12. 隠し事
ベッドに数分横たわっていたロナルトは眠気に襲われ始めていた。頑張って瞼を持ち上げようとしているらしいが、すぐに眠りに落ちてしまいそうだ。
「ロウサさん……」
「はい?」
ベッド脇に座りながらロナルトの顔を覗く。
「ロウサさんは……好きな人居るんですか?」
「……は……?」
全くこの人は何を言っているんだろう。ロナルトの耳元に顔を寄せる。
「好きじゃない人にキスなんてしませんよ」
夢じゃ無いので覚えておいてくださいね、と続けて囁き体を起こす。
「……は……い」
辛うじて声を絞り出したロナルトはガバリと布団を被って隠れてしまった。こんな動物が居たような気がするな、と思い浮かべるほどロナルトの行動が面白くて胸がくすぐったい。
私は小さい頃以来の大きな声で笑った。
******
天気が良い休日、私は久しぶりに図書館に足を運んでいた。定位置に座り窓から外を眺める。何だか久しぶりに来たような気がする。
「こんにちは、ロウサさん」
「ロナルト殿、こんにちは」
ロナルトが机に紅茶を置く。また違う種類の茶葉のようで、少しフルーティーな匂いがした。
「今日はもうすぐで仕事が終わるんですけど、待っててもらえますか?」
ロナルトが恥ずかしそうに囁く。
「はい、待ってます。どこかに出かけるのはどうですか?」
「良いですね」
私と話すロナルトが嬉しそうなのは分かるのだが、私との距離が空いているのが気になる。盆をロナルトの手からひったくり机に置き、空いた手をするりと取った。
「ろ、ロウサさん……誰かに見られちゃいますよ……」
「見られて困るんですか?」
「困るのはロウサさんですよ?僕なんかと仲良くしてたら……」
己を下げるような発言をしたロナルトの手を強めに握る。
「それはこっちのセリフです。私は今やただの平民ですからね。ロナルト殿との立場の差が何かの障壁になるようでしたら……迷わず私から離れてください」
ロナルトが私の手をギュッと握り返した。
「僕から離れるなんてあり得ません。幸いと言えるかわかりませんが僕は辺境伯ですから。どうとでもなります」
意思の固い眼差しが私を見つめる。そのまま抱きしめようとしたのだがそれは流石に断られてしまった。
「仕事中に熱を出して倒れたら困ります」
キッパリと言われ、残念がれば良いのか笑えば良いのか複雑な気持ちで仕事に戻るロナルトの背中を見送った。
昼過ぎにはロナルトの仕事も終わり、2人で並んで中庭を歩いていた。
「ロナルト殿がどの程度まで私と触れ合って大丈夫なのか確かめないといけませんね」
「う……すみません、徐々に慣れるとは思うんですけど……」
彼に抱きつきたい衝動を抑えるのも常にだと疲れてしまう。早く慣れてもらおう。
「ロウサ!」
下町で甘いものでも食べようか、と話していた時背後からいきなり声がかかった。
「……またですか、コーニッシュ殿……」
振り返った先にはまたもやカイが。少し後ろに呆れたように眉間を揉んでいるアントンが居る。カイは今謹慎中のはずだ。王宮内の移動は容認されているが騎士団の訓練には数週間出ていない。
「処遇に異論でもありましたか?コーニッシュ殿」
騎士団長は双方の意見を聞いてカイを謹慎処分にすると決めたのだ。公平な判断だったと思うが。
「今日はその話をしに来たんじゃ無い」
もしかしてまたロナルトを害そうとしに来たんじゃ無いだろうな。私はロナルトをカイの視線から隠すように横にずれた。
「ロウサ!お前に結婚を申し込む!!」
時が止まったように一瞬周囲の音が消えた。
「…………は?」
今“結婚“を申し込むと言われたのか?決闘ではなく?
「聞き間違いですか?……今なんと?」
「だから、結婚を申し込むと言ったんだ!」
カイの後ろに居るアントンと同じように眉間を揉んでしまう。彼は何を言っているんだろう。
「えぇと、コーニッシュ殿、申し出はその〜まぁ嬉しいとしておきましょうか。ですが、お断りさせて頂きます」
「なっ、なんでだ!」
なんでと言われても、幼い頃から罵倒され続けていた相手と結婚を望む人など居るのか?しかも元姉弟だ。
「もしかして、その男のせいか!そいつがお前を誑かしたんだろう!」
「……ほう……またロナルト殿に手を出そうとお考えですか?」
全身の毛がザワリと逆立つのが自分でもわかる。私を侮辱するだけならまだ我慢できる。だが、私の大事な人に手を出すのなら話は別だ。
どうコテンパンにしてやろうかと足を踏み出した私の体がぴたりと止まる。ロナルトが私の服を掴んで引っ張っているのだ。
「ロウサさん、僕は大丈夫なので、落ち着いてください」
私は大きく深呼吸して体の熱を外に吐き出した。ロナルトを怖がらせてしまうのは本意ではない。
「すみませんロナルト殿、助かりました」
小さな声でロナルトに笑顔を向ける。ロナルトは私がもう争う意思がないと分かってホッとしたようだ。
「コーニッシュ殿。あなたがなぜ私と結婚したいのか分かりかねますが、私がそれを断る事にロナルト殿は一切関係ありません」
カイは信じられない、と言うように口を開けて呆けている。
「幼い頃から散々いじめてくれましたね。今更それをどうこう言うつもりはありませんが、あなたがした事を自分自身で良くよく振り返ってみてください」
それでは、と私は騎士風の礼を取りロナルトと連れ立ってその場を後にした。
******
「ロウサさん……僕はあなたに隠している事があります……」
今日は2人とも休日なので木陰でのんびり読書をしていたのだが、ロナルトが緊張した面持ちで話し始めた。
「はい、なんでしょう」
読んでいた本をパタリと閉じ軽く答える。
「か、隠し事ですよ?もっと深刻に聞いてください」
「隠してる事なんて誰にでもありますよ」
「そう、ですよね……。待ってください、つまりロウサさんにも隠し事が?」
なんですか、教えてください、でも聞かれたくない事もあるか、とアワアワし始めるロナルトが面白くて笑いが漏れる。冗談だ、と彼を落ち着かせ話の続きを促した。
「それで、ロナルト殿の隠し事は?なんです?」
「それが……僕が辺境伯の人間なのは話したと思うんですが、実は僕は長男でして……」
正直少し驚いてしまった。可愛らしいのでてっきり末っ子あたりかと思っていたのだ。
「……今失礼な事考えました?」
「いえいえ、滅相もない」
本当かな?と疑いの眼差しを向けながらロナルトは話を続ける。
「辺境の領地には父と母が暮らしているんですが、どこからかロウサさんと僕の噂を嗅ぎつけたらしく……相手が居るなら2人で領地を継いだらどうだと言われてしまったんです」
「それは……プロポーズですか?」
言った本人はそこまで考えていなかったのだろう。豆鉄砲を喰らったように目を見開いている。
「い、いえ今のはっ、ちが……くはないか……いやでもそうなったら僕も嬉し……あーもう、僕かっこ悪いな」
「そう言う所も可愛いですよ。ロナルト殿が行きたいなら、私は着いて行きます」
くすくす笑いながら伝えると、一瞬でロナルトの顔が赤く染まった。
「で、でも……ロウサさんは良いんですか?その前にご兄弟と……話をした方が……」
心配そうに見つめられ、私はつい目を逸らした。アントンとカイとの関係は良いものとは言えない。きっとこのまま王宮を離れて仕舞えば2人と話をする機会も無くなってしまうだろう。それは分かっていた。
「……カイに……コーニッシュ殿にはああ言いましたけど、本当に悪いのは私なんです。人間の家族の前で上手に振る舞えなかった。もっと上手いやりようはあったはずなのに……」
アントンとカイを責める気持ちと、自分が悪いのだと責める気持ちがない混ぜになる。
「今更、何を話したら良いんでしょう……もう家族でさえないのに」
体育座りになり膝の間に顔を埋める。情けない顔をロナルトに見られたくなかった。
返答に困っているのか、ロナルトが静かになったな、と思った瞬間私の頭がふわり抱きしめられた。
「でもロウサさんは2人とまだ話したいと思ってるんですよね?」
「……はい」
「その気持ちが大事だと思いますよ」
彼から与えらえる温もりがあまりにも優しくて、目を閉じていても涙が瞼から溢れた。
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「御前試合ですか……」
もうそんな季節か、と渋い顔になる。
「去年は俺が勝ったが、今年はカイが代わりに出る」
フォルカーが楽しげに語る。例年彼が一強で優勝し続けていたのだが、今年は参加しないらしい。去年私も戦ったが、フォルカーは人間離れした強さで、私は惜しくも2位となったのだ。
「具合でも悪いのですか?」
心配になり聞いてしまう。
「ただの出不精だよ。歳のせいにして色々サボろうってんだから」
ゲントが責めるようにフォルカーを見るが本人は全く気にしていないようだ。
「カイにお灸を据えてやるんだよ」
ロナルトになぜ手を出したのかをフォルカーは知っているのだろうか。フォルカーははぁと大きくため息を吐いた。
「なぁロウサ、俺って子育てが下手だったか?」
情けない姿に私はつい家族に戻ったような気分になった。
「とうさ……騎士団長は十分立派に父親をしていたと思いますよ。ただ……私が居た事が良くなかったのかもしれません」
「ロウサ……」
執務室になんとも言えない空気が流れる。ゲントがそれを咳払いでかき消した。
「ロウサちゃんへの嫉妬と恋心が暴走してるだけだろ。御前試合でぶっ飛ばしちまえ」
「え……カイはロウサを好きなのか?」
私とゲントは目を見合わせる。
「うん、ちょっと抜けてる所がありますね、騎士団長は」
歯に衣着せぬゲントの言葉に苦笑いが漏れた。
「あぁ、だからカイはあの司書殿に怒ったのか?」
「そう言うことです」
私は目を見開いてゲントとフォルカーの顔を見比べた。
「えぇと、もしかしてですが、もうご存知ですか」
「まぁねぇ。ロウサちゃんは目立つし」
「娘が……元娘が異性と仲良くしてたら誰だって気になるだろう」
フォルカーはバツが悪そうに目を逸らした。きっと2人とも心配してくれているのだろう。暖かく見守られていた事が気恥ずかしく、同時に嬉しかった。
「アントンはお前とカイをかなり気にかけてたみたいだからなぁ。カイの想いが届かないと聞いたら残念がりそうだ」
「え、アントン殿が?……」
「ん、聞いてないのか?女性騎士育成に力を入れようと言い出したのはあいつだ。ロウサが騎士になりたいって言い出したからだろう」
私はどうやらアントンの事を理解出来ていなかったようだ。いや、知ろうとしてこなかったのか。どうせ嫌われていると思い込んで。実際カイが私に、多少歪んでいたとしても好意を持っていたことさえ気付いていなかったのだ。
半ば呆然としながら私は自室へ戻ったのだった。
ありがとうございました!
次回完結です。




