隣に居る男を交互に見る。


 「……彼がお前に結婚の申し込みをしたルトフリートだ」

 「お初にお目にかかります」


 優雅に礼をしたのは黒髪を長く伸ばした立派な体躯の男だ。この人が、と私は繁々とルトフリートを眺めた。失礼だと言う自覚はあったが、魔法使いを見たのも初めてだったのだ。少しは許して欲しい。


 彼は魔法使いと言うより、騎士団に所属していると言われた方が納得できるほどに体格が良かった。アントンもフォルカーに似て体は大きい方ではあるが、そのアントンより大きい。顔つきも彫刻のように堀が深かった。


 「……初めまして。ロウサと申します」


 頭を下げた私をルトフリートは満足げに眺めた。


 「コーニッシュ家から籍を抜いたそうだね?」

 「えぇ。……あの、なぜ私にあんな手紙を?」


 アントンとルトフリートがなぜ並んで座っているのかも今だに飲み込めていないのだが。


 「それはもちろんあなたと結婚したいと思ったからだ。美しいオーク殿」


 笑顔を向けられるが、作られたような顔に背中が薄寒くなる。


 「建前は結構です。何が目的ですか?」


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。体が目の前の男は危険だと警鐘を鳴らしている。


 「おやおや、釣れない。私は良いタイミングだと思っただけだよ」

 「タイミング?私がコーニッシュ家から外れた事ですか?」

 「あぁ。今のあなたはただのロウサだ。私との婚姻に意義を唱える親族は居ない。そうだろう?」


 この男は一体何がしたいのだろうか。私と結婚することで彼に何かメリットがあるのか?渋い顔をしているアントンをチラリと見た。彼にしては珍しく、失敗した、とばかりに頭をポリポリ掻いている。


 「カイめ。あれだけ大口を叩いていたくせに……」


 何やらぶつぶつと呟いているが、私には何の事だか一向に理解が出来ない。


 「もし私がお断りする、と言ったらどうなりますか?」

 「うーん、それは困るね。でも僕と結婚したらメリットは沢山ある」

 「メリット?」

 「あなたは今平民だ。婚姻を結べば僕の財産が手に入る。だけど僕との夫婦関係は表向きだけで構わない。それと......」


 他にも例えばこういう物とか、とルトフリートが指をパチンと鳴らした。その瞬間視界がぐわんと歪み、目線がグンと低くなった。


 「……えっ……?」


 私は自分の両手を目の前にかざした。毛の無いツルツルの皮膚。薄い爪。まさかこれは。


 「……人間に、なってる……?」

 「お望みなら一生人間の姿で過ごすことも可能だよ」


 突然の出来事に呼吸が荒くなる。有能な魔法使いなのだとジーナが言っていた事を思い出した。ルトフリートが今言ったことは嘘では無いのだろう。深呼吸して自分を落ち着かせる。


 「それで、交換条件として私に何を望むんですか?」


 アントンの視線が私に刺さった。かつてコーニッシュ家として相応しくあれと教えられた時を思い出す。正しい答えを出せた時は今のような目で見つめられた。


 そう、甘い話には裏がある。


 「あなたに望むことは一つだけ。僕との結婚。それだけだ」

 「それだとあなたにメリットが無いのでは?」


 自分の体から聞き覚えの無い高い声が出てくる事に気が逸れそうになるが、無理やり目の前の男に集中した。


 「あなたと結婚すること自体がメリットなんだよ。何度アントンに打診しても取り付く島がなかったんだから。それが今は無防備で、裸同然だ。フォルカー殿も同様」


 ルトフリートは隣に座るアントンをうっとりと見ていた。その目つきはまるで獲物を見る猫のようだった。


 「くそ、早まったな」

 

 アントンが心底嫌そうに体をルトフリートと反対側に傾ける。なるほど、何となくわかった気がする。今まではアントンが、ルトフリートから私への求婚をブロックしていたのだ。しかし私がコーニッシュ家から籍を抜いた今、アントンが私の婚姻に口を出す義理はない。

 

 一見するとルトフリートにメリットは無いように見える。だが騎士団長のフォルカーと妻セオドラが私を可愛がっていることを知っているのだろう。それを利用してコーニッシュ家に取り入るつもりなのだ。


 「申し訳ありませんが、この件は……」

 「おっと、結論を出すのはまだ早い。これを貸してあげよう。何度か試してみてからまた良く考えてみて」


 手渡されたのは細い銀細工のブレスレット。細かく模様が刻まれている。


 「それは人間に変身できる魔法具だ。人間の生活を体験して見ればまた意見も変わると思うよ」


 サイズは可変なのでご心配なく、とウインクされる。少し不安だったが、アントンがコクリと頷いたので体に危険があるものでは無いのだろう。ブレスレットに腕を通し、教えられた通りに2本の指でサッと擦る。体が狭い場所から解き放たれるような感覚と共に元の自分の姿にポンと戻った。


 また今度答えを聞きに来る、とルトフリートはあっという間にかき消えてしまった。


 「アントン殿、あの人は……」


 アントンはハァーと大きく息を吐いた。


 「……悪いやつでは無いんだけどな。いかんせんコーニッシュ家に対する執着が強すぎる。お前を利用されるとは……」


 私を家族から追い出した結果ルトフリートに隙を見せてしまった訳だ。ざまあみろ、と誰かが呟いたのが聞こえた気がした。


 ルトフリートが悪い人間では無いにしてもアントンがこれほど嫌がるのだから、家族に近づけたくは無いのだろう。


 迷惑を被るのがアントンとカイだけなら、私はこの結婚を受け入れていたかもしれない。


 だが先日会ったフォルカーとセオドラの顔が忘れられない。


 「大丈夫です。コーニッシュ家にはご迷惑をかけないようにしますので」

 「……あぁ。……俺は別に良いんだが......カイとはたまに話してやれ」


 いきなりカイの名前が出てきた事に疑問はあったが、私は一応はいと返事をして執務室を後にした。

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