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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅲ.夏の夜明けの歌
35/39

35.朝



小鳥がさえずっている。

太陽の光が窓から差し込み、朱の白い髪を照らした。


ソファでは、小さな寝息が規則正しく続いている。


その静けさを、ノックの音が破った。


朱はドアにそっと顔を近づけた。


「シン?」


「愛は……?」


間髪入れず、問いが返ってきた。


「無事だ。今は寝ている」


ドアの向こうで、シンが力を抜いて寄りかかった。

重さでドアが小さく軋む。


「良かった……。ありがとな……」


朱は黙って目を細めた。


「……そのまま少し寝かせてやってくれないか?」


「ああ」


「昼過ぎにまた迎えに来るよ」


ドアの向こう側から、シンの気配が消えた。


朱は振り返ってソファを見た。

人の形の毛布がゆっくり上下に動いている。


窓の外を見た。

空が青い。黄緑の葉が日の光を受けて輝いている。


朱は古びたかごを一つ持って、外へ出かけた。


✴︎


ドアの開く音が部屋に響き、愛は目を覚ました。


かごを片手に下げて、朱が部屋に入ってきた。


愛は慌てて、ソファから起き上がろうとして、怪我した方の腕をついた。


「痛……」


力が抜けて、そのまま床へ転がった。


咄嗟に朱が愛の頭を支えた。


床に転がった愛と、床に膝をついた朱の目が合った。


「朱さん、ありがとう。あの……おはよう」


「……おはよう。気をつけてくれ」


朱は挨拶を返した後、少しだけ笑った。


「次からベッドで寝た方がいい。俺は夜寝ない」


愛も可笑しくなって笑った。


「そうさせてもらうね」


愛が顔を上げると、床に転がったかごと木の実が目に入った。


「朱さん、これ何の実?」


「木苺と……これは分からない。ただ、食べられる」


二人は床の木の実を拾ってカゴに戻した。


朱が木の実を丁寧に洗って皿にのせてくれた。


「俺は普段食べないから、朝食になるようなものがないんだ。これだけしかなくてすまない」


「ううん、嬉しい」


朱がいつものように、静かな所作でお茶を淹れた。


ミントのさわやかな香りが広がる。


赤くて丸い実は甘酸っぱかった。


「朱さん。今度、お茶の淹れ方……教えてくれる?私も、朱さんに淹れられるようになりたい」


朱は目を細め、「ああ」とだけ返事をした。


二人はしばらく静かにカップを傾けた。


近くの木から、鳥の澄んだ声が聴こえている。


愛は食べるのをとめて、赤い実をつまむと、しばらく眺めた。


そのまま朱を見る。


「……妖精は、朱さんと友達になりたいのね」


朱はカップを傾ける手をとめた。


「大好きな人が、自分じゃなくて、他の人と楽しそうにしてると、なんだか寂しいもの」


「友達……?」


朱は友達がどんなものか、知らなかった。


愛は少し驚いたが、朱が今まで家族しか知らないことを思い出した。


「ええと……難しいね。友達って、なんて言ったらいいんだろう」


愛は言葉を探しながら答えた。


「一緒に暮らしてなくても、また会いたいって思う人とか、一緒にいると安心する人とか……。相手が嬉しいと自分も嬉しくなる人とか……」


朱はしばらく視線を落として、考えていた。


ドアの方からシンのノックの音が聞こえた。


愛は慌てて出発の準備をした。

残った木の実を、朱が袋に包んで持たせてくれた。


「朱さん、昨日も今日も本当にありがとう。あとごめんなさい……借りた楽譜……」


朱は思い出して部屋の奥へ戻り、楽譜の入った愛のバッグを持ってきた。


「シンが拾ってきた。楽譜はしばらく持っていて構わない。俺は覚えているから」


愛はバッグを受け取り、顔を綻ばせた。


「ありがとう」


愛を見送った朱は、その場にしばらく立ち尽くしていた。


ーーお前さんは、何度も礼を言うのだな。


昔、妖精にそう言われたことがあった。


机に並んだ二つのティーカップやポットを片付けようと手を伸ばす。


ーー朱さんと友達になりたいのね。


愛の言葉が頭に響いた。


「友達……」


ポットを手にしたまま、朱はその言葉を胸の中で繰り返した。







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