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養子のオーク  作者: 猫殿
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2. 紅茶


 オークの村を壊滅させた魔獣の襲撃は、数十年に一度の大規模な物だったらしい。私以外に生き残ったものは数名で、みんな親族や知り合いを頼って他所へ行ってしまった。

 

 「うちへ来ないか」


 暖かい家のリビングで、騎士団長が優しく私に問いかける。数日騎士団長のお家に厄介になっていたのだが、私には頼れる親戚がいない。きっと身寄りの無い子供たちが行くような所に私も連れて行かれるのだろうと思っていたのだが。


 「……ここのお家の子になっても、良いってこと……?」

 「そうだ。母さんとも話し合って決めたんだが、どうだ?」


 私を不安げに見つめる騎士団長の名前はフォルカー・コーニッシュ。既に結婚していて2人の息子がいる。今も長男のアントンはこちらを静かに見つめ、私と同い年のカイは不愉快そうにこちらを睨んでいた。


 「ねぇオークなんて家族にするの?僕やだよ」


 カイが母親にしがみつきながら文句を言う。すぐさまフォルカーのゲンコツが彼の頭に降ってきた。

 

 「いだっ!」

 「言葉に気をつけんか」 

 

 痛みに涙をこらえたカイが先ほどより強く私を睨みつける。本当にこの家の子供になっていいのだろうか。私は顔色を伺うようにフォルカーとその妻のセオドラを交互に見た。


 「あなたが決めていいのよ」


 セオドラが優しく微笑みかける。私は緊張に冷たくなる両手を胸の前で握った。きっとこの家族と過ごしていくのは簡単なことでは無いだろう。彼らは人間で、私はオークだ。種族が違うことは必ず問題になる。子供ながらにそれはわかっていた。だが、両親を失った私に選択の余地は無かった。


 「……ここの子に、なりたい……です」


 私は震える声を絞り出した。これから母となるセオドラと、父となるフォルカーが顔を見合わせてホッと息を吐く。2人も私と同じように緊張していたのだろうか。

 

 なぜ2人が緊張していたのかその時は分からなかった。娘が欲しかったのよと冗談めかして朗らかに笑う母を見て、私のことを家族として迎えたかったのはフォルカーとセオドラも同じだったのだとわかった。


 「コーニッシュ家へようこそ、ロウサ」


 セオドラに優しく抱きしめられた私は、また大きな声で泣き出したのだった。



******



 「ロウサ!何でお前が騎士団に入るんだよ!」

 

 弟のカイがイライラと私の前に立ち塞がる。

 

 「何でって、試験に合格したからでしょ」


 自室に向かう廊下を塞がれてしまって立ち止まった。私とカイは今年で16歳。順当に父に憧れ2人とも騎士団の入団試験を受けていた。兄のアントンは先に王宮で働いているが、その頭脳を生かして文官として活躍している。


 「お前なんかが騎士になれるわけないだろ」

 「それを判断するのは騎士団の人でしょ」

 

 カイが私に苦言を呈す、と言うか理不尽に文句を言うのはいつものことだ。父と母が私に目をかけてくれているのが気に入らないのだろう。全くの部外者、ましてやオークの子供がいきなり家族になりますと言われて受け入れられないのは良く分かる。だがこの生活ももう10年以上だ。毎日ブタだの何だの言われていれば申し訳ないという気持ちも薄れてきてしまう。


 「文句があるなら父さんに言いなよ。最終的に決めたのは父さんなんだから」


 ぐぬぬと黙ってしまったカイの肩を軽く押し退け、自室へと戻った。




 騎士団に入団してからの2年はあっという間だった。16歳で入団した私も18歳になっていた。


 日々鍛錬に励み、要請があれば遠方に出向き魔獣を退治することの繰り返しで、忙しい毎日の生活で私の体は見違えるほどに逞しくなった。騎士団内でも私ほど筋肉を持っているものは居ない。


 ここミダスにも色々な種族が暮らしている。だが圧倒的に人間が多い。王宮で働いているものとなると亜人や獣人は数えるほどしかいない。私は騎士団の中でも王宮の中でもかなり浮いた存在になっていた。

 

 だが周りの人は意外にもオークの私に寛容だ。ただ1人を除いて。


 「おい、どこいくんだよ」


 弟のカイがいつかと同じように私の前に立ち塞がる。今日は休みなので行動は自由だ。今からどこに行くのか説明するのも面倒臭く感じて小さなため息が漏れた。


 「休みなんだから、カイも街に行ったりしたら?」


 王宮から馬車で20分ほどに一般の人たちが暮らす街が広がっている。主に人間が住んでいる街なのだが、王宮と違って色々な種族が行き交っている。定住するためには人間との婚姻や店を持っていることなど条件が必要なので人間の割合が多いのだが、王宮よりは刺激が多いだろう。


 「なんだ、街に行くのか?」

 「そうかもね〜」


 相手をしている時間も惜しく、私はカイを振り切るように足早に歩き出した。流石に私の後をつけてくるような事はしないようだ。少し安心した。


 私が向かった先はもちろん街ではなく、王宮内にある図書館だ。


 利用するのは文官ばかりで普段の騒がしい仲間たちの喧騒を忘れられる。王宮が管理している図書館なだけあって蔵書の種類も多岐に渡っていて飽きることがない。騎士団に入団した頃から利用しているのでもう2年になるのか。カイにバレていないのは奇跡だ。


 「こんにちは」


 受付で声をかける。


 「こんにちはロウサさん」


 受付の女性に図書館の利用許可証を見せた。王宮の物なら誰でも利用出来るのだが、本を返さない輩もいるらしい。許可証が必要なのも頷ける。


 私は先週借りた本を返し、新しく借りる本を探しに書棚を巡った。自分の体が棚に当たってしまわないように歩かなければいけないのでこの時間はいつも少し緊張する。


 少し前に流行った演劇を書き起こしたものと、農業関係の本を手に取りいつもの定位置へと進んだ。図書館の入り口からは見えないほど奥の窓側に1人用の机と椅子が置いてある。そこが私の定位置だ。かなり人気が高そうな場所なのだが、誰かが座っているのを見たことがない。私が利用していることで他の人を遠ざけてしまっているのかもしれない。


 少し申し訳なく感じたが、陽が柔らかく降り注ぐ窓際の快適さを手放す気にはなれなかった。


 大きな体で壊してしまわないようにゆっくりと椅子に深く座り演劇の本を読み進める。恋愛ものが流行っていたのは知っていたが、想像していたものより過激な内容だったようだ。平民が貴族に気に入られ召し上げられるのだが、それに嫉妬した何者かが毒を盛り、と言った物語だ。


 下町でやっていた演劇の客の入りは実際どうだったのだろうか。話の内容から外れた所に思考が飛んでいったことに気づきふと目を上げると、小さな机の上にかろうじて湯気を立たせた紅茶が置かれている。


 一体誰が、と思い周りを見回すが人影さえ見当たらない。司書の誰かが用意してくれたのだろうか。今読んでいる本で毒を盛られていたのは奇しくも紅茶。


 一瞬怖い想像をしてしまったが、私は馬鹿げた考えを振り払うように頭を振った。こんな王宮の中で堂々と毒殺をする人間が居るとは思えない。


 私は良い香りを放っている紅茶に口をつけた。


 舌が痺れる感覚はない。やはりただの紅茶のようだ。もう一度口をつけ、今度はしっかり味わう。普段飲んでるものより値段が高いのだろうか。香りも味も素晴らしい。


 読み終えた本を棚に戻し、紅茶のカップを受付に返す。


 「ご馳走様でした。美味しかったです」

 「はぁ……?ありがとうございました」


 受付のお姉さんは受け取ったカップを不思議そうに眺めていた。双方頭の上にはてなを浮かべたまま私は図書館を後にしてしまった。


 あの紅茶を用意したのは誰だったのだろう。そんなモヤモヤも騎士団の訓練が始まってしまえばすぐに忘れてしまった。


ありがとうございました!

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