11. 誤解
「ロウサ、また来てるよ?」
ジーナが呆れたように私の背後を見やる。柱に隠れる様にこちらを見ているのはロナルトだ。
彼が騎士団の訓練場まで来るのは今週で3回目。私に話があると言っているらしいが、同僚に追い返してもらっていたのだ。今回は追い返されないギリギリの位置に立っている。
「何があったか知らないけど、話ぐらい聞いてあげたら?」
あの人諦めなさそうだよ、とジーナに促され、私は渋々ロナルトの方へと歩き出した。
「こんにちは。ロナルト殿」
「……こ、こんにちは」
普段より固い声でロナルトに声をかける。自分から私に会いに来ているクセに怯えた様子だ。
「何かご用ですか?」
「お話が、あります」
覚悟が決まったような顔。やっと何を企んでいたのか話す気になったのだろうか。私は歩き出したロナルトの後ろを静かに着いていった。
ロナルトが足を止めたのは中庭の端に置いてある長椅子の前。人通りも少ないので会話が聞かれることはないだろう。
「それで、お話とは?」
事情聴取のような声色で問う。勢いよく振り向いたロナルトが私を睨みつけた。
「なぜ僕にあんな事をしたんですか!」
「……あんな事とは?」
「ぼ、僕にキスしましたよね……!?」
夢だとは思ってくれなかったようだ。
「それを覚えていると言うことは、私に近づけばどうなるかも分かっているはずですよね?」
彼をどうこうしようとは思っていなかったが、脅すようにズイと一歩踏み出し圧をかけた。だがロナルトは予想とは違い怯えて逃げ出しはしなかった。
顔を赤くしながら逆に私に詰め寄る。
「……ロウサさんは酷いです!」
いきなり怒られた事に頭が追いつかずにすぐに反応出来ない。なぜ私が怒られているのだろう?確かに、無理やりキスした事は褒められたことではないが。
「貴方が有名な魔法使いの方と結婚するのは知ってます。なのに、僕の事を揶揄うような事……」
「……ん?」
どうやら彼は勘違いをしているようだ。
「あの、ロナルト殿……」
とりあえず誤解を解こうとした時、誰かが近づいてくる音が聞こえた。男が2人。
「うわ、めんどくさいのが来た」
ロナルトに聞こえないようにボソッと呟く。何やら低い声でボソボソと言い合っている男2人はアントンとカイのようだ。
「すみませんロナルト殿、少し我慢してください。」
何が起こっているのか分かっていないロナルトをひょいと担ぎ上げ2階の廊下に面して開いている窓縁へ飛ぶ。片腕でロナルトを抱え、片腕で壁を登るのは人間にしたら信じられない芸当だろうが、私にしてみればただジャンプをするのと同じだ。
幸い2階の廊下には誰も居なかったので突然の登場で誰かを驚かせる事にはならなかった。
ロナルトを床にゆっくりと降ろす。
「すみません、厄介な人が居たもので」
さて話の続きを、とロナルトを見るが彼は目を点にして固まってしまっていた。
「ロナルト殿?あの……大丈夫ですか?」
そんなに驚かせてしまっただろうか。心配になってきたタイミングでロナルトがフラリと足の力が抜けた様に座り込んだ。咄嗟に床に倒れてしまわないように肩を支え、2人とも床に座り込む。
「すみません、そんなに驚くとは……」
覗き込んだロナルトの顔はいつかの様に赤くなっていた。
「……そ、そう言う所が嫌なんです!僕だって男なんですからね!?」
いきなり大きい声で始めたロナルトは、そうは見えないかもしれないですけど、と小さく続ける。
「え、えぇ。ロナルト殿が男性なのは十分承知してますが……?」
「だったらそんなに気軽に触ってきたりしちゃダメです!ただでさえ貴方は結婚が決まってるのに……」
誤解を解くのをすっかり忘れていた。
「あの、ロナルト殿。私は誰とも結婚しませんよ?」
「え……?そうなんですか?」
「婚姻を申し込まれはしましたが、断りました」
「そっ……え、混乱してきました。それじゃあ僕にキスしたのに近付くなって言ったのは……?」
私はムッとして顔を背けた。
「それは……ロナルト殿が私と友達になりたくないって言ったからですよ」
「え……」
その時の事は覚えていないのだろうか。
「誰に何を命じられているのか知りませんが、ロナルト殿がそこまで無理をしてまでやらなければいけない事なんですか?」
私の事が恐ろしいのにそこまでしてやり遂げたい事とはなんなのだろう。
「……命じられる……って誰にですか?」
そして何を?とロナルトが首を傾げた。
「私に取り入るように誰かに言われたのでは?実際、ロナルト殿は私を怖がっていますし、言動が矛盾しています」
流れで核心を突いてしまったが、ここまで来たら真っ直ぐ聞いた方が早いのかもしれない。
「ロウサさんの事は怖くないですよ!ただ……その……」
落ち着いていたロナルトの顔がまた赤くなっていく。怖くないと言いつつ、近くなっていた私の体をグイと押し退けた。微かに感じていた彼の体温が遠のき心が冷えた気がした。
「ロウサさんが気にしてないのは分かってるんですけど、近くに居られたり触られたら……恥ずかしいです」
最後の方は蚊の鳴くような声量だったが、私の耳は完璧に全てを拾った。だが彼の言ったことの意味を理解するのに数秒かかり、動きが止まる。
ロナルトの体から汗が滲むのが匂いで分かる。顔を真っ赤にしてプルプル震えているロナルトになぜか無性に噛みつきたくて、腹の底からグルルルと低い声が漏れ出た。心臓が早鐘を打ち全身に血を送っている。
「グルッ、うぅ……ふーーーっ……ふーっ」
「お、怒らないでください……!僕の気持ちが迷惑なのは分かってます!でも、ロウサさんが好きなんです……友達じゃなくて、友達以上になりたくて……ごめんなさい……」
ロナルトが叱られた犬のように俯いた。誰がいつ迷惑だと言ったんだ、と言い返したかったのに言葉にならない。
私はロナルトの腕を掴み自分の方へ引き寄せた。腕の中にロナルトがすっぽりと収まる。
「あっ、え、ロウサ……さん?」
彼をめちゃくちゃにしたくて堪らない。ロナルトの首筋をベロリと舐めると彼の体がビクリと反応した。
「ちょっ……ま、待ってくださ」
自分を抑えなくてはいけないと分かっているのに、ロナルトの匂いが肺を満たし衝動を止めることが出来ない。彼の肩を軽く噛む。傷つけてはいけないのに。
「はっ……」
ロナルトが小さく息を吐き出して動かなくなった。ハッとして体を離すと、ロナルトはぐったりとして目を閉じている。
「ろ、ロナルト殿!大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫……です……」
大丈夫では無さそうだ。
やり過ぎてしまった自分を心の中で責めた。
「あぁもう……本当にすみません、今医局に連れて行きます」
いつかと同じようにロナルトを医局に担ぎ込む。医師はいなかったがベッドを利用させてもらうだけなので後で伝えておけば良いだろう。
「ロナルト殿。この前倒れてしまったのってもしかして……」
「あれもロウサさんのせいですよ……男としては情けないですけど……庇ってくれた時、凄く格好良くて……あの時はありがとうございました」
熱でポヤポヤしているが前回よりは意識がはっきりしているようだ。
「熱が出てしまう程私の事が好きなんですか?」
調子に乗って揶揄ってしまった。ロナルトは怒るだろうか。
「はい。好きです……へへ」
ふにゃりと笑われては私の負けを認めざるを得ない。心臓を握られたような衝撃に私は両手で顔を覆った。
ありがとうございました!




