10. 夢
パーティーから数日後、訓練が昼で終わった私は王宮の廊下を歩いていた。
ロナルトの頭がぶつかった顎の痛みはもう引いていたが、あの夜の記憶は鮮明だった。何度もロナルトに手を引かれて走った思い出を反芻する。
そう言えばカイはあの時私に何を言おうとしていたのだろう。ついでの様にカイの事を思い出した。
ボーッと歩いていた私の耳が誰かの言い争う声を拾う。何だか聞き覚えのある声のようで嫌な予感がした。
どうやら歩く先に声の主が居るらしい。遠回りしてやり過ごしてしまおうか。いや、騎士としては止めるべきだろう。
そのまま歩いていくと予想通り、廊下の先にカイの姿が見えた。また誰かと言い争いをしている。と言うかカイが一方的に誰かに声を荒げているようだ。
まさか、息を荒くしているカイを落ち着けようとしているのはロナルトではないか。
2人の間に入ろうと小走りに駆け出す。その瞬間カイがロナルトの肩をドンと強く押した。体を鍛えているものが、心構えをしていない一般人を強く押せばどうなるか考えなくても分かる。
不意を突かれたロナルトが咄嗟に下げた右足は廊下の段差に引っかかり、体が大きくぐらりと傾いだ。
私は全速力でロナルト目掛けて走った。自分でも驚くほどの速さで、ロナルトの体を後ろから抱きしめるように支えた。
ロナルトの傾いだ体が私の胸で止まる。
いつの間にか止めていた息をブハァと吐き出した。
間に合った。良かった、と思うと同時に、呆然とこちらを見ているカイに対しての怒りでゴウゴウと唸る血流が脳に回る。全身の毛が本能的に逆立ち、腹の底からヴヴヴと自分でも聞いた事のない低い音が響いた。
「コーニッシュ殿……今見たことは騎士団長に報告させて頂きます」
大声で口汚く罵ってやりたかった。だがそれをしてしまえば、私もカイと同じ土俵に降りることになってしまう。
ブフーと荒く息を吐きながらカイをギロリと睨む。
「お、俺は……違う、そいつが……」
「カイ・コーニッシュ!!!」
ビリビリと私の声が廊下に響く。
オロオロと弁解とも言えない事を言い始めたカイに思わず声を荒げてしまった。彼は叱られた幼い子供の様に体をビクリと震わせた。
「自分に非が無いと言うのなら堂々としてはどうですか。それが出来ないのなら事は明白です。今は大人しく騎士団長からの連絡を待ちなさい」
すっかり肩を落としたカイは集まり始めた野次馬から隠れるように去っていった。
「……ふぅー……ロナルト殿、大丈夫ですか?お怪我は?」
先ほどから私の中で全く動かないロナルトを見下ろす。やけに彼の体が熱い気がする。
「ロナルト殿……?」
ロナルトの体がぐったりと私にもたれかかった。顔が真っ赤になって意識も薄れている。
私は慌ててロナルトを担ぎ上げ、医局へと走ったのだった。
******
「ん……?あれ……」
「あ、ロナルト殿、気付きましたか?」
医局のベッドに寝かされたロナルトが目を覚ました。王宮付きの医師が言うには心因性の熱だから休めばその内治るだろう、との事だった。
カイとの言い争いがそこまで彼に負担をかけてしまったのだろうか。それとも私が強く抱きしめたばかりに。
責任を感じるやら、体調が心配やらで彼が目覚めるまで私はずっと落ち着かずに医局の中を歩き回っていた。医局の人間が居たら怒られていただろう。
「……ロウサさん?」
「はい、ロウサです。お加減はどうですか?痛い所はないですか」
ベッド横から屈みロナルトの様子を伺う。まだ熱があるようでボーッとしている。
「お水を持ってきますね。汗もかいてますし」
部屋の隅に置いてある水瓶目掛けて歩き出そうとした私の裾がクン、と何かに引っ張られた。
「......ロナルト殿?」
裾を握っているのは潤んだ瞳で私を見上げるロナルトだ。
「ロウサさんがこんなに近くに……夢......?」
熱で朦朧としているのだろう、夢と現実の区別がついていないようだ。ロナルトが私の手をぎゅっと握り引き寄せる。こんなに触れ合ってくれるのも彼が熱でボーッとしているからだろう。今だけの距離だ。
「そうですね、夢かもしれません」
ロナルトとこの先これ以上近付くことは出来ないだろう。私は椅子をベッドの横に引き寄せ、怖がらせないようにゆっくり座った。
「……それじゃあ、僕がロウサさんに話しかけたのも……パーティーの時に一緒に庭園を走ったのも……夢?」
夢だった方が良かったのだろうか。ロナルトは空いている方の手で顔を覆ってしまってその表情を伺うことは出来ない。
「……私と、友達になりますか?」
ロナルトの側に居れば自分が辛いだけなのはわかっているのに、彼に握られた手の温もりが私にわずかな希望を抱かせた。
「……嫌です。友達なんか……」
吸った息が喉に詰まった。
「……そう、ですか。そうですよね」
人間の姿の時に彼から聞いた言葉が嘘だとは思えなかったが、彼にも何か事情があるのだろう。
そう自分を納得させようとしたが、段々と怒りが湧いてきた。ロナルトの方から私に近付いてきて、今も私の手を握っているのに友達になりたくないとは。
少し仕返しをしても構わないのでは。黒い感情が、私の動物に近い部分の心をくすぐる。
仰向けに寝ているロナルトの上に覆い被さり、顔を隠していた腕を剥がしベッドに押さえつけた。
「へっ……っんむ!?」
私と比べれば小さい口を牙が当たらないよう塞ぎ、無理やり唇をこじ開け舌を捩じ込ませる。
「んんっ……んぶ……ぷはっ」
これでもかとロナルトの口の中を舐めまわし、ゆっくりと体を起こす。何が起きたのかわかっていないのだろうロナルトは顔を真っ赤にして苦しそうに喘いでいた。
「はっ……ろ、ロウサさ……?え……?」
「……仕返しです。またされたくなかったらもう私に近付かない事です」
一つ舌なめずりをし私は医局を後にした。
ありがとうございました!




