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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅱ.冬の夜の風
33/39

33.夜の野原


「シン!北の大岩の方角!」


「ああ、了解」


シンは、風のように駆けた。


木の上で、夜好きの妖精が手を振っている。

最近は、妖精達が迷い人の場所をシンに教えてくれた。


野原のどこまでが安全で、どこからが危険なのかも、段々と分かってきた。


それでも、うっかり朱を呼びよせてしまうことがある。


そんなとき、シンは朝まで逃げ回った。

朱から逃げ切れるのはシンくらいのものだった。


街の人々は皆、口にした。


シンが囮になって俺たちを逃がしてくれたんだ。

シンのおかげで助かった。

あいつは命の恩人だ。


お礼を言われるたびに、シンは頭をかいた。


「なんかさ。絵本で、ええと……赤鬼と青鬼の話があるじゃない?その赤鬼になった気分だよ。お前と鬼ごっこしてるだけで、お礼を言われるんだからさ」


シンは居心地悪そうに朱に言った。


「いらないって言ってるのに勝手にくれるんだ。お前の好きそうなお茶や、お菓子もあるから、もらってくれよな」


シンは街に暮らし、昼間、朱の住む丸太小屋にやってきては、包みを置いていった。


夜になれば、シンは必ず朱の前に立った。


シンがきてから、朱は人を殺すことなく過ごしていた。


朱は安堵しつつ、また、常に渇きに悩まされた。

それを紛らわすように、お茶を淹れることが増えた。


夜の野原に近づく人は減っていき、次第にシンは、ゆっくりと夜の野原の散歩を楽しむようになった。


柔らかい風の音がかすかに聞こえる。

星が綺麗だった。


シンは鼻歌を歌い、棒を片手に野原を歩いた。


野原や街に、静けさが戻った。



✴︎


ある日、朱とシンは並んで木立の下を歩いていた。


木々の隙間から差し込む朝日が美しい。

小鳥が小さく囀っていた。


「この木立の通りってさ、妖精が作った道なんだな」


シンがふと、呟いた。


「知り合いの妖精に聞いたんだ。ここは隠されてるから、道を知らないと入れないんだって」


「その通りだ。なぜよそ者が入り込んでいる?」


突然、しわがれた声が聞こえた。


二人は声の方を見た。


赤錆色の帽子の下で、妖精の顔が憎々しげに歪んでいる。

朱から聞いていた通りの見た目の妖精。


シンは棒を両手に握りなおした。


「やあ……弟が世話になったみたいだね。はじめまして」


「お前は……あの丸太小屋にいたな」


妖精は帽子の影から、シンを見据えた。


それから朱を見る。


朱は妖精を見ているようで、見ていなかった。


妖精の目がほんの一瞬だけ、揺れた。


そして、ふたたびシンを見た。


口元が裂けるような笑いを浮かべる。

懐から瓶を取り出す。


すかさず、シンの顔めがけて中身をふりまいた。


避ける間もなく、シンの顔に赤い液体がかかった。


「お前が……ハルだろう?」


妖精は唇を引いて笑った。


シンはバンダナを外して顔を拭った。


液体がかかった片目を閉じたまま、反対の目で妖精を睨む。


「まったく……。なんて素敵な挨拶だ。お前、いい知り合いを持ってるよ」


妖精は笑いを引っ込めた。


「……妙だな」


口元を引き結んでシンを睨む。


「……ハルではないのか?」


シンは横にいる朱をチラリと見た。

目を開けてはいるが、ずっとぼんやりしている。


「俺はシン。こいつの兄貴代わりさ。あんたの名前も教えてくれよ」


シンは妖精に向き直り、一呼吸の後、妖精めがけて軽やかに棒を突き出す。


妖精は帽子をおさえて、避けた。


「お前などに、名前をやるものか」


「……名前か」


シンは少しだけ笑って、懐から小袋を取り出した。


「なるほどね」


白い粉を空中にまく。

妖精は鼻と口をおさえてシンを睨む。


妖精めがけて、シンがロープを投げた。


縛ろうとしてロープを引いたが、妖精の手が触れた途端、ロープはバラバラに切れてしまった。


辺りを霧が覆い始めた。


妖精は霧に紛れて、姿を消した。


シンは辺りを見回したが、霧で何も見えなくなってしまった。


「お前は目障りだ」


どこからか、妖精の声だけが聞こえた。


「俺の邪魔をするな……」


何となく嫌な感じがして、シンがしゃがむと、頭のうえをナイフが飛んでいった。


振り返ると、朱の横に妖精が立っていた。


朱の耳元で何かを囁いた後、妖精は消えていった。


「……大丈夫か?」


シンはぼんやりしたままの朱に声をかける。


朱がゆっくりとシンを見た。


首を少し傾げ、薄らと笑みを浮かべた。

その目に、赤い光が揺らぐ。


シンは慌てて棒を構えた。


朱のナイフがシンを襲い、シンはかろうじて棒で弾く。


シンは目を細めた。


「あいつ……お前に何をした?」


返事はなかった。


シンはしばらく朱のナイフを避け続けた後、仕方なく背中を向けて駆け出し、その場を離れた。


追ってきた朱をなんとか振り切った後、シンは息を切らしながら立ち止まった。


棒を地面に突いた。

肩で息をしながら、空を見上げた。


「ユキ姉、クマさん……」


苦笑した。


「……手のかかる弟だと思わないか?」


額の汗が目の端を伝い、地面に落ちていった。


足元で、草が風に揺れていた。




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