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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅱ.冬の夜の風
34/39

34.二羽の鳥


頭の下で手を組みながら、シンはハンモックに揺られていた。


自分を取り戻した人はいます。

希望を捨てないでーー


瞼の内側に、クマさんの姿が浮かぶ。


クマさんは言っていた。

名前を失っても、戻れた人はいると。


ーーお前などに、名前をやるものか。


妖精は吐き捨てた。


名前を取り戻せばいい?


「いや……」


妖精は、朱を従えているようだった。

二人は対等ではない。


朱はあいつに名前を与えた。

でも、あいつは自分の名前を朱に与えていない。


ならばーー


対等になれれば……。

朱も、ただの妖精に戻れるのかもしれない。


「分かった気がするよ、クマさん」


シンは寝返りをうって、横を向いた。


「あいつの、名前か」



✴︎


太陽がまだ空高く留まっているうちに、シンは口笛を吹きながら野原を歩き、丸太小屋へ向かった。

 

木立の道を歩いていると、薪割りの音が聞こえてくる。


朱の後ろ姿が見えた。


「おーい、今大丈夫……?」


朱が振り向いて、シンの姿をその目に捉える。


その目が赤く揺らいだ。


「……じゃないな」


朱の手には斧があった。


シンは一歩、二歩と、ゆっくり後ろに下がる。


朱が斧を振りかざした瞬間、シンは後ろを向いて、駆け出した。


「まったく……あいつ、アキトをなんだと思ってるんだ」


いない妖精に悪態をつきながら、シンは走った。


「お前もなあ、少し懲りろよな」


シンはふいに立ち止まり、振り返った。


その瞬間、朱の足元が崩れた。


「逃げ足の速さで俺に勝てると思うなよ」


シンは朱の頭めがけて、クシャクシャに丸めた紙を投げつける。


「俺からの伝言。見といて」


言うなり、その場を走り去った。


✴︎


丸太小屋にノックの音が響く。


「……シンか?」


朱は窓の外を見ないまま、ドアの向こう側に呼びかけた。


「……良かった、話ができそうだな」


ドアの向こう側から安堵の声音が聞こえてきた。


「まったく、落ち着いてお茶もできやしない」


「……すまない」


「お前にじゃないよ。あのサンタクロースにだよ。全く、厄介なプレゼントばっかり落としやがって。ところで俺の伝言、読んだ?」


シンはドアに背をもたれて座った。


「……ああ、読んだ」


朱もドアを挟んで同じように座る。


「お前を取り戻す方法があるはずなんだ。まずは、あいつをとっちめて、名前を聞き出そう」


朱は少しの間、黙っていた。


「シン……ありがとう。だが、彼に接触するのは俺だけでいい。これ以上は……」


「家族だろ?弟の世話くらい、やかせてくれよ」


朱は俯いた。


何か答えようとして、口を開いた。

けれど、声は出なかった。



✴︎


窓の外でフクロウが鳴いた。


穏やかな火がかすかに歌っていた。


「……それから、どうしたの?」


愛はティーカップを中途半端に持ち上げたままだったことに気付いて、口をつけた。


ハーブティーはとうに冷めていた。


「それから、何年も経ったが……」


朱もカップを傾けると、静かに置いた。


「結局、彼の名前は聞き出せなかった」


置いたカップに視線を落とす。


「彼は寂しかったんだろう」


顔を上げて、愛を見た。


「今は……彼の気持ちが分かる気がする。俺も、あなたが帰ってしまうと寂しい」


朱は穏やかに、微笑んだ。


愛はその微笑みに吸い込まれた。


「朱さん、私も……少しだけ、隣に座ってもいい?」


朱が静かに頷いて、隣を空けてくれた。


愛は立ち上がり、朱の隣に座った。


ピアノを連弾したときのように、肩と肩が触れ合った。


二人とも何も話さなかった。


寄り添って羽を休める二羽の鳥のように。


テーブルのランプの灯が、辺りをかすかに照らす。


窓の外で、夜の風が優しく木々を揺らしていた。






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