5. 父親
「お久しぶりです。父上」
騎士団長の執務室で騎士然とした礼を取る。
「ここには他の者も居ないんだから、他人行儀なのはやめてくれ」
父フォルカーが苦笑いしながら私にソファに座るよう促した。執務机から立ち上がった父も向かいのソファに座る。
「部外者の俺もここに居るんですがね」
不満げに口を曲げているのは副騎士団長のゲントだ。
「ゲントさんもお久しぶりです。お元気そうですね」
「おう、おかげさまでな」
彼は陽気に腹をさすった。服に隠されてはいるが、かつて魔獣にやられた傷が未だ体に残っているのだ。ゲントは私が父と出会うきっかけになった人物だ。あの日無謀な私が庇おうとした騎士団のお兄さん。今でもまだお兄さんと呼べる風貌だが、怪我がきっかけで現在は副騎士団長兼秘書の役職を担っている。
「奥さんとお子さんもお変わりないですか?」
「お〜元気すぎて困るんだよ。歩き回るようになったから目が離せなくってなあ」
文句を言っているようだが顔は幸せそうだ。
「おい、俺の娘だぞ。俺に会話をさせろ」
父がゲントをギロリと睨む。私を拾った時の父はまだ30代だった。だが十数年経った今でも騎士団長の威厳は健在だ。
「はいはい。俺はお茶でも淹れますよ」
おーこわ、と言ってゲントは執務室を出て行った。相変わらず仲良くやっているようで安心した。
「カイに、もっと親に顔を見せろって言われちゃって」
「そうだぞ。もっと頻繁に家に帰って来たって良いのに」
母さんも寂しがってる、と聞いて心臓がチクリと痛んだ。騎士団に入団して2年になるが、実家に帰ったのは数えるほどだ。ほとんどを騎士舎で過ごしている。両親を嫌いになったわけではない。むしろ恋しいと思っているのだが、それと同時に私が居ることが家族の迷惑になっているのではないかという思いが拭えなかった。
「ごめん、思ったより訓練とかがキツくて。今度長い休暇があったら家にも顔出すよ」
「そうか?仕事量が多いようだったら気軽に言えよ」
もう私の体躯は父を凌ぐほどになっていると言うのに、未だに父と母は私を可愛い娘扱いしてくれる。母から頻繁に届く手紙を読む限り、私の事をまだ小さい子供だと思っている節がある。それを嬉しくも感じるのだが、私がコーニッシュ家を去る日もそう遠くはないだろうと言う予感もあった。
「ありがとう、父さん。でも大丈夫だから」
「なら良いんだが……そう言えばカイが、ロウサは休日に何をしてるんだって煩くてな。お前たちたまには一緒に出かけたりしたらどうだ。姉弟なんだから」
「う、うん……」
思わず苦虫を噛み潰したように眉間に皺が寄った。カイとどこかに出かけるなんて、想像することも出来ない。文官として忙しくしているアントンとなれば尚更だ。
「アントンは大人び過ぎた所があるし、カイは逆に子供すぎるんだ。ロウサから誘ったらきっと喜ぶ」
機会があればね、と思ってもいない返事をした所でゲントがお茶とお菓子を用意して現れた。そこからはしばらく昔の思い出話や最近の世間話に花を咲かせて解散となった。
******
「ロウサ、また図書館?」
「うん、新作が出てるはずだから。行ってくるね」
行ってらっしゃい、と軽く手を振るジーナに背を向ける。ジーナも本を読むが毎週通い詰めるほどではない。新しく入った本の中に美容系の物があれば借りてきてあげよう。ボーッと本の事や騎士団の任務の事を考えなから廊下を歩いていたはずなのに、気づけば思考は一方向へと流れていく。
今日もロナルト殿は居るだろうか。
自然と浮き上がった"期待"と呼べるようなものに自分自身で驚く。
いやいや、居ても居なくてもどちらでも良いはずだ。気づきたくない思考を振り払うようにズンズンと廊下を歩いていると、誰かが言い合いをしているような声が聞こえてきた。
「ロナルト・ハッセルを出してくれ」
「先にご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
「貴方には関係がないだろう」
この横柄な物言いと声には聞き覚えがある。
「何してるの、カイ」
図書館のカウンターの前で険しい顔をしていたカイが勢いよくこちらを向いた。
「やっぱり、ここに来ると思ってたんだ」
「何で受付のお姉さんに横柄な態度をとってるのか聞いてるんだけど?」
「お前が仲良くしてる奴の顔を見に来ただけだ」
彼が何を言っているのか全く理解できない。彼がロナルト殿にどんな用事があると言うのか。
「とりあえず迷惑だから、行くよ」
「あ、おい」
カイの腕を取り図書館を離れる。中庭までそのまま引きずっていった。
「おい、おい!離せってば!」
カイが子供のように喚いた。本当に同い年なのかと毎回疑ってしまう。彼の人柄のせいで見た目より幼い印象が強いのだ。
「ロナルト殿に会ってどうするつもりだったの?」
「だから、お前と仲良くするなんてどんな奴なのか気になっただけだ」
「カイには関係ないでしょう」
怒ったようにカイが口を開くが言葉は出てこない。
私の交友関係なんて気にするやつだっただろうか。例えばジーナがカイに声をかけられたなんて聞いたことがない。
「ロウサさん!」
そこにハァハァと息を切らして駆け付けたのはロナルトだ。
「ロナルト殿!追いかけてきたんですか?」
「は、はい。同僚には止められたんですが、ロウサさんが来ていたと聞いたので」
カイとロナルトを合わせまいと彼の同僚が止めたのは懸命だっただろう。横暴なカイに目をつけられたら厄介なことになるのは誰でも予想がつく。騎士団長の息子だから尚更だ。だがこんな風に実力行使のような行動に出たのは初めて目にした。
「カイはロナルト殿に何か文句がある訳じゃ無いんですよ。気にしないで、お仕事に戻ってください」
「おい待てよ。誰がそんなこと言った」
穏便に済ませようとした私の気遣いをカイが壊す。
「私の事が気に食わないからって私の周りの人を巻き込むのはやめて」
「なっ、俺がそんな子供みたいな事すると思ってるのか!」
「するでしょ」
現に今ロナルト殿は困った顔で私とカイを交互に見ている。
「私を馬鹿にしたいなら私に言えば良いでしょ。何でわざわざ……」
「そう言う見下した態度が嫌なんだよ!お前こそ俺をもっと対等に扱え!そう言う所が可愛くないんだよ。もうちょっとお前も女らしくしたらどうなん……」
それまで黙って見守っていたロナルトが私とカイの間に割り込んだ。
「僕に話があるんじゃなかったんですか。コーニッシュさん」
初めて聞く固い声。もしかして、私を庇ってくれているのか。
「……これは家族同士の話だ。部外者はご遠慮願おうか」
「先に僕に話があると言ったのはコーニッシュさんですよね。それに、いくら家族だとしても言って良い事と悪い事があります」
頼りない背中がプルプルと震えているのが分かる。正直私を守るには心許ない。なのに何故かその背中に縋りつきたい気持ちになった。
「貴方はロウサの何なんですか?」
カイが馬鹿にしたように嘲笑しながら問いかけた。
「僕は、ただの……知り合いです」
フン、と勝ち誇ったようなカイ。その顔を無性に張り倒したくてたまらない。
「でも、ロウサさんを傷つける人が居たら、たとえロウサさんのご兄弟でも僕は止めます」
固く、しかし優しい声が私の体一杯に広がった。
彼はどんな顔でこの言葉を言っているのだろうか。真正面から見てみたいような気もしたし、そうして仕舞えば今感じている気持ちに明確な名前がついてしまいそうな気がして、私は一歩も動けなかった。
「……出過ぎた真似は身を滅ぼしますよ、ハッセル殿」
負け惜しみのように声を絞り出しカイは去っていった。
「ロナルト殿……申し訳ありません。私の家族がご迷惑を……ロナルト殿?」
ロナルトは肩を怒らせたまま動かない。
「……っブハァーーーーッ!!!」
いきなりの大きな音に私の体がビクッと跳ねる。息を吐いたロナルトは少しだけ縮んだように見えた。
「だ、大丈夫ですかロナルト殿?」
「す、すみません……流石にさっきのは緊張しました……」
振り向いたロナルトが恥ずかしそうにヘラりと笑った。額にうっすらと汗をかいている。辺境伯の人間が騎士団長の家の者に口答えするのにどれだけ勇気が要っただろうか。
ロナルトの情けない顔を見た私は、胸に何かがストンと落ちた気がした。
彼がどんな事を企んでいるのかは分からない。
だが私は彼を愛おしく思っている。
「ぐっ……ふふっ、格好良かったです」
彼の額から流れ落ちそうな汗を優しく指の甲で拭う。ロナルトにポカンと見上げられ、私はパッと手を引いた。
「あっ……申し訳ない。不躾でした」
「い、いえ……全然大丈夫です……」
ロナルトは自分の顔を隠すようにしてすぐに私と距離をとった。やはり怖がらせてしまったようだ。心臓に針が刺さったようにズキリと痛む。
彼と一緒にいる事は自分の為にならないと分かっている。彼にもし悪意があったら、私の家族にも害が及ぶかもしれない。だが今の私にはまともな判断が出来そうになかった。
「もしまたカイがロナルト殿に何か言ってきた時はすぐに走って逃げるか、騎士団長の執務室に逃げてください。話は通しておきますので」
「騎士団長のところには流石に……」
ロナルトが怯えたように眉を下げた。
「大丈夫ですよ。見た目は怖いですが優しい人ですから」
「あの、ロウサさんの所に逃げるのは……だめでしょうか?」
上目遣いで見つめられた。これも作戦なのだろうか。
どうしよう、ロナルト殿が小動物のように見える。
「できるだけ、私には近づかない方が良いと思います」
「それは……今までのようにお話も出来ないという事ですか……?」
悲しそうにされては突き放す言葉をかけることは出来ない。だが気持ちを自覚してしまった今、これ以上近くに居れば自分が危険だ。
分かっている。これ以上近付いてはいけないと分かっているのに、初めての感情に私は早速押し負け初めていた。
「……たまに、お話するくらいなら」
私の返答に嬉しそうに笑うロナルトは私に手を振り、何度か地面の何も無いところに躓きながら去っていった。
ありがとうございました!




